6-60 深まる
―1―
オークどもを眠らせ魔石を握りつぶしてると、遠くから大きな音が響き渡った。そして何かがこちらへと駆けてくる。
そこへ空か飛竜が紫の炎を吐きかける。その何かは空中へ、空へと高く飛び上がり、飛竜の頭に槍を叩き付ける、そして、そのまま飛び跳ね、こちらへと飛んで来た。
――《回し蹴り》――
俺はとっさに飛んできた何かを蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた人は――そう人は足を滑らせながら着地する。
そいつは狼のような犬の頭を持ち金属の鎧を着込んだ男だった。
「何者だ!」
俺は真紅妃を目の前の狼人間に突きつける。
【名前:鈍色の弧狼】
【種族:ウルフェアリンク(ウルフェア変異種)】
人……じゃない? てっきり犬人族かと思ったら、魔獣? ど、どういうことだ?
目の前の狼頭が舌なめずりをしながら口の端を大きく上げ笑う。
「魔獣は滅ぼすんじゃないのか? 話しかけるとは面白いお嬢ちゃんだなぁ、ヒヒヒ」
喋った? 魔獣じゃないのか? 犬人族?
「犬人族か?」
俺の言葉を聞き、目の前の男は更に大きく笑う。
「ヒヒヒ、あれは人として扱って貰っているらしいなぁ。羨ましいよなぁ」
違うのか? 喋ることが出来る魔獣……ま、まさか。
「星獣様、か」
俺の言葉を聞き、男は膝を叩きながら大笑いを始めた。
「そうそう、それよ。星獣とか、何とか、そう持ち上げて用がなくなれば魔獣として殺そうとする。ヒヒヒヒーヒッヒッヒ。それなら魔族に味方した方がマシよなぁ」
「つまり、お前は魔族に味方する星獣なのか?」
俺の言葉に狼頭の男は笑いを止め、首を傾げる。星獣ってさ、てっきり《念話》スキルを使えるから星獣って呼ばれているのかと思ったんだが、普通に会話出来る魔獣が星獣なのか? そうなると人と魔獣の違いって何だ? 人にも魔石はあったんだろ? 俺の考えていた前提が間違っているのか?
「お前、何者だよ、ヒヒ?」
狼頭が問う。
「俺か?」
「俺は氷嵐の主、ラン・ノアルジーだ!」
それが、この世界での――今の俺だ。
「お前、そんなナリをして、お仲間か?」
狼頭がさらに首を傾げる。一回転しちゃいますよ。
「わからん。しかし、だ。会話が可能なら、戦うのは止めないか?」
そうそう、対話可能なら、無理に戦う必要はないよな。
「お前、馬鹿か?」
馬鹿じゃないんだぜ。
「俺は魔族陣営、お前はそっちだろう?」
いや、まぁ、そうなんだけどさ。
「いや、しかしだな」
「ごちゃごちゃ、うるせぇヤツだな! 人だろうが魔獣だろうが、星獣だろうが魔石のある同じ生き物じゃねえか、殺し合って、殺し合って! 最後の一人になりゃあ、いいんだよ!」
狼頭が残像を残し消える。
――《回し蹴り》――
俺の背後に回っていた狼頭を蹴り飛ばす。ヤツの鎧がへし折れ歪む。
「おごぉぅ、おま、お前、なんで……」
ばーか、残像を残して消える敵なんて背後に回るのが定番だろうが。要は当てずっぽうよッ!
「俺の方が強いぜ! 喧嘩を売るなら相手を見てから売るんだな!」
目の前の狼頭が指と指を交差させる。それにあわせて俺の周りに炎の柱が立ち上がる。そして、俺の頭上に煌々と燃え盛る隕石の塊が生まれる。メテオフォールの魔法か。
「なぁ、その戦法って魔族の間で流行っているのか?」
「逃げ道はないぜ、ヒヒヒ」
ふーん。
「魔族のレッド・カノンってのが同じコトをやっていたな」
――[ウォーターミラー]――
俺の頭上に生まれた水鏡が隕石の塊を跳ね返す。ぽよーんっとな。
跳ね返された燃える隕石をその身に受け、狼頭が転げ回っていた。そして、落ち着いたのか、荒い息を吐きながら立ち上がった。
「お、お前、それアオさまの魔法か?」
アオ……ねぇ。
「魔族にアオってのがいるんだな? 今回の騒動も、神国の教団を仕切っているのも、そいつか?」
「馬鹿が、馬鹿が、言えるわけがないだろうが!」
それ、もう自白したのと一緒だよなぁ。やはり、そうかー。もしや、とは思っていたんだけどな――やはり、か。
「お前、すっごい小物臭がするよ」
ホント、同じ星獣として嘆かわしいよ。闘技場のフェンリルとか王者の風格があったのになぁ。
「うるさい、うるさい!」
目の前の狼頭が、またも残像を残し消える。
――《回し蹴り》――
俺は背後へと《回し蹴り》を放つ。しかし、そこには誰も居なかった。
「馬鹿が、同じことをやるかよ!」
頭上から声がかかる。そこには手槍から短剣に持ち替えた狼頭がいた。しかし俺の頭上にいた狼頭は、すぐに反応した白竜輪に掴まれ、そのまま振り飛ばされていた。ナイス、白竜輪。
頭から地面に突っ込む狼頭。まだまだ、元気があるのか、すぐに地面から頭を引き抜いていた。
「お前、お前、なんなんだよ。それ、なんなんだよ」
うーん。なんなんだろうね。
――[エルアイスウォール・ダブル]――
俺の右手側に高くそびえる透明な氷壁を作る。
「ひっ」
――[エルアイスストーム]――
透明な氷壁の向こうでは魔獣が氷の嵐に巻き込まれ消し飛んでいく。
「その魔法、なんなんだよ!」
俺の魔法、凄いじゃん。単純に威嚇と自慢です。
俺が一歩踏み出すと、狼頭は悲鳴を上げて、後ずさった。
「魔族のこと、教えて貰うぞ」
俺が更に一歩踏み出す。
「分かった。待て……」
と、そこで狼頭の動きが止まった。
うん、どうした?
「あが、あが、あがが」
狼頭の壊れた金属鎧の隙間から光が漏れ始める。光っているのは心臓部分か?
「そ、そんな、話が、話が、ちが、がぁぁぁあぁ!」
狼頭から光が溢れ、収束し、そして一気に溢れ出す。ま、まさか、また自爆か。
――[エルアイスコフィン]――
生まれた氷の棺が光を閉じ込めていく。
そして、消えた。
クソッ、まともに会話出来る星獣に出会ったと思ったのに、何なんだよ、何なんだよ、コレはッ!
「ラン、無事か!」
やるせない気持ちで立っていた俺の元へ辺境伯が駆けてくる。光の爆発を見て、駆けつけたのかな。
「あ、ああ。名前付きは倒した。残った魔獣を殲滅しよう」
名前付きという名前の星獣だったけどな。
……俺も、こうなっていた可能性が、あったんだろうか。俺は運が良かったんだろうか。出会った人に恵まれたから、か。
初めて出会った人――シロネさんが会話してくれた、受け入れてくれた。ウーラさんが俺に冒険者の道を教えてくれた。グレイさんが、この世界での仲間ってモノを教えてくれた。
ギルドのちびっ娘に猫耳侍のミカン、羽猫、キョウのおっちゃん、ジョアン、ノアルジー商会の連中、姫さま……思えば、みんな俺を認めて、この姿でも受け入れてくれた。そうだよな、俺は恵まれているよな。
って、感傷に浸っている場合か。殲滅、殲滅だぜー。おら、経験値よこせー、なんだぜー。
―2―
戦いが終わった頃には、いつの間にか夜が明けていた。
『辺境伯、教団の大主教に納まっているアオという女だが、魔族の可能性が高い』
俺は休んでいた辺境伯の元へとローブ姿で駆け寄り、天啓を飛ばす。
「ランよ、何を言っているのだ。神聖国に魔族が、しかも女神のお膝元に入り込むなど……」
信じて貰えないかな。
「確かにアオという女、きな臭い動きをしている。が、それは教団の権力を握ろうとしてのコトだろう。実際、女神の使徒として――優れた治癒術士として、数々の奇跡を起こし、人々の傷を癒やしているのだ。魔族なら、何故、人を癒やす」
むぅ。
『それが魔族の実験だとしたら?』
「ラン、どういうことだ?」
『迷宮都市で実際に見たのだ。女神教団が人から魔石を抜き、怪しい魔石に入れ替えているのを』
「何を言っている。人に魔石があるなどと、よしんばあろうとも、女神の使徒がそのようなことをするとは」
むぅ。辺境伯は人にも魔石があることを知らないのか? それとも知らない振りをしているのか?
『魔石を入れ替えられた人間は、魔族の言うなりとなり、最終的には暴走して魔獣と化した』
「むむむむ」
辺境伯が額に皺を寄せて唸っている。
「伯父上、それにノアルジーお姉様、難しい顔をしてどうしたのですか?」
シリアもやってくる。
「俄には信じられぬ話だ」
ま、信じて貰うのは難しいか。
「何を言っているのです、伯父上! ノアルジーお姉様が嘘を言うはずがありません。信じるのが当然でしょう!」
いや、あのね、シリアちゃん。君、話の内容を知らないよね。知らないのに、肯定しろって無茶言いますね。ホント、手の平、くるっくるっだなぁ。って、この姿の時でも、そういう感じなんだな。てっきり、芋虫の姿に戻ったら、「ノアルジーお姉様を何処にやったんです」とかって襲いかかって来るのかと思っていたよ。
「むむむ。分かった、シリアの言葉もある。こちらでも調べてみよう」
まぁ、信じて欲しいってよりは情報を手渡しておこうって感じだから、これでいいか。
―3―
辺境伯領の城へと戻り、学校に通うための訓練が始まった。
《分身》スキルを使い二手に別れ、俺自身は剣の稽古を、少女の姿の分身体は貴族の令嬢としての礼儀作法を習う。同時に二つのことを行うから、脳みその普段使っていない領域がもぞもぞするんじゃー。時間がないとはいえ、並列作業とか、ホント、頭、おかしい。
「ラン、何処を見ている。剣先に集中するのだ!」
あ、はい。
「ノアルジーさん、お食事の時はナイフとピックを使って、このようにするのですよ」
あ、はい。
分身体が活動出来る昼は稽古。そして、夜は……。
――[アクアポンド]――
一度、《転移》で戻ったノアルジ商会から回収した封印の魔石にアクアポンドを詰めていく。
――[アクアポンド]――
「ノアルジーお姉様、何をやっているのです」
『お仕事』
――[アクアポンド]――
橋も架かっていないのに、うちの商会がわざわざ小迷宮『刹那の断崖』を越えて、干し魚を持ってくるとかさ、どう考えても俺に何か伝えたいことがあるってことでしょ。
一度目は、たまたまだと思ったよ。それがもう一度あればさ、いくら俺でもそういう伝言だと気付くじゃん。
で、戻ってみれば、沢山の封印の魔石が用意されていたってワケです。
俺が言い始めたコトだから、無理とは言えないしさ。
――[アクアポンド]――
というわけで、黙々、封印の魔石にアクアポンドを詰めるのです。
魔族の襲撃もなく、穏やかな日々が過ぎていく。
そして、そんなこんなで学校へ向かう日がやって来た。
2016年6月27日修正
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