6-61 ですのですわ
―1―
「ランよ、学校のある首都『ミストアバン』までは飛竜で南東へ2日ほどだ」
ふむふむ。ミストアバンというのが神国の首都の名前なのか。
『霧の都なのか?』
「霧ではない、ミストアバンだ」
あ、はい。
「まぁ、確かに霧が多い所ではあるがな!」
何故か、辺境伯が笑っている。
「途中にあるロードスの都で一泊し、次の日には首都入りだな」
青銅巨人でも襲ってきそうな名前だな。
「ロードスまでは私もご一緒します!」
何故かシリアがついてくるようだ。えー、不要ですよー。
「お前は、まだ飛竜を扱えぬではないか」
「ですが、専用の飛竜と竜騎士はおります!」
何だか、二人がぐぬぬぬって感じで顔をつきあわせている。
「お前の飛竜では遅すぎる!」
シリア専属の竜騎士ってかわいそうだなぁ。まぁ、本人は「お嬢専属になれて嬉しいっす」とか言ってたけどさ。
「ノアルジーお姉様!」
あ、はい。
「シリアも今年から騎士学校に通います! 騎士学校と魔法学校は隣同士、さらに合同の訓練が行われることもあると聞いています」
へ、へぇ。
「それまでお待ち下さい! 今回ご一緒できず申し訳ありません」
シリアが着込んだ騎士鎧の前で腕を組み合わせ、もじもじとそんなことを言っている。へ、へぇ、別に待ってないからね。
「ランちゃん、セシリーのことよろしくね」
「ねー」
第一王女と抱きかかえられた娘が手を振っている。あ、はい。
「ランよ、出発は明日の朝、それまで準備があるなら終わらせておくのだぞ」
らじゃ。
と言っても準備は一緒についていく14型が全てやってくれているはずだけどな。ただ、学校内には従者を入れるコトが出来ないらしいから、14型は、向こうで待機って感じになるけどさ。
「従者の宿泊費用などは大丈夫なんですの? 少しなら私たちで……」
『うーむ。金なら沢山あるから大丈夫だと思う』
そう、ノアルジ商会で儲けたお金があるからね。水を封じた魔石の販売が大当たり、更にがんがん儲けているらしいからな。俺が黙々と魔法を込めて頑張った地道な努力の成果だな!
にしても通貨がどの国も共通なのは驚いたな。ナハン大森林も、ウドゥン帝国も、ホーシア領も、リ・カイン迷宮都市も、神聖王国レムリアースも、全部、同じ通貨だ。独自の通貨でやり取りとかしないとかさ、何だろうな。凄い違和感を覚える。だって、敵対している国同士が同じ通貨なんだぜ。変だよな。
まぁ、考えても答えは出ないけどさ、元々は同じ一つの国だったとかなんだろうかなぁ。
―2―
辺境伯の飛竜で草原を飛んで行く。えーっと、一応、辺境伯領のトップなんだよな? そんな人が自分の城を空けて大丈夫なのか?
「自分が行った方が向こうでの話も早かろう」
ま、まぁ、そうなんだけどさ。確かにさ、第一王女では飛竜を扱えないし、それはシリアも同じだ、となると付き添いは必然的に辺境伯になる。でもなぁ、まぁ、それだけ俺が期待されているってコトか。
「ランよ、すまぬがロードスでは余り人目につかぬよう頼むぞ」
うむす、それは分かっている。俺の姿だと見られた瞬間にころころされる可能性があるからな。
14型と羽猫は大人しく籠の上で座り込んでいる。14型と羽猫は食事が要らないから楽だな。霞でも食べているんだろうか。
「にゃ!」
何々、自分は食事が必要だって言いたいのか。でもさ、色つきの靄を――魔素を食べていれば大丈夫だろう?
ロードスの都では、辺境伯御用達の簡素だが清潔感のあるホテルに宿泊し(と言っても俺は部屋に引き籠もっているだけだったけどさ)更に、飛び続けると首都、ミストアバンが見えてきた。
それは空に浮かぶ島だった。
「ランは、首都は初めてだな」
いや、そりゃね。この姿では神国に入れないからさ、当然でしょう。
多くの飛竜が空中に浮かぶ島と地上とを往復している。
「飛竜がなくては行けぬ、天然の要塞よ」
な、なるほど。空が飛べないと侵入できないのか。そりゃあ、高度があれば霧も掛かるか。
「聖セシリア魔法学院は、あちらの離れ小島にある」
辺境伯が指差した方には首都ミストアバンよりも小さな島が浮いていた。小さいと行っても向こう岸が見えないほどの大きさの島だ。ミストアバンが巨大すぎるのだ。空から俯瞰してみているからサイズ感覚が狂いそうだな。木のサイズがあれだろ、えーっと、どれくらい大きいんだ? 多分、首都は800キロ四方くらいの島か? その4分の1くらいのサイズか? ダメだ、大きすぎて正確なサイズがわからん。ま、まぁ、とにかく巨大ってコトだな、うん。
「では、あちらに向かうぞ」
辺境伯の言葉に合わせて飛竜が旋回し、空に浮かぶ離れ小島の方へと向かう。近付くにつれ、小さな木々がどんどん大きくなっていく。離れ小島ってサイズじゃないな。
俺たちを乗せた飛竜が島の端に作られた石畳の上に着地する。周囲には他の飛竜の姿も見える。ここが離着陸の為の場所って感じなのかな。
「ランよ、準備はいいか?」
「ああ、終わっている」
14型、羽猫とともに飛竜から降りる。
「ここから手続きをし、島の中に入るぞ。学院前までは自分もついていこう」
辺境伯がついてくるようだ。おじいちゃん、暇なのかな。
「わかった。14型が住むことになる施設などもこの島にあるのか?」
「ああ、あったと思うぞ」
おじいちゃん適当だなぁ。
石畳を進んでいると衛兵が立ち並んでいる門のようなモノが見えた。
「あそこで手続きをだな……むむ、何やら揉めているようだが」
辺境伯、14型とともに近寄って見ると何やら沢山の執事を引き連れた豪華なドレスを着込んだ少女が衛兵と揉めていた。
「だから、なんでダメですの!」
「いや、だからね、お嬢さん。この学院施設には付き人は一人までなんだよ」
「聞いていませんわ! 私を、エミリア・ゼーレと知ってのお言葉ですの!」
「いやね、これは規則だからね」
可愛らしいがちょっとキツい瞳をした少女が衛兵の前で手をふりふりと振って怒っている。へー、付き人って一人までなんだ。
「ふむ。それほど大きな問題では無さそうだな。ランよ、中に入るぞ」
へいへい。
辺境伯、14型、エミリオと共に衛兵の前へ進む。まだ少女は騒いでいるようだが、一人の衛兵が掛かりっきりで説明しているようだ。
「施設の中に入っても良いかな?」
辺境伯が衛兵に問うと、衛兵が敬礼をした。
「どうぞ、お通りください!」
へー、顔パスなんだ。
「そちらはお連れさまですか?」
「うむ。自分の子のようなものだ。聖セシリア魔法学院の入学にな」
子というか剣の師匠と弟子って関係だよな。
「それは、なんというか」
辺境伯の答えに衛兵さんは困り顔だ。王宮のスキャンダルになりそうな気配でも感じたのだろうか。
辺境伯に連れられ施設の中に足を踏み入れ……ようとした所で後ろから大きな叫び声が聞こえた。
「まぁ! あちらは三人で入ってるじゃありませんか! おかしいですわ!」
さきほどのお嬢様が衛兵を撥ね除け俺の元まで駆けてくる。
そして、俺の前に立ち、俺の姿を上から下まで眺め、意地悪そうに笑う。
「先程、魔法学院の入学と聞こえた気がしましたが、あなたが、ですの?」
「そうだが?」
俺の言葉に少女は驚いたように大きく目を見開く。
「あなた、その口の利き方、私を知らないんですの?」
知らんがな。
「本当に、このエミリア・ゼーレを知らないのです?」
「ほう。確か、ゼーレ家に天才的な魔法の使い手が生まれたと噂になっておったな。なるほど、なるほど」
なぜか辺境伯が感心したように少女を見ていた。にしても、エミリアねぇ。エミリアって何処かで聞いたことがあるんだよなぁ。うーん。
「にゃふぅ」
羽猫が俺の隣で暇そうに欠伸していた。って、そうだよ!
そ、そ、そ、そ、そういえば、お前の親の羽猫に頼まれた名前ってエミリアじゃなかったか? 俺、素でエミリオだと思っていたよ。あー、しまったなぁ。名前、付け間違えているじゃん。ま、まぁ、もう過ぎたことだし、今から付け直すのも、な。
「何をよそ見しているんですの! そんなにもみすぼらしい格好をして、それに魔法学院に入学する生徒が剣を扱うなんて!」
あー、そういえば真紅妃は本社の自室に保管したままだから、今の手持ちって、このスターダストだけなんだよな。まぁ、《スイッチ》スキルで他の武器は取り出せるんだけどさ。にしてもフルールが作ってくれた銀のローブをみすぼらしいとは、見る目がないな。
「剣を勉強中なんだよ」
俺の言葉に少女は更に驚く。
「それなら騎士学校に行けばいいじゃないですの!」
いや、そういうワケにも行かないんだって。俺はお遊びで魔法学校に行くわけじゃないからさ。友人の為だからなぁ。
「マスター?」
14型が俺にささやきかける。いやいや、君はすぐに暴力で解決しようとするよね。ダメだからな。
「衛兵さん、この方たちは3人で入ろうとしていますわ。納得が出来ません」
うーん。ま、確かに。
「お嬢さんよ、すまぬな。私とこの者は別の扱いなんだよ。この者の付き人は、ほれ、そこのメイド一人よ」
辺境伯の言葉でも納得出来ないのか、少女は頬を膨らませたまま、こちらを睨んでいる。なんというか、シリアといい、この子といい、俺は、神国では少女に絡まれる運命なのか。なんだかなぁ。
2016年6月30日修正
ぜーレ → ゼーレ
2020年12月12日誤字修正
からサイズ間隔が狂 → からサイズ感覚が狂