6-53 むいむいです
―1―
広い部屋の中には幾つものテーブルがあり、その上に、パンや肉、何かのお酒などが置かれていた。おー、立食パーティって感じだな。にしては料理が微妙だけどさ。
「ランは、こちらだ」
ぼーっと料理を見ていた俺に辺境伯が声をかけてきた。あ、俺はこっちじゃないのね。こっちは城にお住まいの騎士の皆様用って感じか。
俺は辺境伯の後をついていく。
「すまんが、従者はここまでだ」
辺境伯の言葉に14型が足を止める。
「マスター、大丈夫なのですか?」
『ああ、真紅妃を預かってくれ』
14型に真紅妃を渡す。そしてスターダストを振り払い剣形態へと変える。剣形態なら、槍よりは邪魔にならないからね。
「ふむ。ランは面白い武器を持っているな。後で良く見せて欲しいものだ」
ほう、このスターダストが気になりますかな。最高にして最強の至高の一品ですよ。
「伯父上、急ぎましょう」
女騎士の言葉に辺境伯が「そうだった、そうだった」と歩き始める。
俺の横をふよふよと飛んでいた羽猫が14型の方を振り返り、しししと笑い、俺の頭の上に乗っかる。お前は、俺と一緒に来るのかよ。
「自分もここで待ちます」
青騎士もここまでのようだ。ふむ、お偉いさんだけなのか。にしては女騎士もついてくるのは謎だな。
長く垂れ下がった幕を掻き分け中に入る。そこは6畳ほどの広さしかない部屋になっていた。中央に円卓があり、その上にバスケットに入ったパンと小さな飲み物が入った樽があった。樽の飲み物は果実酒かな? って、ここも椅子はないんだな。
室内に居るのは辺境伯、娘を侍女に預けた第一王女、女騎士、俺と羽猫だ。
「さて、ランは何処まで知っている?」
辺境伯が話を切り出す。
『姫が、第一王子と第二王女の罠にかかって幽閉されているという所までは』
俺の天啓に辺境伯が腕を組む。
「それは一般には知られていない情報ゆえ、吹聴せぬようにな」
あ、そうなんだ。
「セシリー自身のことはご存じで?」
今度は第一王女が聞いてくる。セシリア姫自身のこと? 何かあったか? あ、ああ!
『血筋のことか?』
俺の天啓に第一王女が頭を抱えた。
「あの子、そんなことまで話しているなんて……本当に友人なんですのね」
「よかろう、現在の神聖国の状況を話そう。カーが出てから後のこともあるしな」
「伯父上、このような魔獣に! どこの馬の骨とも知らぬ者に語る内容ではありません!」
女騎士が何やらわめき立てている。この子、凄い若いよな。青臭いというか、そんな感じだ。
「あら、ランはこんなに可愛らしい姿をしているのに?」
「大伯母さまの感性が異常なだけです! 普通は気持ち悪いって思うはずです!」
女騎士が手をふりふりして怒っている。何だろう、普通に気持ち悪いって言われた。
「にゃ、にゃ、にゃ」
頭の上で羽猫が笑っている気配がする。こんにゃろめー。
「シリア、少し黙れ」
辺境伯が少し言葉を強める。
「し、しかし……」
「シリア、この場で一番立場が強いのは誰かわかるか?」
「大伯母さまです!」
辺境伯の言葉に女騎士が応える。
それを聞いた辺境伯が首を横に振る。
「違う、そこのランだ」
え? 俺、俺なの?
「セシリーの友人という立場、そして、我らは彼に助けを求めている立場だ」
あ、そうなのね。というか、セシリア姫って第三王女だよな? 三番目なのに意外と権力を持っているのか?
辺境伯の言葉に女騎士は唇を噛み締めてこちらを睨んでいる。えー、俺、悪くないよな。
「話を戻すぞ」
辺境伯が言葉を続ける。
「現在の王、自分の弟なのだがな、さすがにもう長くない。やはり、王ってのは心労がたまるらしいな」
辺境伯が大きな声で笑っている。それを白けた目で第一王女が見ていた。えーっと、辺境伯も王族なの?
「セシリーのことを知っているランなら分かると思うが、我々、神聖国の王族には女神の子孫とされる天竜族――天の使いの血が混じっているのだ」
そういえば、姫さん、半天竜族だったもんな。
「そして、その血が一番、濃く出ているのがセシリーなのだ」
そうなんだ。
「当初は第一王子が王位を継ぐはずだった。しかし、血の濃いセシリーが生まれてしまった。まぁ、そういうわけだ」
どういうわけだ。
「ええ、あの子は、弟と妹は、あーんなに可愛いセシリーが苦手で怖くて、のけ者にしようと頑張ってるんですの」
微妙な年齢の第一王女は頬を膨らませてぷんぷんと怒っている。えーっと、俺としては、そういう仕草は、もうちょっと若い子にやって欲しいかな。
つまり、だ。現在の王様が衰えたから、今がチャンスとセシリア姫を蹴落とそうとしているってワケか?
「問題はまだある」
あるのか。
「神聖国はその名の通り、女神を信仰しているのだがな、その教会の方が王家よりも権威があるのだ」
へ? も、もしかして女神教団っていう頭の悪そうな教団のこと?
「二番目の妹の夫が教団の総主教ですの。だから、色々、悪いことを吹き込まれているんですわ」
へー、そういう繋がりがあるんだ。
「アオという得体の知れない女が大主教に納まってから、色々ときな臭い動きも見える」
アオか。そういえば迷宮都市でも大幹部のアオ様がー、みたいなことを言っていたな。
「教会が、な。不始末をした第三王女は王家に相応しくないと言いふらしているのだ」
王家より権威のある教会が、そんなことを言いだしたら危険だよな。
「弁明しようにも、セシリーは幽閉された状態だ。このままではセシリーの王位が剥奪されてしまう。そうなれば、やつらは喜々としてセシリーを追放するだろうな」
なるほど、現在、そういう状況なワケね。
「で、だ。ヤツらがセシリーの解放に要求したのが、何故か、この神聖国にある八大迷宮『空中庭園』の鍵なのだ」
へ? 『空中庭園』って鍵がかかっているのか。
「王に一番近かったセシリーが鍵を預かっていたの」
何だろう、それって鍵を渡したらヤバい感じなんじゃないか。
『鍵の場所は分かっているのか?』
俺の天啓に辺境伯と第一王女が頷く。
「セシリーが運営している学校――以前の大書庫にあるのは確実ですわ」
へー、それなら入って取ってくればいいじゃん。
「大書庫は、古代の結界が張ってある場所でな、簡単には入れないのだ」
あ、そうなんだ。なんちゅう、厳重な管理。
「教師として入り込むか、生徒として入り込むか。何人か送り込んでいるが、結果は芳しくない」
ああ、一応、送り込んではいるんだな。
って、まさか、まさか。俺も、そこに行けと? いやいや、これ、そういう流れだよな。え? 本気ですか?
だって、俺、芋虫ですよ。
2016年6月21日修正
喜々としてセシリーー → 喜々としてセシリー
2016年6月25日修正
叔父上 → 伯父上
大叔母 → 大伯母