6-76 真の敵は誰?
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まぁ、何処かよく分からない場所の庭で佇んでいても仕方ないな。とりあえず、誰かに……。
「衛兵ー! 衛兵ー! あそこに侵入者が!」
1人の貴族服の男が叫び声を上げる。
……。
えーっと、アレだ。話しかける手間が省けたな、うん。いやぁ、《隠形》を使ってないと、こんなにも簡単に見つかっちゃうんだなー。
いや、でもさ、お嬢様学校に通っていた時の格好だしさ、武器の類いは亜空間にしまっているから、何も持っていないし、酷い扱いはされないよな? まぁ、ここが神国だって前提での話だけどさ。
叫び声を聞きつけ、衛兵はすぐにやって来た。おー、ここの衛兵は優秀なんだな。そして、衛兵たちは俺を取り囲み、そして悩み出した。へ? すぐに連行されるとか追い出されるとかじゃないのか?
「こ、これは……」
「いや、でも……」
いやぁ、あのさ、早くしてくれませんか。《変身》の効果時間が半分以上過ぎているからな。心許ないんだってばさ。
俺を取り囲んだ衛兵たちは動こうとしない。むむむ。
「どうしたの?」
俺を取り囲んで動こうとしない衛兵の後ろから幼い声がかけられた。その言葉に、衛兵たちは大げさに振り返り、敬礼をする。
「はっ、バレンタイン様。侵入者が居たと聞いたのですが、少し、その……」
衛兵の隊長格が説明をする。まぁ、俺の今の見た目は女の子ぽいからな、それをいきなり取り囲むとか、戸惑うよな。
衛兵の塊が2つに分かれ、バレンタインと呼ばれた少年が現れる。そう、そこに居たのは、重そうで、それだけでも歩くのが大変そうに見える豪華な服に包まれた少年だった。高そうな服だなぁ。
「君は誰?」
少年がこちらへと問いかけてくる。
「ノアルジだ」
そう、ただのノアルジだぜ。
俺の返答が良くなかったのか、少年は首を傾げていた。
「出奔した兄上の子だろうか……」
そして、少年は口の中で、そう呟いていた。へっ、へっ、俺は字幕で文字が見えるからな! 向き合っていれば独り言を聞き逃さないぜ!
「君の父親は片眼の優男だったんじゃないかな?」
誰それ? 俺の父親? 俺に親っているのか?
「いや、違う」
「そうか」
何だか、少年はがっくりとうなだれている。う、うーむ。これは受け答えを間違えたパターンだろうか。
「こっちに来て貰えないか?」
何故か少年が俺の手を掴み、無理矢理引っ張っていく。周囲の衛兵がそれを止める気配はない。何だ、何だ?
大理石の柱が並ぶ通路を歩き、白い絨毯のあるエントランスへと案内される。そして、少年は、そのエントランスにある大きな階段の上、踊り場に掲げられた1つの肖像画を指差した。
「僕の祖母にあたる方の幼い頃の肖像画だよ。君に似ていると思わないか?」
そ、そうか? う、うーむ。確かによく見ると色違いキャラって感じかなぁ。俺が2Pカラーって感じだ。この《変身》スキルだけど、元になった人物が居たってコトなのか?
「君はどうして、ここに?」
どうして、か。難しい質問だな!
「気が付いたらここに」
そうそう、で、ここ何処でしょう?
「ここが、何処か分からないの?」
少年が笑う。
「今日は霧が少ないから、外に出て見ればすぐにわかると思うよ」
少年がエントランスから、大きな門を指差す。えーっと、見に行けってコトですか? 仕方ないなぁ。
とぼとぼと歩き、(何故か少年が俺の隣を歩いてついて来るけれど)大きな門をくぐり、外に出る。
そこは大きな高台になっていた。無限に続くかと思えるような下へと降りる階段、そして、その先に小さく小粒のようになっている家々が見える。
俺は振り返り、城を見る。夕焼けを反射して輝く水晶の城。まさか……。
「そう、神聖王国レムリアースの首都ミストアバンの王宮――ここがクリスタルパレスだよ」
王城かよ! 浮かんでいる大きい方の島だよな。何でだ? 何で、ここに来た? 禁書庫と王城が繋がっているのか?
「君がいたのは八大迷宮『空中庭園』の入り口だよ」
な、なんですとー。
もしかして、アレ、八大迷宮だったのか? 八大迷宮と禁書庫が繋がっている? この浮かぶ島が八大迷宮? その上に城や街を作っているのか?
で、この子は誰なんでしょう? 衛兵がかしずくってお偉いさんだよな? 王城に居てお偉いさんって――大臣の息子とかか? いやいや、さすがに俺でも分かっているけどさ。王城に肖像画が飾られるような人の関係者って、まぁ、その、限られるよな。
いやでもさ、だってさ、第一王女は子持ちの、おば……えーっと、凄く微妙な年齢の女性だったじゃないかッ!
第一王子が、こんなに若いって有りなのか? 俺が想像していたのはちょっと嫌らしい笑みを浮かべる小太りのおっさんだぜ。こんな可愛らしい少年じゃないよ。おかしいじゃん、
「君は第一王子?」
俺の言葉に少年は楽しそうに笑う。
「そうそう、そうだよ。僕はバレンタイン・レムリアース・アースティア。この城の主だよ」
まさか、本当にそうかよ……。えーっと、この少年が、今回の、俺が神国に来る羽目になった元凶なのか? とても、そうは見えないんだけどさ。どういうことだ? 結局、悪いのは第二王女なのか?
「ノアルジー、ここで会ったのも何かの縁だよ。僕の友とならないか?」
うお、凄い積極性です。初対面の人に友達になろうって、やっぱり子どもだからこその積極性なのだろうか。
「すまない、すでにセシリーと友達なんだ」
俺はちょっとだけ、カマをかけてみた。反応が見たいからね。
「友達なら1人でも2人でも大丈夫だと思うよ」
俺の言葉に少年は拗ねていた。えーっと、この王子様、第三王女がどうなっているか知らない?
「セシリーを解放してくれたら考えるよ」
「もう、ノアルジーは意地悪だよ。セシリア姉様はアオの言いつけがあるから解放できないよ。セシリア姉様が迷宮の鍵を持っている限り、僕たちは女神の休息日の度に姉様に従うしかないんだよ。1人が力を持ちすぎるのは悪いことだってアオが言っていたよ」
また、アオ、か。何だろう、そのアオ大主教が、どう考えても元凶にしか見えない。アオって魔族だよな。あくまで推測でしかないけどさ。上手く王族を操って神国を滅ぼそうとしているのか? 今まで俺が会った魔族って、よく言えばお馬鹿で、力押しで何とかしようとするような自分の力におぼれている者が多かったけどさ、このアオは策謀タイプなのか?
俺がアオに会って直接叩きのめした方が早いような気がしてきた。
「すまない、そろそろ寮に帰らないとダメなんだ」
そうそう。
「ノアルジーは学院の生徒? 騎士……は、無いか。魔法学院?」
「ああ。その魔法学院に居たはずなんだが、気付いたら城の中庭に居たんだ」
そうそう、そういう感じなんだ。
「ふーん。僕がいたから良かったけど、無断でクリスタルパレスに入ったら殺されても仕方ないんだからね、気をつけてよ」
へ? こ、怖いことを言うなぁ。ま、まぁ、気をつけます。
「また会おうね、ノアルジー」
王子は、階段を降りて帰ろうとしている俺に対して、ずっと手を振っていた。うーん、何だろう、コレ。良くわかんなくなってきたなぁ。