6-85 森に遠足です
―1―
それは、ゼーレ家にて行われたお食事会が終わり、《転移》スキルを使って料理人たちを本社に戻した次の週のことだった。
「やあ、元気かい。次の木の日の準備は進んでいるかい?」
何故かさわやかなダンソンさんが分身体に話しかけてきた。木の日? 明後日か。何があるんだ?
「その顔は……準備していないようだね」
いや、あの、何があるんでしょうか。
「君とエミリア君は特別に魔獣討伐の実戦訓練に参加が決まっているはずだよ。まさか聞いてなかったのかい?」
初耳です。うーん、俺は基本引き籠もりで、他の人ともコミュニケーションを取ろうとしていなかったからなぁ。むむむ。
木の日だと、まだ《変身》は使えないし、場所によっては分身体のエリア外になるだろうから……うーむ。
「それは強制参加なのだろうか?」
分身体の言葉にダンソンさんは髪を掻き上げ、やれやれって感じでこちらに微笑みかけていた。さわやかですね!
「強制ではないよ。でも、学院に入ってすぐの君たちで参加出来るのは非常に名誉なことだからね。それを無視するとなると――学院での立場が悪くなるのは間違いないだろうね」
むむむ。まだ鍵を見つけていないからなぁ。学院内で活動しにくくなるのは不味いか。
「場所は何処だろう?」
「君たち、初参加の生徒もいるからね。今回は学院裏の森だと思うよ」
俺がいつも《転移》に使っている森か。まぁ、あそこなら楽勝そうだな。
はぁ、でも、どうしよう。
日数的に分身体で参加するのは確定だけどさ、裏の森だろ? 分身体のエリア外じゃん。そうなると俺も隠れながらついて行かないとダメなのか。うーむ、またも《隠形》を使ってギリギリの綱渡りか……。まぁ、森だからさ、隠れる所は沢山あるし、何とかなるか。さすがにさ、分身体の後をつけていた俺が発見されて、魔獣として討伐隊が組まれるとか、そんなことはないだろう。うん、多分、大丈夫だ。
「もう! ダンソン、先に行かないでよー」
むちむちなメディアが、ぶるんぶるんしながらこちらへと駆けてきた。
「ごめん、ごめん。ちょっとノアルジー君を見かけたからね」
さわやかにダンソンさんは笑っている。この二人は仲が良いのかいつもペアだな。
「ちゃんと準備しておくんだよ、子猫ちゃん」
そう言い残してダンソンさんとメディアは立ち去っていった。何か授業を受けに行ったのかな?
にしても準備、か。正直、困ったなぁ。
―2―
木の日がやって来た。俺はとりあえず見つからないように隠れながら学院の外へ出る。そして、近くの建物の影に隠れて分身体を作成する。
――《分身》――
はぁ、学院の出入りがさ、ブラックオニキスがなくても出来れば、こんな苦労はしなくてもいいんだけどなぁ。
そのまま分身体を学院外の壁に立たせて、皆が出てくるのを待つ。しばらくすると女教師とともに生徒の一団が現れた。
えーっと、教師を入れて7人か。
「ノアルジーさん、初めての実戦的な授業で浮かれているのは分かりますが、闇の日以外で学院の外に出ているのは感心しません」
えーっと、この女教師さんはアルテミシアだったかな。いやいや、違うんですよ、浮かれているわけじゃなくて、これには、もうね、ホント、仕方ない事情があるんですよー。
「すみません」
とりあえず謝っておく。
「もう、何をしているんですの!」
エミリアが俺の方に駆けてくる。いやいや、凄い大切な理由があるんですよー。言えないけど、あー、言えないのが心苦しいなぁ。
「学院の裏の森は、一部が小迷宮化しており魔獣が生まれています」
女教師が学院裏へと歩きながら説明してくれる。
「主な魔獣はホーンドラット……」
あー、何処にでも現れるクソ雑魚ですね。
「それとミストフライ、ジャイアントスパイダーなどです」
ミストフライは初顔合わせだな。
「攻撃魔法が使えれば、どれも、それほど強くありません。ただ、中にはグレイウルフなどの強めの魔獣もいます。無理だと思ったら無謀なことはせず、すぐに私を呼んでください」
うーん、どの魔獣も雑魚だな。まぁ、学校の裏に恐ろしい魔獣が居たら、それこそ、安心して暮らせないもんな。そんなもんか。
―3―
学院の裏に到着した所で女教師がパーティ申請を送ってきた。あー、だから、8人なのか。
「すまないが、理由あってパーティは組めない」
分身体の言葉に女教師は怪訝そうな顔をした。とりあえずパーティを組むのはお断りです。
「それですと、私が位置を把握出来ません。私の助けが要らないということですか?」
ことです。
他の6人は普通に女教師とパーティを組んだみたいだな。うーん、俺の今の実力なら、先程の魔獣程度なら困るコトなんて無いもん。不要なんだぜー。
「わかりました。普段は2、2、3で組んで貰い森を探索して魔獣を退治して貰うのですが、今回は私とノアルジーさんが一緒に動くことにしましょう」
いや、要らないってば。
「皆さん、魔獣を倒したら私を呼んでください」
う、うーん。自由に行動するつもりが、微妙に枷を付けられてしまった……。
「ノアルジーさん、負けませんわよ!」
豪華な髪型の少女は三人のチームか。随分とやる気だな。怪我しないように気をつけるんだぜー。
―4―
森の中を女教師と共に歩く。分身体の後を付けながら周囲に気をつけて動いているが、魔獣と書かれた線が一向に見えない。時々、野兎などの小動物を見かけるくらいだな。にしても、分身体を動かしながら、更に見つからないようにその後ろを追いかけるって難易度高いなぁ。脳みそがパンクしそうです。
「この森は、こんなにも魔獣が少ないのか?」
分身体で聞くと女教師は、今気付いたかのように驚いた顔をしていた。魔石が無いのが動物、か。でもさ、人にも魔石はあったんだ。この世界だと魔石を持っていない生物の方が異端なんじゃないか? でも、動物も魔獣も居る。うーん、よく分からないな。
「いえ、凶暴な魔獣は居ないため、数は多くないはずですが、こんなにも出くわさないなんて……」
何だろう、凄い嫌な予感がします。最初の頃に蜘蛛狩りで調子に乗っていた時を思い出すな。
「ところで、これは何を見る訓練なんだ?」
「実際に魔法を使って魔獣を倒せるか、ですね。ですから、魔獣の強さ、量は関係ないんですよ」
ふーん。覚悟を決める訓練って感じなのかな。
そんなことを話していると目の前に狼型の魔獣が飛んできた。おー、凄い勢いだ。初の獲物だね。エモノガイタゼ。
「グレイウルフです。ノアルジーさん、大丈夫ですか?」
氷魔法を使うのは不味いか。となると……。
――[アクアランス]――
水の槍を生み出し、灰色狼を貫くと――それだけで動かなくなった。あ、れ? 弱くない? 手負いだったのか?
「だ、大丈夫な……よう、です、ね」
そう答えた女教師は若干顔が引きつっていた。いやいや、そこは驚いたらダメでしょ。だってさ、アクアランスって中級くらいだよな。普通にさ、冒険者ならこれくらいの魔法は使ってるはずだぜ。
Aランクのバーン君とかさ、上位魔法も使っていたもんな。