6-51 神国の辺境伯
―1―
小迷宮『刹那の断崖』を抜ける。
「ランさん、もう少しで神聖王国レムリアースに入ります」
渓谷のようになった切り立った崖を、青騎士、俺、14型、羽猫の順で進んでいく。
やがて前方に崖に寄り添うように建てられた砦が見えてきた。
「辺境伯が管理する砦です」
なるほど、崖に寄り添う砦なんていかにも辺境って感じだな。
「砦での対応は任せて下さい。辺境伯は、こちらの味方です。何とかなるはずです」
青騎士さんの力強い言葉。おうさ、任せたんだぜ!
砦に近付くと、尖った木を束ねて作られた門が開かれた。そして、中から数人の武装した兵士が現れた。兵士の数は1、2……4人ってとこか。
4人の中から、1人、チョビ髭の偉そうな小男がこちらへと歩いてきた。誰だ?
「ここより先は神聖にして女神の住まう地、神聖王国レムリアースだ。この時期に迷宮を抜けてまで来るとは怪しいヤツらだ!」
チョビ髭の男が喚きだした。えーっと、何、コイツ。
「自分は神聖国の騎士が一人、カー・ピアン・ルリコンです。ここを通して貰いたい」
青騎士の名乗りにチョビ髭の小男が嫌らしい笑みを浮かべる。
「ほうほう、ルリコンの騎士様ですか」
「証なら立てることが出来る。通して貰えないか」
青騎士の言葉にチョビ髭の男がほうほうと頷く。
「そうですね。立派な騎士様のピアン様は通しましょう。ですが、後ろの方達はどうでしょうね」
うわ、面倒そうな人だ。
「彼らは辺境伯の客人です」
そうだよ、俺は呼ばれた側なんだぜ。
「申し訳ありませんが、『今は』この砦は辺境伯の管轄から外れ第1王子の管轄になっているんですよ」
チョビ髭の男がニヤリと笑う。うわぁ、絵に描いたような小悪党だ。にしてもあっさり管轄を奪われるとか、辺境伯無能説が出てきそうです。
「そこの女は普人族でしょうから、大丈夫でしょう。ですが、その小さな魔獣、それに! 深くフードをかぶって姿を隠している者はどうでしょうな!」
えーっと、俺と羽猫の事か。
「姿を見せられない理由でもあるのですかねぇ」
どうして、小悪党って似たような喋り方になるんだろうな。そういう遺伝的な因子でも働いているのだろうか。
「しかも! 騎士でもないのに、騎士の証である槍を持つなんて大罪ですよ!」
鬱陶しいなぁ。
「無礼な!」
14型が怒りに拳を振るわせる。あー、もう、このままだと14型が暴れ出しちゃうよ。
「構わんよ」
俺はフードを取り、長い髪を振り払う。
「な、な、な、な」
「これで問題ないかな?」
俺の言葉にチョビ髭の男は怯えたように震える。
使ってて良かった《変身》スキル! 『刹那の断崖』を抜ける時に飛竜に囲まれて仕方なく《変身》したけど、してて良かったぁ。
「このエミリオは俺がテイムした魔獣だが、問題あるかな?」
羽猫に手を伸ばす。羽猫が羽ばたきながら、俺の手の上にちょこんと可愛らしく座る。
「い、いえ、問題……あり、ません」
何だか、俺の姿を見て凄い怯えているな。何だろう、何か問題があったのか?
「ピ、ピアン様、その方は、どの王族の方……なのでしょうか?」
うん? 俺、別に王族じゃないぞ。
「知る必要が無いと思いますよ」
青騎士の返答はそっけない。
ま、これで砦は抜けることが出来たか。にしても、辺境伯、大丈夫なのかなぁ。
―2―
砦を抜けた所で青騎士が立ち止まった。どうした?
「ピエールを呼びます。ここからは空を進みます」
青騎士が口笛を吹く。すると空から1匹の飛竜がやって来た。ピエールって、この、人くらいは丸呑みできそうな飛竜のことか?
「ランさん、乗って下さい。辺境伯の城は飛竜無しでも行けますが、こちらの方が早いと思います」
お、おう。では、遠慮無く乗るぜ。
背中に籠が取り付けられた飛竜に乗る。心なしか羽猫が楽しそうだ。と、《変身》スキルの効果が切れているから、フードを深くかぶらないと、危ないな。風でフードが飛んで、そこを見つかってころころされたらたまったもんじゃない。
「辺境伯は帝国からの襲撃を防ぐため、帝国に一番近いここを直轄地としています。その辺境伯の砦を第1王子が……嫌な予感がします」
そういえば神国と帝国って戦争しているんだったか。その途中にある迷宮都市は平和そのもだし、争っているって感じはしないなぁ。
飛竜が飛ぶこと数時間、目の前に長く連なる城壁と大きな城が見えてきた。城塞都市か。都市部分は迷宮都市ほどじゃないけどさ、城のサイズだけなら、こっちの方が圧倒的に大きいな。縦方向にも大きいし、空を何匹もの飛竜が飛び回ってるし、も、もしかして、結構、辺境伯ってお偉いさん?
「城の庭につけます」
飛竜が旋回する。何層にもなっている巨大な城の出窓のようになっている部分に飛竜が飛び降り、そのまま進む。その先は沢山の飛竜が歩く、緑豊かな庭になっていた。
「ピエール、ここで遊んでるんだよ」
青騎士が飛竜の大きな頭をなでる。
「帰ってきたか」
そこへ、物々しい武装をしたお爺ちゃんが現れた。背後には槍を持った騎士が2人控えている。1人は寡黙そうな男で、1人は若い女の子だな。
「レイナード辺境伯」
青騎士が慌てて胸に手を当て敬礼する。辺境伯の方が青騎士よりも立場が上なのかな。
「よい。して、その者達がセシリーの言っていた友人か?」
青騎士が頷く。
「フードをしたまま、しかも槍を持っているとは無礼ではないか!」
辺境伯の背後に控えた女騎士がそんなことを言った。えー、そんなこと言われてもさ、困るぜー。
フードをとってもいいのかな? 今の俺だと大混乱だと思うけど、いいのかな?
「マスターに対しての態度、礼を失しているのはどちらの方か」
14型さんが前に出る。はぁ、ここでも暴走するのか。14型さんもね、時と場合を考えて欲しいよ。
『14型、下がれ』
「分かりました」
14型が優雅にお辞儀し、後ろに下がる。まぁ、俺の頼みは素直に聞いてくれるからいいんだけどさ。
『異形の姿だが、失礼する』
俺は天啓を飛ばし、フードを取る。
「な、魔獣!」
俺の姿を見た女騎士が槍を構える。えー、すぐにころころしようと動いちゃうのか。
しかし、それを辺境伯がすぐに手で止めた。そして、豪快に笑い出す。
「面白い、面白いぞ!」
「レイナード辺境伯、彼はセシリア姫の友人と……」
青騎士が俺をかばおうと前に出る。
「いやいや、構わんよ。あのセシリーらしいと思ってな。あいつが作った学校では森人族のシロネという者が教師をやっていると聞く、今更、異形の者が友人でも驚かんよ」
はぁ、さいですか。って、シロネ? シロネって、も、も、もしかして、あの森人族の落とし穴にはまるのが大好きなシロネさん?
あの人、行方不明になったと思ったら神国で教師やってるのかよ。ホント、何やってるんだか……。まぁ、何にせよ、無事で良かったよ。