6-33 ヤズ卿を探す
―1―
診療所の地下室、長い廊下の天井を這っていく。わさわさわさ。
何人か銀仮面が俺の下を通り過ぎていくが気付かれなかったようだ。俺の《隠形》スキルってば凄いんだぜッ!
しばらく天井を這っていると、元の場所に戻ってきた。俺が眠らせた、見覚えのある銀仮面が木の扉の前に立っている。
……なんだと。
えーっと、階段が無いんですけど。俺は何回、角を曲がった? と、とにかく戻って確認しよう。
進んだ分を戻っていく。しばらく進むと天井に引っかかりを覚えた。もしかして、ここか?
下を見れば、右手の壁の下の方にスイッチと書かれた線が伸びている。完全にここじゃん。
俺は天井から飛び降り、そのままスイッチを押す。すると天井が開き、大きな音を立てて階段が降りてきた。ホント、無駄に大掛かりな仕掛けだよなぁ。
さ、誰かが来る前にささっと上がってしまおう。階段を上がり部屋の中に戻ると、そこに銀仮面が居た。ちょ、やばっ! 何で居るんだよ!
――[ディスオーダー]――
とっさに魔法を発動させる。俺は敵じゃないよー。
「おいおい、もう交代の時間か?」
銀仮面の男が何を勘違いしたのか、仲間だと思って話しかけてくる。よし、成功。上位魔法に強化していないけど、普通に成功したな、良かった、良かった。
――《剣の瞳》――
俺を中心に波が広がる。近くに居る銀仮面は青、部屋の外には誰も居ないな。今の内に外に出るか。にしても、階段を上がりきる前に《剣の瞳》を使うべきだったよなぁ。ま、まぁ、今は急いで外に出るべきだな。
そのまま木の扉を開け、廊下に出る。
「おい、交代じゃないのか? うん、おかしいな……」
――《隠形》――
やば、気付かれる前に急いで脱出だ。《隠形》スキルを使い、そのまま2階へと駆け上がり、窓から飛び出す。屋根の上からぴょんぴょんと飛び、診療所から離れる。
ふう、危ない潜入ミッションだったぜ。しかし、色々と分かったことや謎なコトがあったな。明日は、今回の件でヤズ卿に会おうかな?
さあて、《転移》スキルで、本社に戻りますか。
と、俺が考えていると、羽猫が飛んできた。へ? アレ? 羽猫? 何でだ? てっきり俺の頭の上に乗ったままかと思っていたんだが……。
羽猫がぱたぱたと羽を動かしながら、俺の目の前で手をふりふりする。どうした? 何が言いたいんだ? 何やら怒っているようだけど、よくわからんな。
まぁ、いいから、今日はもう本社に戻るぞ。
―2―
《転移》スキルを使い本社前に戻ってくる。うーん、まだ昼過ぎくらいだからなぁ。
……。
って、アレ? 俺、何か忘れてないか?
……。
あ、ああ!
蜥蜴人の若者たちを止めるの忘れてるじゃん!
と言っても出発は今日の朝だろうから、迷宮都市に到着するのは早くても明日の夜だろうし、急ぐ必要もないか。うーん、それともオアシス方面から《飛翔》スキルを使い続けて追いかけるか?
いや、でも、さすがに砂竜船に追いつけるとは思えないしなぁ。
うーむ、どうしようか。もう少し向こうで色々、探索したり、調べ物をしたりしても良かったかなぁ。
「マスター、お帰りなさいませ」
俺が考え込んでいると、いつの間にか14型が立っていた。
「にゃ!」
何故か、俺の横でふわふわ飛んでいた羽猫が手を挙げて挨拶を返している。
『14型、明日は迷宮都市のヤズ卿に会おうかと思う。なので、何か贈り物を用意して欲しい』
「了解しました。マスターの商会の者達に用意させます」
はいはい、頼んだよ。
そうだよ、明日、ヤズ卿に会うのに贈り物が必要だから、その準備するための時間を作るために急いで戻ってこないとダメだったんだよ、そうなんだよ。だから、別に、無計画に戻ってきたワケじゃないんだからね!
さあて、どうしようかなぁ。暗殺者がどうなったかを確認するか? いや、でもさ、捕まえた暗殺者が何者だったかって、すぐに分かるか? それに結果が出れば報告されるだろうしさ。
そうだなぁ、よし、今日は魔法の練習をして寝るか。ホント、行き当たりばったりだなぁ。
―3―
――[アクアポンド]――
毎日の日課終了っと。
「ラン様、こちらでしたか……」
こちらでした。
やって来たのはユエとファットだった。何故にファットの兄貴がここに……。
「本日はヤズ卿と謁見されると聞きました」
そうそう、そうなんだよ。蜥蜴人の若者たちが迷宮都市に到着するには、まだ時間があるだろうからね。その前にやれることを終わらせようと思ってさ。
『ああ』
と、そうだ。ユエに聞いてみるかな。
『ヤズ卿と約束しているワケではないのだが、どうすれば会って貰えると思う?』
俺が天啓を飛ばすとユエが片眼鏡を持ち上げ、考え始め、それを見たファットが口を開いた。
「無理だろうがよ」
えー、そんな、酷い。
「は? ラン様ですよ……?」
何故かユエが蔑むような目でファットを見ている。
「冒険者として会うつもりならよ、無数の冒険者を抱えている迷宮都市のトップが簡単に会ってくれるわけがないだろうがよ。向こうから声がかけられることはあってもな」
ふむ。
「貴族として会うつもりでもよ、いくら帝国の貴族だって言ってもよ、そんな無名の木っ端貴族に会って貰えると思えないぜ」
ふむぅ。
「お偉いさんなんて連中はよ、自分より上の者か、自分の得になる者にしか興味がないんだぜ」
何故か、ファットが得意気だ。それを見たユエがファットに小さく蹴りを入れた。
「お、お前、何しやがる」
「ラン様ですよ。ノアルジー商会のオーナーに会わない権力者がいるわけがないのです……。ラン様が言われているのは、どうやってヤズ卿を捕まえるかでしょう」
ん?
あれ、俺が聞いたのってそうだったか? えーっと、アレか。俺は、俺の商会を下に見過ぎていたのか。
「ラン様、迷宮都市の守衛頭をしているイルックはヤズ卿と仲が良いと聞いています。そちらからヤズ卿を探すか、時間がかかっても城で確認して待つしかないと思います」
ふむ。ユエは物知りだなぁ。
なんだろう、でもさ、ユエの話を聞くとヤズ卿はフラフラと何処に居るか分からない人ぽい感じだ。普通に城の中ででーんと構えているワケじゃないのか? そういえば、姫さまに会いに迷宮都市の入り口まで来たり、商業ギルドに顔を出しに行っていたり、フットワークが軽そうな感じだったな。
うーむ。
まずは城で話を聞いてみるか。