6-73 大書庫の司書
―1―
分身体で大書庫に向かう。まぁ、いきなり俺自身が向かうよりも分身体を使って様子を見てから探索を開始した方が間違いないだろうからね。
大書庫は学院内の最奥――いや、違うな。学院の中心部にあり、その外周に講堂や寮が付け足されているという感じだ。
開かれたままになっている大きな扉をくぐり抜け、大書庫に足を踏み入れる。天井高くまで積み上げられた複数並ぶ本棚には無数の本が置かれていた。そう、『置かれて』いた。
えーっと、コレが、本?
巻物であったり、本とは名ばかりの紙の束であったり、ただの石版であったり……装丁されている、俺が思い描いていた本は殆ど存在しなかった。
印刷技術が無いから、なのか? いや、でも装丁されている本もゼロでは無いんだから、それらが集まっている――手書きで複写して数を揃えている可能性だってあったわけじゃん。なのに――何だ、コレ。
これが大書庫?
ま、まぁ、大書庫に収められている本の内容は俺には関係無いからな、気にするだけ無駄だ。
「名前……」
分身体が大書庫の中を見回していると、その足下から小さな声が聞こえた。
分身体の視線を下げ、足下を見ると、そこには寝転がって装丁された本を読んでいる黒い癖毛の少女が居た。な、なんで、足下で?
「誰……?」
いや、俺です。
「彼女はノアルジー。新しく君の代わりに闇の個室に入った子だよ」
だ、誰だ? と俺が振り返ると、そこには以前見かけた男装姿の少女、ダンソンが居た。
「無詠唱は確かに凄いけどねー」
隣にはぷよんぷよんな可愛らしい少女、メディアも居る。前回と同じだな。にしても、俺が気配を感じないとは……分身体で能力が落ちているからなぁ。
「ああ、ノアルジだ」
とりあえず足下の少女に自己紹介をしておく。
「私はテス……」
そう喋ると俺に対しての興味が無くなったのか、足下の少女は読書に戻っていった。う、うーむ。
「彼女はテス。以前は闇の個室をもっていたんだけどね、ちょっと本が好きすぎて試験をすっぽかしてしまったんだよ」
ダンソンが説明してくれる。なるほど、それで俺が個室に入れたのか。いや、でも、試験をすっぽかしたのに退学じゃないんだな。それだけ優秀ってコトか。って、アレ? そういえば今回の試験にも参加していなかったよな? おいおい、大丈夫かよ。
「テス、君の補習が決まったよ」
「……無理」
読書に夢中なテスをダンソンとメディアの二人が持ち上げて、無理矢理何処かへと連れて行ってしまった。えーっと、何だったんだ? ま、まぁ、とりあえず、俺の個室は闇属性だったのか。闇の属性とか燃えるな! ナイトメア、ディスオーダー、シャドウボール……何気に凶悪な魔法が揃っているよなぁ。
ま、まぁ、奥を探索しよう。
そして、俺が奥へ進もうと分身体を動かした所で――接続が切れた。いやいや、いや、マジですか。分身体のエリア外かよ……。
と、となると俺自身が向かうべきか。一度は見て回らないと、《隠形》スキルで隠れながら進むにしても不安でしょうが無いからな。うーむ、先行き不安だなぁ。今までが順調だっただけに、さ。
分身体は3時間ほど経った頃に戻ってきた。えーっと、自動制御で何をしていたか凄い不安なんですけど、不安なんですけど!
あの、頼むから接続が切れたらすぐに戻ってきてください。オートで動く場合にどの程度、考えて動いてくれるか分からないからなぁ。かなり怖いです。
―2―
それから数日後。
俺はノアルジ状態に《変身》して、授業に向かう。うーむ、シロネの授業があるってコトでとりあえず《変身》したが、勿体なかったかなぁ。ま、まぁ、余り考えないようにしよう。
「あら、ノアルジーさま、シロネ先生の授業に参加なさるんですね」
「ノアルジーさまですわ」
「は、はじめまして」
教室に入ると何故か少女たちに囲まれた。何というか、囲まれたけどさ、割と礼儀正しい感じだね。育ちがいいんだろうか。
とりあえず適当に少女たちをあしらいながら教室に備え付けられた席に座りシロネがやってくるのを待つ。
そして、教室の扉が開き、見覚えのある小柄な銀髪の女性がやって来た。特徴的な木の枝のように尖った耳はそのままだ。来たね、来たな、来たぞ。
「むふー。では、授業を始め……むふ?」
シロネが何故か俺を見て息を詰まらせた。俺、そんなにキツく睨んだつもりは無いんだが……。
「本日は、じゅ、呪文詠唱と発動の関係についての授業になりますねー」
シロネが授業を始める。
「まず、呪文は、魔法の発動を助ける為のものだと覚えて下さい」
ふむふむ。
「無詠唱が出来る人は心の中で呪文を唱えていると言うことですか?」
前列に居たお洒落な少女が疑問を口にし、
「いえ、違います。むふー。私の先生に聞いた話ですが、無詠唱が出来る人は一瞬でイメージが作れる人なんですねー」
それをシロネが答える。授業って、こんな感じなのか? いや、でも宮廷魔導師さんは一方的に喋っていたから、シロネの授業がディスカッション形式なんだろうな。
「シロネ……先生、ここで呪文を発動してもよろしいか?」
俺は手を上げ、聞いてみる。
「攻撃性があるような、むふー、魔法でなければ大丈夫ですねー」
ふむ。
――[クリーン]――
シロネにクリーンをかける。綺麗になったろ?
「むふー。こ、これはクリーンの魔法ですねー。無詠唱ですか。先生が冒険者をやっていた時の仲間が無詠唱使いでしたねー」
それは誰のコトでしょう。
「変わった魔法を使う人でした」
シロネは何かを思い出したかのように、そして何かを後悔しているかのように、それだけを口にした。
「先生、それはどんな人だったんですか?」
他の生徒が声を上げる。
「いえ、授業を続けましょう」
そうか。
―3―
《変身》の効果時間が残っている間に、急ぎ大書庫へと向かう。これで時間切れになったら、何のために《変身》したか分からなくなるからな。
俺が大書庫に入ると、やはり足下には癖毛の少女が居た。なんで、ここで本を読んでいるんだ? 邪魔じゃん。……いや、そうじゃないのか?
「テス、案内を頼んでもいいか?」
俺が声をかけると、本を読んでいた少女は嬉しそうに飛び上がった。
「どの本……?」
やはり、司書の代わりをやっているのか。
「禁書庫が見たい。それと、セシリアから――第三王女が、ここに何かを置いていると思うんだが、知らないか?」
俺の言葉にテスは表情を変える。
「あなたは敵? 味方?」
「俺は姫さまの友人だ」
そうだよ。今でも友情の証を持っているぜ。
「わかった……案内する」
テスがゆったりとした動作で本棚の隙間を縫って進んでいく。よし、ついて行くぜ。にしても、これなら思ったよりも早く解決するか? いやあ、このまま鍵が見つからずに何年も学院に居続けることになってたら――うむ、考えただけで洒落にならないな!