6-97 逆襲の始まり
―1―
――《剣の瞳》――
俺は《剣の瞳》を使い、騎士たちとアオが居なくなったのを確認してから動き出す。もぞもぞ、とな。
《隠行》スキルを使って柱の陰に隠れて分身体を操作していたけどさ、腕を切られた時は焦ったんだぜー。思わずキュアライトの魔法を使っちゃったじゃないか。まぁ、バレなくて良かったけどさ。
俺は短剣で心臓部を――魔石があるであろう部分を一撃で貫かれた分身体に近付く。うひゃー、見事な手並みだな。一撃だよ、一撃。やはり、こうも一撃必殺の場所を把握しているってことは、あのアオって少女は魔石の扱いに随分と慣れているってコトか。むむむ。
にしても時間を止める魔法か。反則級だよな。《変身》している状態なら魔法の情報も読み取れたのかな。惜しいことをしたよなぁ。まぁ、今更だ。次のチャンスを生かそう。
俺は分身体の上に置かれた鈴を拾う。にしても、こうやって普通に置いてくれるならさ、交換に応じた方がさ、穏便に話が進んで丸く収まったんじゃないか? アオって子は、お馬鹿さんだな!
いや、まぁ、俺が死んだと思って、(誰も姫さまを救う人間がいないから)もう鈴が必要無いと思ったからこそ、俺の上に置いたんだろうけどさ。分かってるよ、分かってるけどさ、格好つけて、そんなことしてさ、ホント、詰めが甘いよなぁ。そのお陰で俺は鈴がゲット出来たんだけどさ。
さてと、まずは合流先に向かうか。
――[ハイスピード]――
風の衣を纏い、急ぎ迷宮の外へ、外で隠れて待っている羽猫の元へと駆ける。
―2―
『エミリオ、待たせたな』
俺が天啓を飛ばすと、近くの茂みに隠れていた羽猫が飛び出す。
「にゃ、にゃ!」
はいはい、よく分からないけど、分かったぜ。じゃ、次の場所へ行くぞ。
「にゃ!」
俺は銀のローブを深くかぶり、大きくなった羽猫の背に飛び乗る。そのまま、羽虎の羽に隠れるように身を埋める。行き先は羽虎が知っているのさー。
本島の外れ、首都ミストアバンにある辺境伯の屋敷へと向かう。
「お姉さまー!」
そこでは、シリアが飛竜に乗って手を振っていた。あの馬鹿、目立ってどうするんだよ! 辺境伯の屋敷を監視している連中がいたらどうするんだよ……。
シリアを無視して辺境伯の屋敷の庭へと降り立つ。
「虫、どうなった?」
そして、そちらでは紫炎の魔女が待っていた。だから、虫じゃねえよ、って、今は虫だった。いや、でも、虫扱いは……むむむ。
『殺された』
俺の天啓を受け、紫炎の魔女が呆れた顔をこちらに向ける。
「意味が分からない」
俺の大切な分身体ちゃんが壊されたんだよ! 次の再生は翌日になるんだぞ! この状態だと学院で誤魔化すことが出来ないから大変なんだぞ!
『流浪の治癒術士を知っているか?』
「名前だけは」
紫炎の魔女が頷く。
『そいつが大主教アオだ。そして、間違いなく魔族だな』
俺の天啓に紫炎の魔女は、むむむと唸っていた。
『時を止めるような水魔法は知っているか?』
紫炎の魔女がゆっくりと頷く。
「ノアルジーお姉様! 無視しないで下さい」
と、そこへシリアが飛竜と共に降り立った。凄い風圧だ。俺の銀のローブのフードが飛んじゃいそうだよ。
「もっと、ノアルジーお姉様の近くへ」
シリアが竜騎士に命令している。いやあ、お前さ、自分で飛竜を扱えないからって、そのさ、専属の人を扱き使うの止めないか。
と、シリアは置いといて、だ。
『アオが使ってきた』
「なるほど」
紫炎の魔女は一人何やら納得している。いやいや、俺にも教えて下さいな。
俺は魔法のリュックから肉まんを取り出す。ほら、ここに肉まんがあるじゃろ。
『水のブルーアイオーンと名乗った魔族が使っていたのだ』
そ、そうか。
もしゃもしゃ。
俺は取り出した肉まんをそのまま齧って食する。うん、さすがはポンちゃん、冷たくなっていても美味しいぜ。
「な、なんだと」
何故か、紫炎の魔女が驚いていた。
「お姉さま、お昼ご飯ですか?」
何故か、気を利かせたシリアがお昼の準備を始めようとする。いやいや、そんな時間は無いからね。今、忙しいところだからな。
『その魔族は?』
俺は魔法のリュックから新しい饅頭を取り出す。こちらは試作型だ。中にお肉や肉汁ではなく、色々な果物をシロップで溶かした物を入れた新作なんだぜー。
『私が永久凍土からステラを連れ出した時に追いかけてきたのが、その魔族だ。ナハン大森林で追いつかれて、仕方なく燃やしたのだ』
お前、燃やしたって簡単に言うなぁ。時を止めるような相手でもモノともしないのかよ。
紫炎の魔女は俺の手元の饅頭を恐ろしいくらいに怖い形相で睨んでいる。可愛い顔が台無しですよ。
『時を止める相手をどうやって攻略したんだ?』
紫炎の魔女は馬鹿にしたようにこちらを見る。
『分かっていればいくらでも対処できるのだよ。時を止められると言っても、MPが続く限り、もって1分程度だろう。その間、私自身の周囲を炎で囲っておけば、いくら時を止めていようが向こうは手出しが出来ず、無駄にMPを減らすだけだ』
な、なるほどー。何というか、凄い力業での突破方法ですね。俺が真似するのはちょっと無理かなぁ。
にしても、その時に紫炎の魔女が燃やした水のブルーアイオーンと、俺が出会ったアオは同一人物なのか?
紫炎の魔女に燃やされたブルーアイオーンの娘とかが復讐に来たのか? うーむ、分からない。
『そろそろ、良いだろう?』
あ、紫炎の魔女さん、この饅頭が欲しかったんですよね。
どうぞ、どうぞ。
紫炎の魔女は俺から饅頭をひったくるように奪い取り、それに齧り付いていた。その顔に浮かんでいる言葉は至福の一言だった。この子も食いしん坊キャラだったんだな。脳筋のミカンといい、ナハンの連中は、ホント……。
『シリア、カーは?』
「屋敷の中ですわ」
よし!
『シリアはカーを連れて、学院に居る14型と合流して欲しい。そして、そのまま王宮クリスタルパレスへ向かってくれ。俺とソフィアはセシリーの救出だ』
饅頭の最後のひとかけらを名残惜しそうに食していた紫炎の魔女が、突然呼ばれたことに気付き、キリッとした顔をこちらに向けた。いや、あの、そういうの、いいです。いつもは気怠げなのにさー、本当に調子がいいったらないな。
さて、と。
ここから逆襲の始まりだな。