6-52 なんなんです
―1―
「しかし、それはそれとして、だ」
辺境伯は言葉を続ける。
「セシリーの友人として相応しい力を持っているか、自分も試したいのだがな」
へ?
「一つ勝負して貰えないかな?」
辺境伯が口の端を上げ、楽しそうに笑う。えーっと、もしかして脳筋系の方ですか。いや、あの、聞いてないんですけど。ここは同じジャンルの14型が俺の代わりに戦うとか、ダメですか?
周囲に居た騎士の方々が俺たちを囲むように壁を作っていく。えーっと、逃げられない感じですか。
「ランさん……」
青騎士が心配そうにこちらを見る。わーってる、分かってますよ。やれやれ、仕方ないなぁ。俺が本気を出したらやり過ぎてしまうかもしれないんだぜ? はっはっはっは。
「伯父上、槍を」
辺境伯の後ろに控えていた女騎士が手に持った槍を手渡す。あー、あの女騎士の武器かと思ったら辺境伯のだったのか。槍持ちだったワケね。
「ふむ、槍で戦うのか?」
『ああ、これ以外の戦い方を知らぬ』
サイドアーム・アマラに持たせた真紅妃とサイドアーム・ナラカに持たせたスターダストを構える。ま、向こうから見ると槍が空中に浮いているように見えるだろうから、結構、不気味だろうな。
『14型、エミリオ、下がっていろ』
俺の天啓に14型とエミリオが青騎士と共に後ろへ下がる。
「槍は騎士の象徴よ、それを騎士以外が持つのは余り、好ましくは思われぬだろうな!」
辺境伯が手に持った槍を振るう。馬上で持つことを前提としたような突撃槍だ。どちらかというと叩き付けるような感じだろう……って、のんきに見ている場合か。開始とか、そういった合図もなく始まるのかよ。
振るわれた槍を大きく後ろに下がり回避する。危険感知スキルが働かないのは殺すつもりの攻撃じゃないから、なのか?
再度、槍が大きく振り回される。いや、だから、それ、突くことをメインとした武器だろうが。なんで、棍棒みたいに使ってるんだよ!
何度も、何度も槍が振り回される。それほど、速度があるワケでは無いのに、妙に回避しづらい。油断すると攻撃を食らってしまいそうになる。
「余り逃げてばかりでは、な。もう後がないぞ」
辺境伯の言葉に背後を見る。俺のすぐ後ろに壁を作っている騎士たちが居た。
『壁に触れるとどうなるのかな?』
「それは押し戻されるだろうよ!」
背後の騎士ごと打ち払うかのような一撃。
――《集中》――
《集中》し、槍の流れを見る。
――《W払い突き》――
真紅妃とスターダストを交差させて辺境伯の槍を打ち払う。ぬぬぬ、重い。
そして、そのままの勢いで真紅妃とスターダストを回転させ、突きを放つ。が、その先には辺境伯の姿はなかった。辺境伯が払い飛ばされる勢いに負けたのか、仰向けに倒れている。へ?
いや、わざと倒れたのか! 辺境伯は仰向けに倒れた体勢から回転するように後方へと飛び上がり、着地する。ひらりと背のマントが宙を舞う。
「やりおる」
これで終わりかな?
「次はそちらが攻撃して来なさい」
辺境伯が余裕のある顔で笑う。まだ続けるのかよ。このお爺ちゃん、元気だな。というか、だ。重そうな鎧を着込んだ状態で飛び上がる時点で人間業じゃねえよ。
……。
ま、お言葉に甘えて、こちらから攻撃しますか。
――《飛翔》――
《飛翔》スキルで一気に間合いを詰める。
――《スパイラルチャージ》――
真紅妃が赤と紫の螺旋を描き辺境伯へと迫る。
「ふんぬ!」
しかし、それを辺境伯が気合一閃、右手の篭手で真紅妃を打ち払った。は? このお爺ちゃん化け物かよ。いやいや、まだ終わりじゃないからな。その為にスターダストを残していたんだからな。
――《百花繚乱》――
弾かれた真紅妃をそのままにスターダストによる穂先も見えぬ高速の突きを放つ。はっはっはっは、どうだ、この連続攻撃。俺の場合は武器を自分の手ではなく、サイドアームに持たせているからね。弾かれても体勢を崩すような事はないのだッ!
辺境伯が手に持った槍でスターダストの攻撃を捌いていく。うおぉぉぉ、マジかよ。どんだけ、頑張るんだよ。
が、武器が持たなかったようだ。何度も放たれるスターダストの突きに辺境伯が持っていた槍が耐えきれず砕け散る。
「なんと!」
俺は真紅妃とスターダストを辺境伯に突きつける。
「ふむ、これはまいった」
辺境伯が笑っている。いや、何だろう、まだまだ余裕が感じられるな。ま、遊びって事なのか。
「して、何と言ったかな……」
『ランだ。この姿の時はランと呼んで欲しい』
辺境伯が楽しそうに笑いながら頷く。
「ランよ、見事な槍捌きだ。しかし、この神聖国で槍を使い続けるのは不味かろう。して、剣の方はどうなのだ?」
俺は槍を引き、一歩下がる。
『素人同然だ』
まぁ、《ゲイルスラスト》と《フェイトブレイカー》しか使えないからな。
「ふむ。ランはスキルに頼り過ぎなところがあるようだな」
辺境伯が考え込む。
「よかろう、剣の使い方、教えよう。スキルに頼らぬ――そう、自分も魔人族との戦いで学ばせて貰った、剣技をな」
えーっと、何故か、俺が教えて貰う方向に話が進んでいる?
「よし、カーが帰ってきたこともある、宴会だ!」
お爺ちゃんが大きく手を上げる。
その後ろへと女騎士が駆け寄り、「叔父上、今は、そのような時では……」なんて言っていた。いやいや、今こそ宴会をする時でしょ!
―2―
騎士一団と共に城の中を進んでいく。すると前方に上品かつシンプルなドレスを着込んだ微妙な年齢の女性と小さな女の子が現れた。
えーっと、目の前の部屋から出てきたのかな? そこが俺たちが向かっている宴会場かな?
「セシリーの友人は、どなたです?」
えーっと、俺です。これ、俺、前に出てもいいのかな? 驚かれて失神とかされないかな?
『自分だ』
天啓を飛ばし、前に出る。
俺の姿を見た微妙な年齢の女性は、一瞬、驚いたかのように息を止め、そして、俺に飛びついてきた。
「なんなんですの、これ、なんなんですの」
そして、首に手を回し、しきりに頭をなでる。えーっと、俺がなんなんですのー状態なんですが。
自分の居場所を奪われた羽猫が少し不満げだ。
『すまぬ、頭が禿げそうなので勘弁して貰えないだろうか?』
俺がもう一度天啓を飛ばすと、女性は一瞬手を止める。が、また俺の頭をこすり始めた。
「髪なんて生えてないのに、面白ですわ、面白いです!」
いや、あの、勘弁して下さい。
「イネス、それくらいにしておけ。ランが困っている」
辺境伯の言葉にイネスと呼ばれた女性がはっと気付いたように手を止め、離れた。
「私ったら、申し訳ありません」
いや、あの、その。そして、そんな微妙な年齢の女性のスカートを小さな女の子が掴んでいた。
「私は神聖国、第一王女のイネス・レムリアースですわ」
へ? この人が第一王女?
「そして、この子が娘のアニエスですの」
女性が小さな女の子を抱きかかえる。えーっと、子持ちですか。王女なのに、子持ちですか。王女って言うくらいだから、もっと、こー、えーっと、あの、うん。
『自分は、この姿の時はランと名乗っている。よろしく頼む』
俺の天啓に第一王女と娘のアニエスが同じような顔でにっこりと微笑んだ。
2016年6月25日修正
叔父上 → 伯父上