6-86 魔獣に用心を
―1―
一番困難ぽい感じのグレイウルフでこの程度ってことは――まぁ、予想していた通りクソ雑魚しかいない森なんだな。
女教師さん、これで分かったでしょ、俺は一人でも大丈夫だからさ、何処か他の生徒の方に行って貰えませんかね。このままだとさ、分身体はいいとしても、その背後にいる俺自身が見つかりそうで怖いんです。《変身》が使えたら、こんな苦労をすることは無いんだけどなぁ。
「先生、私はひと……」
分身体で俺1人でも大丈夫ですよ、と女教師に話しかけようとした時だった。
森の奥から絹を引き裂くような悲鳴が聞こえた。悲鳴だと? 誰か、何かあったのか?
「これは! フェンさんの光が弱く……。ノアルジーさん、こちらには危険な魔獣がいないはずです。ここで待機してください!」
そういうが早いか女教師は駆け出した。フェンって、確か、火の個室持ちだったよな。で、確か、エミリアと一緒の3人チームの1人だったような。何があった? これは俺と分身体もこっそり後をつけるべきか。
――《魔法糸》――
《魔法糸》を飛ばし、分身体と共に木の上に上がる。
――[ハイスピード]――
そのまま風の衣を纏い、木の上を飛び跳ねながら森の中を駆けていく。うーん、手加減しないと女教師を追い越してしまいそうだな。
しばらく飛び続けると森の奥、薄暗くなっている場所に1人の女生徒が傷を負い、倒れ込んでいるのが見えた。もう1人の少女が泣き叫びながら血だらけで倒れ込んでいる少女を抱きかかえている。そして、その少女の前に、かばうように立っている豪華な髪型が見えた。
俺は速度を上げ、まだのろのろと森の中を駆けていた女教師を飛び越え、少女たちの近くにある木の上に立った。おいおい、何やってるんだよ。倒れているのはフェンって少女か? ちょっと待て、ここからでも見えるくらいに血だらけで傷が深そうだぞ。何があったんだ?
豪華な髪型の少女の、更に向こうから低い唸り声が聞こえる。
豪華な髪型の少女は針のような紫の炎を飛ばし、暗闇に潜んでいる魔獣を攻撃する。倒すというよりも時間稼ぎのための牽制か。これはヤバそうだな。まずは傷を癒やすべきか。
――[キュアライト]――
癒やしの光が倒れている少女に降り注ぎ、みるみるうちに致命傷と思わしき傷を癒やしていく。今の姿だと、上位魔法は使えないが単体に効果の高い癒やしの光なら使えるからな。これで、何とかなるかもしれない。
「誰? フェンの傷が……」
えーっと、このままの姿で木の上から降りたら不味いよな。分身体で降りるのも不味そうだ。えーっと、どうしよう。
……。
そうだ!
もう使うことはないだろうと封印していた仮面があった! あれで誤魔化せないかな。俺は魔法のリュックから白と黒の仮面を取り出し分身体に取り付けた。
――《魔法糸》――
さらに《魔法糸》を飛ばし、分身体が着込んでいる服の上に巻き付け、形を変化させる。よ、よし、これで、まぁ、誤魔化せるか?
そのまま分身体を下に降ろす。
「あなたは!」
エミリアが前を向いたままこちらへと叫ぶ。むぅ、余り余裕が無い感じだな。
『味方だ。いったい何があった?』
誤魔化すために天啓で会話する。
「頭に声が……」
いや、それはいいから。状況を教えてくれ。まだ相手の魔獣は居るんだよな? 線は見えないけど低い唸り声は聞こえるしな。
『状況を早く教えろ』
「最初は普通のグレイウルフだったんですの! でも変化して! 私をかばってフェンさんが」
魔獣が変化した? 嫌な予感がする。
『ここは任せろ。もうすぐ君たちの教師も来るはずだ。君たちはその倒れている子を連れて逃げなさい』
「でも、私は!」
何故かエミリアが食い下がる。
『足手まといだ』
俺が天啓を飛ばすとエミリアは唇を噛み締め下を向いた。そして、すぐに何かを決めたように顔を上げた。
「わかりましたわ!」
『そうだ。そして、他の生徒たちに危険を伝えるんだ』
豪華な髪型の少女はもう一人の少女と共にフェンを担いで歩き出した。まぁ、これで大丈夫か。
さあて、魔獣退治と行きますか。
―2―
森の奥へ、暗闇へと進むと、その中に鈍色に光る点が無数に現れた。現れやがったか。
現れたのは無数のかつてグレイウルフだったものたち。体から筋繊維のような紐状の繊維が伸び縮みしている個体、剥き出しになった魔石から同じように筋繊維が伸びている個体等々――なるほど、魔族の実験個体ってワケか。
こんな代物が自然発生するとは思えないし、ますます近くに魔族が居るのが濃厚になってきたな。
近くの個体がこちらへと筋繊維を振り回しながら飛びかかってくる。
――《スイッチ》――
俺はとっさにスターダストを取り出し、筋繊維を斬り払う。
――[アクアランス]――
そして、その後ろから分身体で水の槍を飛ばす。分身体と俺の共同作業だな! 俺は分身体にスターダストを渡し握らせる。そして、そのまま槍形態へと変化させる。武器の扱いは人型の分身体の方が上手いだろうし、魔法は俺の方が各種属性を取りそろえているからな! にしても、こんなのが居るならピュリフィケイションやライトブレスが使える羽猫や馬鹿力の14型を連れてくるべきだったなぁ。まぁ、こんな事態が予想できるわけじゃないんだから、仕方ない。
さらに次の個体が飛びかかってくる。
――[アイスウォール]――
飛びかかってきた個体の前に氷の壁が立ちはだかる。個体は、突撃した勢いのまま氷の壁にぶつかり、悲鳴を上げながら転がった。
――[アイスランス]――
転がった個体の魔石を木の枝のように鋭く尖った氷の槍が貫く。こいつら再生能力が高いだろうから、確実に魔石を壊していかないとキリが無いな。《変身》している状態なら一気にスリープ、ナイトメアのコンボで屠ってやるんだけどなぁ。いや、でも、ここまで原形がないと眠るかどうかも分からないか。
――《スパイラルチャージ》――
分身体で槍を振るい個体の魔石を貫く。森だから火属性の魔法は危険、アイスストームのような範囲魔法も危険、と。こいつらが混乱するとは思えないし……、地道に魔法と槍で削っていくか。
地道な作業を繰り返し、そのうち、周囲には魔獣モドキの姿は見えなくなった。12、3体ってトコか。結構な数が居たな。いやぁ、この数を相手にしてエミリアたちが無事だったのは奇跡だな。それとも最初はグレイウルフだったから楽勝だったのか? 魔石が剥き出しになっていた個体などは、戦った結果だろうしな。って、む?
――《隠形》――
背後に気配を感じ、俺自身はとっさに隠れる。残ったのは仮面を付けた分身体の方だ。
「あなたは……?」
そこに居たのは遅れてやって来た女教師だった。いやいや、なんで、こっちに来ているんだよ。生徒の無事を見届けなくてもいいのかよ。
『生徒たちはどうしたのだ?』
「彼女たちを無事に森の外まで退避させたので急ぎ戻ってきたんです」
なるほど。
「あなたはいったい? それに、この魔獣は……?」
えーっと、名乗るのは、大変そうだ。ここで謎の仮面騎士的なことはやりたくない。
『現れたのは魔族の実験魔獣だろう。これらが現れたということは……魔族が学院を狙っている可能性がある。教師たちに伝え警戒するように』
天啓を飛ばすと女教師は神妙な顔で頷いていた。
『この辺りの実験魔獣は全て倒したはずだ。後は任せたぞ』
ということで帰ります。
そのまま《軽業》スキルで木を蹴り上がり、飛び跳ねて逃げ出す。
途中で分身体を消し、騒ぎが大きくなる前に、と急ぎ寮の中へと逃げ帰る。ふぅ、今日も1日乗り切ったぜ。後で何か言ってきたら、女教師の指示に従って退避し、寮まで逃げ帰っていたって言えば大丈夫だろう。
はぁ、疲れた。
にしても魔族か……。これもアオって魔族の仕業なのかなぁ。鍵の在処として学院が怪しいからってちょっかいをかけてきたんだろうか。うーむ。
教師陣の実力が分かんないからなぁ、任せても良いのか少し不安だな。いや、待てよ。シロネがいるから、ある程度なら大丈夫か。シロネさん、期待してまーす。