6-62 入学試験開始
―1―
「あなた、名前は? 私が名乗ったのだから、あなたも名乗るべきですわ!」
そういうものか。
「ノアルジだ。普通にノアルジと呼んでくれればいい」
ふ、今の俺はただのノアルジーなんだぜー。
「ゼーレのお嬢さんよ、余りゆっくりしていると試験に間に合わぬと思うがな」
辺境伯の言葉を聞き、豪華な髪型の少女は今更気付いたとでも言わんばかりに口へと手を当てる。
「まぁ、まぁ! そうでしたわ!」
少女が並んでいる自分の執事の元へと走っていく。急いで誰か一人を選ぶのだろう。って、俺、試験とか聞いてないんだが。
「ラン、急ぐぞ」
はいはい。
学院施設内に入り、緑豊かな石畳の通路を歩いて行く。人通りが少なく、静かな感じだ。田舎の町って感じだな。途中、辺境伯が、翼が小さくなった飛竜のような馬車を捕まえ、乗り込む。竜馬車そっくりだな……って、俺も乗り込むか。
「聖セシリア魔法学院まで頼む」
「お貴族さまと見えますが、お孫さんの入学で? 何でも人員が拡大されたとかで有能な少女が集まっていると聞きますね」
御者の言葉に辺境伯が苦笑する。
「余りお貴族にそのような馴れ馴れしい口を聞いているとお手討ちにされるかもしれぬぞ」
「へぇへぇ、ここは神聖国のお膝元、学問と武の中心地でさー。お貴族さまにも偉そうにはさせませんよ」
辺境伯は何が面白いのか腹を抱えて笑っている。うーむ、そういうものなのか。
飛竜馬車が走り続け、大きな門の前で止まる。
「ここですよ」
「ああ、すまぬな。ちなみに試験会場はどちらだろうか?」
辺境伯の言葉に御者は嬉しそうに門の隣、大きなグラウンドを指差した。
「あちらです。あそこは結界に守られていませんからね」
「ああ、すまぬな」
辺境伯は、そう言って御者にお金を握らせていた。ちらりと見えたが銀貨2枚だったな。これだけで銀貨2枚かよ、儲かる商売だな!
「ラン、行くぞ」
14型を引き連れ競技場の方へと歩いて行く。時刻は昼前、か。まだまだ時間的猶予は充分にあるな。
「辺境伯、よろしいか?」
ちょっとだけ聞いてみる。
「ふむ、何かな?」
「試験とのことだが、俺は目立った方がいいのか? それとも控えめな方がいいのか?」
「任せる」
うわ、適当な返事だ。絶対、何も考えてなかったんだぞ、これ。
「マスターの真の力を知らしめるのが一番かと思われるのです」
まぁ、14型の言っていることは普通に無視して、と。
うーむ。余り目立つと、学校内にある鍵探しの障害になりそうだし、そこそこで行くべきか。
「ランよ、ここに来る者達は、いくら才能があると言っても、これから魔法を習う者達だ。実戦経験の無い者が殆どだろう。それをよく考えて行動するように、な」
ふむ。ま、まぁ、いくら俺でもいきなりアイスストームをぶっ放すとか、そういうことはやらないからね。
平坦な芝生のようになっている競技場の一角にテントが立っていた。あそこが受け付け? 何だか、本当に運動会でも始まりそうな感じだな。
「さて、自分は、そろそろ帰るとするかな」
辺境伯はテントを前にして、そんなことを言いだした。
「見ていかないのか?」
「必要なかろう」
なるほど。まぁ、お爺ちゃんは忙しい人だから、仕方ないね。
「後は私がマスターの面倒を見ます」
はいはい、14型さん、そうだね。でもさ、話の通りだと君は学校の中には入れないんだぜ。
―2―
テントの中で受け付けをする。
「ノアルジーさんですか? どなたか貴族のご令嬢……では無さそうですね」
受付のお姉さんは銀のローブをすっぽりとかぶった俺を見て心配そうだ。
「後ろ盾と言えるかわからないが、セシリアとは友人だ」
俺の言葉に受付のお姉さんが吹き出した。
「そ、それは凄い、凄い方と知り合いですねー」
あー、これ、信じて貰えてない感じだな。まぁ、いいんだけどね。
受付のお姉さんの案内でグラウンドに立って待つ。周囲には十数人ほどの少女たちがいた。椅子に座って付き人に団扇を仰がせている少女も居れば、座り込んで何かの呪文を繰り返し唱えているような子も居る。
ふむ。まぁ、臨時の募集だから、余り凄い子ってのは来ないのかもね。そういう子たちはすでに入学しているだろうからさ。
しばらく待っていると豪華な髪型の少女がやって来た。どうも、その少女の到着を待っていたらしく、彼女が来た所で受付は終了になったようだ。へー、期待の新人って感じなのかな。
グラウンドで適当に集まっている少女たちの前に宝石のついた杖を持った女性が歩いてきた。まだ若いな。二十歳そこそこって感じに見えるね。
「はい。私は、この学院の教師をしているアルテミシアと言います。まずは整列してもらっていいかな?」
この女性が教師――なのか。アルテミシアと名乗った女性の言葉に従うように少女たちが整列していく。何故か豪華な髪の少女がそれを仕切っていた。ふむ、上に立って命令するのが好きな感じなのかな。
「まず、あなたたちの自己紹介は必要ありません」
お、おう。
「最初にあなたたちの魔法の容量、これをMPといいますね。それを計ります」
MPで通じちゃうんだ。
「次に使える属性の確認、そして、何か魔法を習得しているのなら、それを見せて貰います」
ふむふむ。なんというか、凄い簡単で大雑把なテストなんだな。
「まだステータスプレートを持っていない子も多いと思います。なので数値を調べるための魔法具はこちらで用意しました」
あ、そうなんだ。
女教師の言葉に合わせて水晶玉のような物が運ばれてくる。これが調べる魔法具? なんというか、いかにも過ぎて、うーむ。
「まずはあなたからお願いします」
女教師が俺を指差す。へ? 俺?
う、うむ。
「どうすればいい?」
「落ち着いて水晶玉に手をかざしてください」
あ、ああ。それでいいんだ。
俺が水晶玉に手をかざすと、水晶玉にヒビが入った。こ、これは! 俺の魔法力が凄すぎたのか!
「あら? 故障? 新しいのを頼みます」
では、ないようだ。う、うーむ。
新しく運ばれてきた水晶玉に手をかざすと虹色に光輝いた。それを見た女教師が慌てて俺の方へと駆けてきた。
「ちょっと、こちらへ来て貰えないでしょうか」
う、うむ。
女教師に連れられ、グランドの端へ。
「もしかして、王族の方ですか?」
違います。
「もし良ければお顔を拝見させていただけませんか?」
女教師の言葉に答えるように、俺は少しだけ深くかぶっていたフードを上げる。
「わかりました。試験に戻りましょう」
へ? あ、そうなんだ。予想外の反応です。もっと、こうさ、なあ?
「では、試験を続けましょう。次の人、同じように水晶玉の上に手を置いてください」
これで何が分かるんだろう。