6-96 大主教アオ戦
―1―
シロネに頼み辺境伯への手紙を書いて送って貰う。内容は、ただ『見つかった。行動を頼む』だけだ。用心して何通か手紙を送って貰う。まぁ、シロネは不承不承という感じだったけどさ、それでも頼めばやってくれるんだから、なんだかんだで人がいいんだろう。
これで一週間の間に何らかの動きがあるはずだ。それでも、何もなければ、俺が直接辺境伯領に向かうだけだしね。
紫炎の魔女の食べ物をねだるような視線に耐えつつ、分身体で学校に通い、その時を待つ。
次の《変身》が最後の自由行動になりそうだよなぁ。その期間を使って準備をしたり、『空中庭園』の他の場所を探索したり――うん、そうしよう。
しかし、手紙の返事は俺が思っているよりも早く届いた。
「ノアルジーさん、ノアルジーさんは居ますか!」
誰ですか?
って、おいおい、まだ《変身》は使えないぜ。今、扉を開けられたら不味いッ!
――《分身》――
分身体を作成してッ!
――《魔法糸》――
《魔法糸》を飛ばして天井に張り付き、
――《隠形》――
《隠形》スキルで気配を消す。はぁ、ホント、綱渡りだなぁ。
「誰でしょう?」
分身体を使い扉を少しだけ開ける。
「ノアルジーさん、お手紙ですよ。もう何度も言っているはずですが、今回も言わせて貰います。少しは外に出た方が良いですよ。今のあなたは気付かないでしょうが、学院の生徒として他の人との交流が後々になってから、それがどれだけ素晴らしい財産だったかと……」
あー、はいはい、沈黙の魔女さんですか。ホント、鬱陶しいくらいに長話だ。いやね、悪い人じゃないって分かるんだけどさ、ちょっとずれているんだよなぁ。
「手紙をください」
分身体が手紙を受け取ろうと手を伸ばすが、沈黙の魔女はすぐに手紙を渡してくれない。
「この手紙……。何度もいいますけれど、私としても特別扱いをしたくないんですよ。ノアルジーさん、聞いていますか? お家騒動で大変なのは分かります。それは確かに私たちにも関係する事柄です、ですが、それは学院を卒業してからになさい。今は学業に……」
いや、あの、お家騒動とか、無いです。勝手に想像して、勝手に妄想で話を進めて欲しくないなぁ。
その後も喋り続け、やっと話に満足したのか、沈黙の魔女は手紙を手放した。ふぅ、で、誰の手紙だ? 辺境伯からの手紙だと思っていたんだが、どうも違うぽいな。
手紙の封に押されている家紋を確認し、封を切る。手紙は――第一王子からだった。
『次の闇の日、『神授の遺跡』にて待つ。鍵を忘れずに』といった感じの内容だ。
これは、どうなんだろうな。辺境伯によって第一王子が動いたと見るべきか、それとも辺境伯への手紙が、途中で第一王子側に奪われたと見るべきか……。まぁ、どちらにせよ、行ってみれば分かることか。
確か『神授の遺跡』は本島にある小迷宮だったよな。一度、実技だかで行ったから場所は――うむ、大丈夫だ。
さあて、どうでるかな。
―2―
今回、14型はお留守番という形で大きくなった羽猫に乗り、本島にある小迷宮『神授の遺跡』に向かう。
羽猫を外に待たし、奥へと進む。
小迷宮『神授の遺跡』の最奥に有る、大きな柱の立ち並ぶ広間には、すでに先客がいた。
「あなたが噂のノアルジーさんですね、ふふふ」
そこには青い髪を伸ばした神官服の少女と、それを守るように銀の仮面を付けた騎士たちが居た。
騎士の数は10人ほどか……。にしても、この冷たい感じのする青髪の少女、何処かで見たような。まぁ、俺も《変身》中は青髪だけどさ、でも、こんな冷たい感じはしないぜー。もっとやわっこい感じだもんね。
……。
そうだ、あの流浪の治癒術士って呼ばれていた青フードの少女にそっくりなんだ。あの子がアオ? 魔族だったのか? いや、でも、それなら、なんで魔獣の襲撃の時に俺を助けてくれたんだ? 人違いか? むむむ。
「お前は?」
それを聞いた周囲の銀仮面の騎士たちが騒ぎ出した。
「アオ様に向かってなんという無礼な!」
あ、はい。そういう感じなのか。って、この子が例のアオって大主教? 何だろう、想像していたのと違う。もっと、こう、妖艶な感じを想像していたよ。うーむ。
で、ここに居るのはアオとその騎士団だけ? 第一王子や姫さまの姿が見えないな。何だろう、凄く嫌な予感がする。
「鍵は何処でしょう?」
アオの口から冷たい――そう、冷気を感じさせる言葉が紡がれる。
「その前に、第三王女、セシリーは何処だろうか? その解放が条件のはずだが?」
その言葉を聞いても、アオは薄く笑うだけだった。これはアレか、確実にアレな感じだよな。
「第三王女の牢を開くための鈴はここにありますよ、ふふふ」
アオが近くに居た、周囲よりも一段優れた華美な騎士鎧と剣を装備した騎士から鈴を受け取る。そして、その白い手の平で鈴を転がす。何だろう、あの銀仮面の騎士、近衛兵とか、親衛隊隊長とか、そんな感じなのか? 腰に差している剣は真銀の剣か? さすがに良いモノを持っているな。にしても剣、か。槍じゃないんだな。
「わかった。『空中庭園』を開くための鍵はこれだ」
用意していた紋章を取り出し、アオに見せる。
「確認しました。ふふふ、では、それをこちらに」
アオが神官服の袖から白い手を伸ばし手招きする。
「交換だ」
それを聞いたアオは首を横に振る。
「交換ではありません」
む、むむむ。
そして、アオが手を上げる。
「女神……に、逆らう愚か者に天罰を!」
その言葉を聞き、周囲の騎士たちが剣を掲げる。ちっ、やはり、こうなるのかよ! しかしッ!
お前らが布陣していた段階で予想済みッ!
――《飛翔》――
《飛翔》スキルを使い一気に飛ぶ。目指すはアオが手に持っている鈴!
アオの目前まで迫り、アオの驚く顔を横目に、手を伸ばし鈴を取ろうとした所で――その手が宙を舞った。
アオの横にいた騎士が真銀の剣を抜き放ち、伸ばした腕を斬り飛ばしていた。な、なんだと。
すぐさま急ブレーキをかけ、後ろへと跳ぶ。
――《魔法糸》――
そして《魔法糸》を飛ばし腕を回収する。
――[キュアライト]――
俺は、すぐさま癒やしの光で飛ばされた腕をくっつけ再生させる。回復魔法が超便利です。回復魔法があれば手術とか要らないよねー。
にしても、さっきの騎士……。いや、まさか、でも。
近くで見た仮面越しの素顔は、俺の知っている顔だった。
「まさか、グレイなのか? ナハン大森林で冒険者をやっていたグレイ・カッパーか?」
それを聞いたアオは怪訝そうな顔をし、その騎士を見る。
「グレイの知り合いですか?」
グレイと呼ばれた騎士は首を横に振る。
「知らない者です」
その言葉は冷たい。
「そうですか、ふふふ。大事なチャンスがなくなりましたね」
アオは笑っている。が、この程度の騎士の数、何とかしてやるぜ。俺の魔法で一網打尽……。
と、そこで周囲の動きが止まった。何だ、何だ? 急に世界が凍り付いたように止まったぞ。騎士たちは剣を持った姿のまま固まっている。全てが、空気さえも凍ったように……。
そして凍り付いた世界の中をアオと呼ばれた少女が歩いてくる。
「知っていますか? あなたたち、お人形は死んでしまうと物の所有権がなくなるんですよ、ふふふ」
体が動かない。
「ふふふ。私の声も行動も見えないでしょうね。あなたが気付いた時には鍵を奪われ、命が終わっている。さようなら、ノアルジーさん」
手に持っていた羽猫の描かれた紋章をアオが奪い取り、そして、何処かからか小さな青く輝く短剣を取り出し、そのままそれを……。
胸に青い短剣が刺さる。それでも体は動かない。
そして時が動き出し、体が動き始める。血を流すことなくそのまま体が崩れ落ちる。アオはそれを楽しそうに眺めていた。
「これは餞別ですよ、ふふふ」
アオが倒れた体の上に鈴を置く。そして騎士たちへと振り返る。
「さあ、行きますよ。ここからが本番です、ふふふ」
2016年8月4日翌日になったので追加
すぐさま癒やしの光で → 俺は、すぐさま
2016年8月5日修正
お前らが布陣をひいていた段間で → お前らが布陣していた段階で