6-66 沈黙しろ魔女
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――《剣の瞳》――
《剣の瞳》スキルを使い、周囲に人が居ないことを確認する。すると放出された波が学院の壁を越えた所で弾かれた。へ? これが古の結界ってヤツか? こんな風になるんだ。
えーっと、中に入れるのはブラックオニキスを登録して身につけた俺だけってコトだよな? 羽猫も14型も進入不可、と。
さて、と。中側にまで《剣の瞳》スキルの効果は届かないけどさ、周囲に人影はないし、こちら側に人が居ないのも確認出来ているからな。ささっと入ってしまおう。
――《隠形》――
《隠形》スキルを使い、銀のローブを深くかぶる。そして開かれたままになっている門を抜け、中に入る。さあ、学院だぜ。
学院の中は……普通だな。
結界があるから、何か変わっているとか、そういうこともない。石畳の通路が目の前の大きな建物まで続き、そして、それに隣接するかのように新しい建物が作られている。目の前の建物が学院か……。
以前は大書庫だったんだよな? それを学院として形作ったのが昔の聖がつくの方のセシリアで、今、運営しているのが現代の第三王女セシリアだったかな。確か、俺が聞いた情報はそうだったはずだ。
で、隣接する建物が学院の寮か。結構、近いんだな。まぁ、移動距離があっても、ただの無駄だろうし、結界の範囲との関係もあるだろうからな。
――《剣の瞳》――
俺を中心に波が広がっていく。よし、結界の中なら問題なく使えるな。寮内には百人いかないくらいの青色反応っと――逆に学院内の反応は少ない。まだまだ早朝って感じの時間だからな。学院の生徒は寮の中か。
俺は寮の裏側に回り、分身体を作ることにする。ちゃんと人が居ないことは確認しているからな。
――《分身》――
俺の目の前に一人の少女が生まれる。よし、服もちゃんと昨日のままだから大丈夫だ。俺はこのまま《隠形》スキルで隠れて、分身体で寮の中に入るか。で、自分の部屋に着いたら夜まで待って、それから中に入って……いや、ホント、これからのことを考えるとそれだけでうんざりするよ。
――《隠形》――
分身体を操作し寮の中に入ると、入り口すぐの部屋から年配の女性が現れた。
「あら、これはとても可愛らしいお嬢さんですね」
うむ。
「あなたが新しく入ってくる……エミリアさん? それともノアルジーさん?」
なるほど、昨日の今日だというのに、もう寮の方に情報が来ているのか。って、エミリアって、あの豪華な髪型のゴージャスな服装の少女も受かったのか。というか、だね、俺とそのエミリアの二人しか受かってないのか。うーん、狭き門って感じなんだろうか。
「ノアルジだ。よろしく頼む」
分身体の言葉に年配の女性は少しだけ怪訝そうな顔をする。
「ノアルジーさん、言葉はもう少し上品に」
あ、はい。
「ノアルジーさん、荷物が見えないようですけれど従者に預けたままなのね? 毎年、同じことをしてしまう生徒さんが居ますからね、私には分かるんですよ。学校に通い始めるまでは外との出入りは自由ですから、今の間に取ってくるといいですよ」
あ、はい。
「ここでは従者に頼らず、自分自身の力で生活しないといけませんからね。それと、ここでは外と違い、身分による上下はありませんからね。もし、あなたが王族だったとしても、貴族だったとしても、立場は皆同じです。よろしいですね」
あ、はい。って、次々に喋られたらさ、いつ荷物を取りに行ったらいいかわかんないじゃん。も、もう、取りに戻っていいのか? 確かに14型に服などの荷物を持たせたままだったもんな。いや、でも分身体だから、外に出たら戻れなくなるのか? う、うーん。《変身》スキルで俺自身が動ける時に荷物は取ってくるか。
「ノアルジーさんは個室と聞いていますからね。普通は4人部屋から始まって、次が2人部屋、特に優秀な生徒のみが個人部屋なんですよ」
あ、はい。
「もう一人のエミリアさんも2人部屋と聞いていますから、臨時で入学するだけあって随分と優秀なんですね」
あ、はい。
「では、あなたの部屋にご案内しますね。その後、この寮の、学院の皆に挨拶をしましょうね」
あ、はい。って、荷物を取りに戻らせてくれるんじゃないのかよ!
「あら、そういえば、荷物を持ってないようですけれど、大丈夫ですの?」
いやいや、だから、あのさ……。
「そういえば、自己紹介がまだでしたわ。この聖セシリア魔法学院の寮母をしているリディ、皆からは沈黙の魔女と呼ばれていますわ」
いやいや、あなた随分とおしゃべりですよね。それで沈黙の魔女って、どんな冗談ですか。アレか、黙れって意味で沈黙って名付けられているのか? 沈黙しろ魔女ですね。
まぁ、荷物は後回しだな。服なんて汚れてもクリーンを使えば大丈夫だし、現状で困るようなことはない。
「部屋へ……」
「そうですね。あなたのお部屋に案内しますからね。個室ですから、一番、奥の部屋なんですよ。現在、個室を使っている学院の生徒は7人。あなたで8人目なんですよ」
あ、あのぅ。俺、喋らせて貰えないんですけど。
「個室にいる子たちは、皆、個性的ですからね。会えばすぐにわかるでしょうね。皆、それぞれ得意な属性が違うんですから、面白いでしょう?」
あ、はい。
それからも長々と続く会話を聞き流しながら部屋に到着する。寮は3階建てで、俺の部屋は、3階の一番奥になるようだ。これ、階段の上り下りが面倒だよな。分身体との接続が切れるような距離ではないけどさ、この部屋から学院までとなると――うーん、ちょっと微妙な感じだな。まぁ、駄目な時は、その時になってから考えよう。
2016年7月5日誤字修正
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