6-32 石碑のゆくえ
―1―
地下室に降りた先はそのまま通路になっていた。モリモリと階段を降りたから、結構、天井が高い通路だな。にしても一本道かぁ。これ、前から誰か歩いてきたら終わりなんじゃね?
こわごわと歩いていると前方から普人族と書かれた線が動いてきた。やべ、誰か来た? 一本道だぞ。どうする、どうする?
――《魔法糸》――
《魔法糸》を天井に飛ばし、そのまま張り付く。
――《隠形》――
《隠形》スキルを使い息を潜める。誰も居ませんよー。
歩いてきたのは、やはり銀仮面を着けた男だった。何だろう、階段が動作したから確認に来たのか?
ま、いいや。
このまま天井をわしゃわしゃと這っていこう。
薄暗い廊下の天井を這っていると右手に扉が見えてきた。木の扉だね。
――《剣の瞳》――
扉の先には2つの反応がって……赤い色だと。赤って魔人族とか魔獣ってコトだよな? 何で迷宮都市の診療所の中に赤い反応があるんだ?
いや、真面目にどうなってるんだ? どうする? 中に踏み込むか? いや、それは最終手段だよな、まだ早いよな。
さらに廊下を進むと曲がり角に突き当たった。曲がり角か……。
天井を這ったまま少しだけ顔を覗かせてみる。通路の先には先程と同じように右手側に木の扉があった。まだ通路自体は――その扉の先も続いているようだ。しかし、その扉を守るように銀仮面の男が立っている。見張りかよ。先に進むにしても、ちょっと問題だなぁ。にしても、見張りがいるってコトは、ここにある何か重要な物を守っているのかな?
さあ、どうしよう。
――[スリープ]――
銀仮面の頭上に木の枝が生まれ、そこから雫がこぼれ落ちる。雫に触れた銀仮面の男は突然、うとうととしだし、そのまま扉により掛かるように崩れ落ち眠り始めた。よし、成功。覚えてて良かった、スリープの魔法! ま、さすがにこのままナイトメアまで発動させるなんて鬼畜な真似はしないけどね。
――《剣の瞳》――
崩れ落ちた銀仮面は薄い黄色。扉の先に3つの反応……か。って、こっちも1人は赤いぞ。どういうことだ?
さあ、どうしよう。扉の中に踏み込むか? 見張りがいるってコトは、何か重要な物がありそうだもんなぁ。
俺が、どうしようかと考えていると木の扉が開いた。扉に寄りかかり眠っていた銀仮面の男が中に倒れ込む。
「うわ、びっくりした」
「どうしたんだ?」
中から声がかかる。
「見張りが眠っているようだ」
「この状況で居眠りだと? これだから、こいつらは……」
扉が開いているな。イケるか?
――《隠形》――
もう一度《隠形》スキルを発動させる。そのまま、開いた扉へと飛び込む。扉を開き、驚いていた男の横を抜け部屋の隅にあった木棚の影にうずくまる。俺はいませんよー。室内も薄暗いから、これでも結構目立たないはずだ。
「今、何か通らなかったか?」
「おいおい、やめろよ、脅かすなよ」
「喋ってないで、そいつをたたき起こして作業に戻れ」
命令しているのが赤い反応だったヤツか。
俺は薄暗い室内を見回す。中央に手術台のようなベッドが有り、その上に誰か分からないが、裸の男が寝かせられていた。そして、それを囲むように2人の人物がいた。
1人はうっすらと青い黒髪の女性。こちらは口元だけを出し目元を隠す銀色の仮面だな。もう1人は顔を覆う他と同じ銀色の仮面を着けた男だった。
さっき命令していた偉そうなのが、黒髪の女か。
「しかし、こんな作業に何の意味が」
扉を開けた銀仮面の男が扉を閉めて、手術台の側に戻る。そして黒髪の女に喋りかけた。
「教団幹部、青様の指示だ。お前たちは手を動かせばいい」
ふーん。青様ってのが、この診療所を運営している女神教団のお偉いさんか。って、うん? 青……様? アレ、何処かで聞いたことがあるような……。
黒髪の女が手術台の上に寝ている裸の男の体を手に持った短剣で切り開く。男から血が溢れ吹き出す。うわ、突然、何をするんだ。
「今度は、そちらの魔石を使う」
黒髪の女の言葉を受け、銀仮面が手術台の横に置かれていた魔石を取り、それを渡す。何だ? 魔石? 確かに何個か魔石が置かれているけど、何に使うんだ?
「こ、これは……」
銀仮面の1人が何かに驚いたかのように声を上げる。それを聞き、黒髪の女がくすりと笑う。
「そうか、お前は初めて見たのか。余り伝わっていないことだが、お前たちにも……人にも魔石はあるのだ」
黒髪の女が手術台の上で眠っている男の、切り開いた体の中に手を突き入れ、何かを取り出す。
「これが病の元だ」
黒髪の女が心臓のように鼓動する無数の管が絡みついた魔石を取り出し、そのまま引き千切る。
「そして、この魔石を入れる」
そして、さきほど受け取った魔石を入れる。
「やがて体に定着し、病は消えていくだろう」
「な、なるほど」
……。
こ、これは、何をやっているんだ? 魔石を入れ替えた? って、見ている場合か。ここにもクラスモノリスは無さそうだな。
「すいません!」
扉が開かれる。
「手術中だぞ、どうした!」
現れたのは銀仮面の男だった。って、ここ銀仮面の男たちばかりだよね。
「すいません、一言ご報告にと思っただけですので、また後にします」
新しく現れた銀仮面の男が扉を閉め、下がろうとしたのを黒髪の女が血に濡れた手で止める。
「よい、報告せよ」
「はい、例の蜥蜴人の使いだと思うのですが、魔獣姿の者が治癒術士の石碑を取り返しに来ました」
話し始めた銀仮面の男は苦笑し、そのまま話を続ける。
「すでに石碑は教団本部に送っているのに、馬鹿なヤツらですよね」
へ? ちょっと待てぃ。ここに無いのかよ。教団本部って何処? もしかして神国か? うげぇ、マジかよ。
俺の素敵プランが完全に崩れたじゃん。ここから持ち出して、蜥蜴人の若者に渡して平和裏に解決して、そのまま『二つの塔』の情報を手に入れて迷宮攻略だぜーって完璧な流れが……。マジかよ。
と、と、と、とりあえず、この診療所を脱出して蜥蜴人の若者たちに説明して、引き返して貰うか。
その後はどうしよう。
とりあえずヤズ卿に話してみるか? どう考えてもまともな施設に見えないもんな。ヤズ卿公認なのか、それとも何か悪巧みなのか。
でもさ、この迷宮都市のトップのヤズ卿がすんなりと会ってくれるかなぁ。今回は姫さまの伝手も無いしなぁ。
まぁ、美味しい物を持参で頼んでみよう。
というわけで脱出だな。こんな場所で、こんな連中に見つかったら何されるか分かんないもん。
俺は開かれた扉から、話に夢中の銀仮面の男の横をすり抜ける。しゅしゅっとな。ば、バレてないよな?
さあ、脱出だ。