6-40 助けられない
―1―
『魔族か?』
俺が天啓を飛ばすと神官服の男は更に激しく手を叩き始めた。
「正解ですよ、正解ですねー」
魔族ってさ、永久凍土に封じられているって割には外に出すぎじゃないか? それとも俺だけ遭遇する確率が高くなるようになってるのか?
『冥土の土産に教えてくれ、お前たちは何をしようとしているんだ?』
ここのサンドワームは、この魔族の仕業で確定だろうし、何がしたかったんだろう? とりあえず出来るだけ情報を引き出すべきだな。
「ダメですよ、ダメですね」
神官服の男が指を立て横に振っている。
『そこを何とか』
「死人に……いえ、魔獣モドキにくちなしですよ」
神官服の男が何も無い空間からトゲのついた鉄球のような鈍器を取り出す。おいおい、そんなので殴られたら痛いじゃすまないぞ。
神官服の男がゆったりとした動作で鈍器を構え、こちらへと歩き出す。
『お前は何色だ?』
俺の天啓に神官服の男の足が止まる。
『赤か、青か、白か、黒か?』
足を止め、トゲのついた鉄球で手を叩いている。おいおい、痛くないのか?
「ほほう。ただの魔獣モドキではない? もしかして、こちら側ですか? それなら失礼なことを言いました」
お、試しにカマをかけてみたけど引っかかったか?
『それとも他の色か?』
俺がその天啓を飛ばした瞬間に神官服の男の雰囲気が変わった。
「やはりゴミでしたか」
あ、あら? 失敗した? い、いや、これで魔族には派閥が赤青白黒しか、その四色しかないって分かったじゃん。俺が予想していた通り、色の派閥があるってコトも確定したし、うん、これは貴重な情報だよ。
赤のレッドカノン
白のホワイトディザスター
青の……青様?
黒のブラックプリズム
こいつらが魔族の四魔将だったよな? 多分。その上に漆黒の全身鎧を着込んだ魔族の王が居て――で、こいつらの目的って何なんだ? 人を殺すこと? イマイチわかんないんだよなぁ。
神官服の男がゆらりと動き、こちらへとトゲ付き鉄球を叩き付けてくる。視界の上部に赤い線が走る。いやいや、そんなゆったりとした動作、当たるわけが無いじゃん。
俺が最小限の動作で回避しようとした瞬間だった。俺の足下部分に何かが抱きつき、俺の動きを阻害する。な、誰だ?
足下部分を見ると、作業服の男が俺の動きを封じるように抱きついていた。いやいや、放してくれよ。何だ、恐怖でおかしくなったのか?
俺の眼前にトゲ付き鉄球が迫る。いや、やべぇ。足下に気を取られて回避が遅れた。し、死ぬ。
……。
が、いつまで待っても衝撃は来なかった。恐る恐る、上を向くと白竜輪がトゲ付きの鉄球に絡みつき、その動きを封じていた。あ、そういえば、そういうの装備してたー!
神官服の男が慌ててトゲ付き鉄球から手を放し距離を取ろうとする。逃がすかよッ!
――[アイスランス]――
俺の手から生まれた木の枝のように尖った氷の槍が伸びていく。そのまま吹き飛べッ!
しかし、俺の足下に抱きついていた作業着の男が急に立ち上がり、その身に氷の槍を受けた。って、おいッ! 死ぬ気か?
作業着の男が氷の槍によって貫かれ吹き飛ぶ。神官服の男はその間に距離を取っていた。
「危ない、危ないですよ」
いやいや、作業着の人、何やってるの。死んでないよな?
『大丈夫か?』
俺が天啓を飛ばすと、神官服の男が笑い出した。
「魔獣モドキは頭空っぽですか?」
な、なんだとッ! 俺だって必死に考えて上手くやろうと頑張ってるんだぞ。
「そいつは、その人モドキは青様の実験体ですよ、ですね」
神官服の男が祈りを捧げるかのように両手を高く掲げる。
「さあ、真の姿を見せるのです、ですよ」
神官服の男の言葉を聞いた作業着の男が苦しみだす。苦しみ、暴れ、のたうち回り、喉をかきむしり、転げ回る。
そして、胸の、心臓の辺りから、筋繊維のような紐が体を突き破り伸びる。無数の触手のような筋繊維が作業機の男だったモノを覆っていく。な、何が起こっているんだ?
―2―
俺の目の前には巨大な筋肉の巨人と化した男が居た。その後ろで神官服の男が笑っている。
「さあ、目の前の魔獣モドキを壊すのです」
神官服の男の言葉に答えるように筋繊維の巨人が大きな雄叫びを上げる。そして、こちらへと素早い動きで駆けてくる。それでも、それでも、遅いッ!
巨人が巨大な拳を、こちらを叩き潰すように、風を唸らせながら振り下ろす。その速度に視界が歪んで見える。が、それでも、遅いッ! 俺には見えている。
巨人の拳を右へと避け、スターダストを構える。
――《スパイラルチャージ》――
槍形態のスターダストが螺旋を描き巨人の半身を抉り、貫き、吹き飛ばす。大きな横穴の空いた巨人が膝をつく。
「無駄ですよ、無駄ですね」
神官服の男は余裕の表情で笑っている。
巨人の抉り飛ばした内部から触手のような筋繊維が伸び、失った体部分を作っていく。なるほど。これは、アレだ。『空舞う聖院』で戦ったコウ・コウたちと同じか。そういえば、ヤツらの影にも魔族が居たな。なるほど。
『彼を元に戻す方法は、助ける方法はあるのか?』
「助ける、助けるです? 今の状況が分からないんですか、分からないんですね!」
再生した巨人が再度、こちらへと殴りかかってくる。速度は速い、威力も強そうだ。が、それだけだもん。危険感知スキルが反応しないってことは、それだけ余裕だってコトだよな。
俺はするりと拳を回避する。
「避けるのは得意そうですね、得意そうだ。ですが、何時まで持ちますか?」
別に何時まででも。
『助ける方法はあるのか?』
俺の天啓を受け、神官服の男が嫌な笑みを作る。
「そうですね、そうでしょうとも! その方法があればこの危機を回避出来ると考えているのですね、無駄ですよ、無駄ですね。発動する前なら侵蝕魔石を入れ替えれば防げたでしょうが、発動した後はもう元には戻りませんよ!」
そうか。助ける方法は無いのか。そうか……。
巨人から振り下ろされた拳を回避する。
――《スパイラルチャージ》――
真紅妃が螺旋を描き、魔石核と書かれた線の先を貫き、吹き飛ばし、喰らう。真紅妃が巨人の体内にあったであろう魔石核を喰らうと巨人は動きを止め、そのまま倒れ込んだ。そして、体が崩れ、筋繊維がぐちゃぐちゃとまるでミキサーにでもかけられたかのように真っ赤な挽肉となって肉塊へと姿を変えていく。神官服の男が何かをしてから魔石核という線が生まれたから、その前だったら助けられたってコトか。いや、でも、どうやって? 魔石を入れ替えるのか? う、うーむ。
「な、な、な、なんですか! なんです、その力は! なんで! どうやって!」
あー、羽猫が居ないから浄化出来ないのか。この肉塊、このまま襲いかかって来るかな? 後で羽猫を呼んできて浄化させるか。
『次はお前の番だ』
とっちめて色々と聞き出してやるからな!




