6ー77 行きと帰りは
―1―
――[ハイスピード]――
ハイスピードの魔法を使い駆け足で階段を降りていく。とにかく急いで撤収だ。日はすでに落ちようとしている。あー、時間がヤバいんだぜー。
――《剣の瞳》――
階段を飛び降りるように駆けながら《剣の瞳》を発動させる。背後に青い反応が3つ。1つはバレンタイン王子だろうから、2つ誰かが、こちらを追跡しているってコトか?
もう少し駆け下りて試してみるか。
更に勢いよく駆け下りる。
――《剣の瞳》――
反応は2つ。1つ消えたのはバレンタイン王子が範囲外になったからだろう。ということは、やはり誰かが尾行しているってコトか。そりゃまぁ、王宮に突如現れた王族の関係者らしい人物だもんな、怪しまれるか。王子の様子から、王子が放ったとは思えないから……教団関係者か、王宮の手の者か。さあ、どっちだろうなー。
にしても俺がハイスピードを使って結構な勢いで駆け下りているのにさ、それに、なんとか着いてきているなんて優秀だなぁ。
じゃ、これはどうかな。
――[エルハイスピード]――
――《飛翔》――
上位魔法を発動させ、さらに速度を上げる。そして、そのまま階段を舐めるように高速で飛ぶ。はっはっはっはー、俺が出せる最高速度だぜー。服が破れそうでソレが怖いんだぜー。まぁ、実際はハイスピードの魔法が発生させている風の膜が防いでくれているけどさ、それでも怖い怖い。
長い、そりゃもう、すんごく長い階段を恐ろしい速度で一気に駆け下りる。これ、音が遅れて聞こえるくらいだから、音速以上は余裕で出てるんじゃないだろうか? 超知覚がなかったら恐怖で吐いているくらいの速度だよ。
――《剣の瞳》――
麓に降り立った所で《剣の瞳》スキルを発動させる。2つの反応は完全に消えていた。巻いたか。直線だけど、大丈夫だよな! よし、学院に帰りますか。
――《転移》――
ぴょーんっとな。
その日は、そのまま寮に戻りすぐに眠った。いやだってさ、《変身》スキルの効果時間がギリギリだったんだから、仕方ないよな!
―2―
翌朝になり、ふと思い出した。あ、テスって少女、迷宮の中で縛り上げたままだった。えーっと、どうしよう。さすがに放置は不味いよな。
いや、でもさ、あそこって《分身》スキルの範囲外だよな。えーっと、うー、やー、たー、どうしよう。
うーん、俺が縛り上げた所為で誰にも見つけて貰えず餓死なんてコトになったら寝覚めが悪いしなぁ。
仕方ない、芋虫スタイルで《隠形》を使いながら頑張って連れ戻しに行くか……。
――《隠形》――
銀のローブを深くかぶり《隠形》スキルを使いながら大書庫を目指す。学院の中に入ってからは天井に張り付き、のしのしと這って進む。
《隠形》スキルに《軽業》スキルに《剣の瞳》……ホント、便利なスキルだよなぁ。探求士と暗殺者のクラスを取得していて良かったよ。これが無かったら神国入りは断念するしかなかったよな。
大書庫の中を隠れて進み、人が居ない瞬間を見計らって台座の上に降り立つ。そして台座に手を触れ、禁書庫へと向かう。
真っ赤な部屋の中には……誰も居なかった。良かった。こちらに人が待ち構えていたら、隠れることは出来なかったからな。にしても、今日も人の気配が無い場所だよな。禁書庫って言うくらいだから、余り人が来ない場所なのだろうか。
テスを縛り上げていた部屋の前まで戻る。さあ、この中だ。さて、どうしようかな?
扉を小さなまん丸お手々で触ると扉が上下に開き始めた。
「だ……」
――[スリープ]――
扉が開き、こちらに気付いたテスは声をあげようとしたが、そのまま眠りについた。ほっ、多分、見られていないよな?
テスは昨日と同じ格好のまま、《魔法糸》に縛り上げられ、すやすやと気持ちよさそうに眠っている。スリープが効いて良かったぜ!
縛り上げていた《魔法糸》を切断して、と。後は起きたら――勝手に寮へと戻るだろう。一応、何か食べ物を置いておくか。一晩、ここに居たんだからな、お腹が空いているかもしれない。魔法のウェストポーチXLの中に入れていた俺用のジューシー肉まんもどきを取り出し、包装紙ごと顔の前に置く。ほかほかではないが、冷めても美味しいんだぜ。メモ書きでも出来たらいいんだけどさ、俺、こっちの言葉を書けないからなぁ。
……。
よく考えたら、俺、文字は読めるけど書けないんだよな。今度、暇を見てユエあたりに教えて貰うかなぁ。
さあて、戻りますか。
この禁書庫の先、八大迷宮『空中庭園』も気になるけどさ、今の姿で王城の庭に出たら大変なことになるからな、仕方ない戻る……って、ちょっと待て、ちょっと待て。ここから大書庫って転送されて戻るんだよな? や、ヤバくないか? 向こうの状況が分からないし、転送してぽんと現れるってコトは、《隠形》スキルも効果が無いよな? か、かなりヤバい。王城から《隠形》と《転移》で逃げた方が安全か? いや、でも……。
う、うーむ。俺、全く考えてなかったぞ。
よし、運を天に任せて転送してみよう。大丈夫、大丈夫、禁書庫の中に転送する時には台座の周囲に人は居なかったじゃないか。多分、この台座に近付く人は余り居ないのだろう。
よし、では転送だ。
台座の前まで戻り手をかざし転送する。周囲の風景が変わり、大書庫の中に戻る。
「ひっ!」
そして、そこに一人の少女が居たことに気付いた。
――[スリープ]――
少女はこちらを見て、悲鳴を上げ、気絶しそうになりながら、そのまま眠りについた。えーっと、賭に負けた? いや、でも、銀のローブを深くかぶっているから俺の姿には気付かれていないはずだ。多分、突然、見知らぬ人が現れて驚いただけのはずッ!
「どうしたの?」
悲鳴を聞きつけてか、周囲が騒がしくなる。やばい、ヤバいッ!
――《隠形》――
《隠形》スキルで気配を消し、
――《魔法糸》――
《魔法糸》を使い本棚の上に逃れる。そのまま《軽業》スキルで本棚の上を飛び跳ねながら逃げる。
「あれ? 何か?」
――[ディスオーダー]――
こちらに気付かれそうになったら混乱させる。逃げろ、逃げろ。
俺はそのまま、なんとか逃げ切り、寮の部屋に戻った。はぁ、疲れた。何というか、災難だ。うん、今度から出掛けるのはノアルジに《変身》出来る日だけにしよう。まぁ、分身体でうろちょろするくらいで迷宮の探索は一週間に一回だ。うん、そうしよう。
はぁ、疲れた……。