ひゃくじゅうきゅうだいめのおはなし
「来た」
少女が目の前の異形に話しかける。
「やあ。まさか本当に来てくれるとは思わなかったよ」
「用件を言え」
少女はとても気怠そうに口を開く。
「紫炎の魔女に頼み事があるんだ」
『魔族の王が、長い間敵対した――戦い続けた私に何の用がある。今なら、この城、お前たちの本拠地にいる魔族全員を燃やし尽くすことも可能だ』
「さすがは紫炎の魔女、恐ろしいな。人形がなくては動けない僕たちなら簡単に殺されそうだ」
「お前との軽口……飽きた」
少女の言葉に魔族の王は苦笑する。
「この赤ん坊を預かって欲しい」
少女の言葉を受け、魔族の王が体内から赤ん坊を取り出した。
「これは?」
「正真正銘、僕の子どもだよ」
『ふむ、魔族も子どものうちは人と変わらないんだな』
「いや、違うよ」
「どういうこと?」
「魔族と君たちの間に生まれた子どもなんだ」
魔族の王の言葉に少女は大きく驚く。
「何を?」
「何を言っているって言いたいのかい? 言葉通りの意味だよ」
「母親は?」
「残念ながら殺されてしまったよ。同胞を御しきれない情けない王なんだよ、僕は」
そこで一度、魔族の王は言葉を止める。何かを思い出し、何かを捨てた顔だった。
「この子のことは、まだ気付かれていない。だから、君に託したい」
少女は赤ん坊を見て、そして受け止める。
「女の子?」
「ああ」
「名は?」
「僕たちの星と君たちの星を繋ぐ道って意味でステラロードと名付けた」
「魔族の言葉?」
「そうだね、僕たちの、僕たちが残した言葉だよ」
赤ん坊が笑い、少女に小さな手を伸ばす。
「僕たちは人形がなければ、あの壁を越えることも出来ない。だから君に託したいんだ」
少女は赤ん坊の小さな手を握る。
「わかった」
「助かるよ。このままだとこの子も殺されかねなかったんだよ」
「内乱?」
「そうだね。僕を慕ってくれていたあの子は特に僕のことを許さないだろうね」
『魔族は魔族同士で争って自滅すればいい』
「そうだね。僕たちは、もう先がない。袋小路に行き着いているからね。古い種族はこの辺りで消えるべきかもしれない」
少女は大きなため息を吐く。
『私が、全力を出せる相手がいなくなるのは詰まらない。死ぬなら私に殺されろ』
少女の言葉に魔族の王は苦笑する。
「そうだね。君と戦うために生き延びるよ」
「うむ」
少女が赤ん坊を抱き、そのまま異形が納まっていた部屋を出ようとする。
「今更だけどね、紫炎の魔女、君の名前を聞いてもいいかい?」
「ソフィア・アメシスト」
紫炎の魔女ソフィアは、その言葉を残して魔王の城を後にした。