6-43 女神の休息日
―1―
もしゃもしゃ。
もしゃもしゃ。
本社の食堂にてご飯を食べる。もしゃもしゃ。
今日は蟹肉とすり潰したコーンを混ぜ合わせたモノに小麦粉で衣を付けて揚げたモノです。もしゃもしゃ。それと魚介出汁の効いたスープ。中には小麦粉を細く延ばして茹でたモノが入っている。もしゃもしゃ。うん、美味しい。
でもさ、米が、米が欲しいなぁ。
もしゃもしゃ。
はぁ、やって来たイルックさんたちの一団に現場監督のアンリさんを任せて、事情も説明して一件落着だ。
……。
いや、終わってないよなぁ。一応、俺からも後でヤズ卿には話すつもりだけどさ、これ、全然、終わってないよな。診療所の件、今回の騒動――問題が多すぎるよ。
魔族……か。
それに女神教団だよな。女神を崇拝する教団らしいけど、本拠地は神国にあるんだよな? というか、神国の宗教が女神教なのか? うーむ。
神国に行く必要がありそうだな。でもさ、神国って普人族以外はころころしちゃうような国なんだろ? うーん。俺の、この姿で神国に行くのか? そんなの即ころころされちゃうんじゃないか?
《変身》スキルを使えば誤魔化せそうな気はするけどさ、《変身》スキルって一週間に一度とか、そんな感じだぜ? しかも時間制限有りで、だ。元に戻った時にどう誤魔化すんだよ。無理だよ、無理過ぎる。
いくら俺が強くなったって言ってもさ、一国を相手取って、滅ぼしてくれるわ、はーはっはっはーって言えるほどの力は無いしさ。商会の力だって迷宮都市までだもん。神国には及んでないし、逆に小麦の輸入とかで助けて貰ってるくらいだしなぁ。
うーん。
どう考えても神国は後回しだな。となると……。
「オーナー、手が止まってるぜ。何か変な味でもしたか?」
通りがかったポンちゃんが聞いてくる。いやいや、料理は美味しいよ。
『いや、考え事をしていてな』
「ま、こんな大商会のオーナーになると考えることも多いだろうよ。でもよ、考えすぎてもうまく行かないぜ」
ま、そうだよなぁ。でもさ、俺の場合は考えなさすぎるからなぁ。もうちょっと考えたいんだよ。
「そういえば、ユエがオーナーを探していたようだぜ。何でも女神の休息日の計画を練りたいとか? 14型さんもその作業にかかりっきりみたいだしよ」
ふーん。そういえば14型を見ないなと思ったら、そんなことをしていたのか。にしても女神の休息日ねぇ。なんじゃ、そりゃ、だよ。
「今の内に使える迷宮を探さないとな。うちは大商会だから大変だぜ」
そう言い残してポンちゃんは厨房に消えていった。ふーん。で、なんで休息日と迷宮が関係あるんだ? ホント、この世界はよーわからんな。
―2―
「ラン様ー!」
自室に戻ろうとしたところでユエに捕まった。はいはい、ランですよ。
肉球のついた手を振りながら何かを一生懸命に伝えようとしている。落ち着け、落ち着くんだ。
「ラン様、大変です……!」
そうか、大変か。大変なんだな。で、どう、大変なんだ。
『どうした?』
ユエが息を整え、喋り始める。
「前回の女神の休息日は小迷宮『女王の黎明』を使ったんですが、今回は、その使用許可が下りませんでした」
うん? 使用許可? だから、なんで迷宮の話が出てくるんだ?
『すまない、ユエ、自分には女神の休息日と迷宮の関係が分からないのだが』
良くわかんないよね。しかし、ユエは違うようだ。俺の天啓を受け、ユエは驚き、信じられないモノでも見たかのように後ずさる。うん? も、もしかして、結構、不味いことを聞いたのか?
「ら、ラン様は……、まさか、そんな……」
何だ? 俺を見て怯えているようにも見えるけど、えーっと、本当に不味いことを聞いたのか。
『ユエ、落ち着いて聞け。自分は、今まで、ずっとナハン大森林にある八大迷宮『世界樹』の中で暮らしていたのだ。だから、外の世界のことを余り知らないのだ』
俺の天啓を受け、ユエがホッとしたように大きく息を吐いた。おびえが消え、元の表情だ。
「そ、そうだったんですね」
そうなのだ。
「で、では改めて簡単に説明します。女神の休息日は後半の年が終わったくらいに起こります」
起こる?
「期間は1日で終わることもあれば一週間近くかかることもあります」
ふむふむ。
「女神の休息日の間は魔法、スキル、全てが使えません。ステータスプレートも機能しません」
へ?
「この世界をお作りになった女神がお休みになっているからだと伝わっています」
女神の休息日って、女神『が』休む日なのか。
「そして、これが一番……! 重要なのですが、女神の休息日の間は地上から生き物が全て消えます」
うん? 消える?
「迷宮からは魔獣が消えます」
うん?
『生き物が消えるとは?』
「言葉通りの意味です。私たちも、そのまま地上に居れば消されてしまいます」
は? はぁ? どどどど、どういうことだよ。
「私たちは生き残るために迷宮の中に隠れ、息を潜めるしかないんです!」
だ、だから迷宮なのか。しかも、その期間は迷宮内の魔獣が消える、と。
「そういったこともあって、町や都市、国は迷宮の近くに作られます。だから、貴族や王族などは自身の家や城の中に迷宮を持つんです」
そういえば、迷宮都市も城の中に迷宮があったな。帝都も闘技場の中に小迷宮があったな。多分、この話しぶりからするに帝城の中にもあるんだろう。帝都の近くには蟻の巣があるし……。
って、アレ?
って、コトは、だ。
『小迷宮『女王の黎明』が使えないのは一大事なのでは?』
「そうなんです!」
そうだよ、やばいじゃん。このまま地上に居ると消されちゃうんだろ? 一大事じゃん!
「しかも、もうすぐ女神の休息日が起こりそうだと予報が出ています。もう日数がありません!」
やばいぞー。これはヤバいぞ。
もしかして、俺、凄いのんきに構えていたのか。
どうする、どうする?
って、待てよ。
迷宮、迷宮、迷宮……?
アレ?
迷宮、あったよな?
『ユエ、大丈夫だ』
俺が天啓を授けるとユエが驚いたようにこちらを見た。
「何処かに迷宮を貸して貰えそうな伝手があるのですか? それとも、あの時のように空を飛び、迷宮都市の迷宮に……」
違う、違う。
『ユエ、この建物の地下には迷宮がある』
そうだよ。
地下世界があるじゃん!