6-31 返しましょう
―1―
奥から、奥から、銀色の仮面をかぶった男たちがワラワラと現れる。
あれよあれよという間に俺の目の前には10人ほどの銀仮面を着けた屈強な男が立ち塞がっていた。怖いです。騒ぎが大きくなる前に診療所から立ち去ろう。
『邪魔したな』
俺は天啓を授け、そのまま診療所から逃げ出す。
「おい、待て!」
はっはっはー、待てと言われて待つ奴があるかよー。
――《隠形》――
診療所から逃げ出し、すぐさま《隠形》スキルを発動させる。俺は風ー、そよ風ー、ただよう風ー。
「さっきの魔獣は何処に消えた?」
「くそっ、見つからないぞ」
銀仮面の男たちがキョロキョロと周囲を伺い、俺が居ないかを探していた。いやあ、目の前に居るんですけどね。俺、ここに居るんですけどね。
おいらは石ころ、路傍の石ころー、見えない存在なのです。
「何だったんだ」
「帰るぞ」
銀仮面の男たちが診療所に引き上げていく。いやぁ、診療所って名前なのに、屈強な人が揃いすぎてやしませんかねー。ホント、中で何をやっているんだよ。
さて、銀仮面たちは消えたかな。
――《剣の瞳》――
《剣の瞳》スキルを発動させ、確認する。通りを歩いている人くらいしか居なさそうだな。銀仮面たちは全員、診療所の中に戻ったようだ。
さてさて、ここからが大事だな。
《剣の瞳》スキルを使えば壁の向こうでも人が居る居ないは判断出来るし、隠れていても視界に入っていれば線で見えるし、鑑定もある、《隠形》スキルで隠れて進むことも出来る、《軽業》を使って天井に張り付いたり、屋根から侵入したりも出来るし――うん、イケる、イケる。
俺ってば、便利なスキルと魔法を持ちすぎだよなぁ。
―2―
診療所の周りを一周する。結構、大きな建物だよな。真っ白だから目立つしさ。二階建ての斜め屋根になった建物。2階部分は小さく、それこそ小部屋一部屋分しかない。大きめの窓がついているが何のための部屋なんだろうか? もしかして屋根裏部屋?
1階部分は三ヶ所に支え棒を使うタイプの小さな窓が見えた。
《浮遊》スキルを使い浮かび上がって室内を覗いてみる。一つ目の入り口に近い側の窓の中は待合室のようだ。銀仮面の男たちしか居ないのかと思えば、座って待っている人たちの姿も見える。ちゃんと怪我人も居るな。何だよ、俺に言ってくれれば回復魔法でちゃちゃっと治すのにさ。
建物の裏側にある、もう一つの窓を覗く。そこはどうやらお偉いさんの部屋らしく、豪華な机と椅子が見えた。積み上げられた巻物も見える。この部屋には誰も居ないようだな。
もう一つの窓は先程と同じように裏側に、さっきほどの部屋の隣に作られていた。そちらも《浮遊》で飛び上がり、中を覗いてみる。
中は大部屋になっており、敷き布団代わりにか布が並べられていた。2人ほど寝転がっている人が居るな。負傷の大きいと思われる人が寝ているのかなぁ。
うーん、こうしてみると普通に診療所って感じだよなぁ。あの銀色の仮面もさ、確か中世だと医者は仮面を着ける必要があったらしいから、こっちの世界も同じなのかもしれないな。
さあて、何処から行こうかなぁ。よし、上から見るかッ!
――《魔法糸》――
《魔法糸》を使い屋根の上に飛び乗る。小さな尖塔のような部屋へと近づき《隠形》スキルを発動させたまま窓に張り付く。
――《剣の瞳》――
俺を中心として波が広がる。足下に4人、小部屋の中には誰も居ない、か。そのまま中を覗く。中にはベッドが1個とよく分からない器具が乱雑に並べられていた。屋根裏部屋を物置にした感じだろうか。
ここからなら窓も大きいし侵入できそうだな。よし、ここから入るか!
―3―
屋根裏部屋に足を踏み入れる。中は、最近は人が来ないのか、人の居た形跡が無い。ベッドの上にも大きな分度器みたいな謎の装置が沢山置かれているし、ホント、無理矢理、邪魔なモノを押し詰めたって感じだな。
屋根裏部屋には下に降りる階段があった。えーっと、足下に4人の反応があったから、階段まで近寄って、もう一度《剣の瞳》スキルを使ってみるか。
――《剣の瞳》――
《剣の瞳》スキルを発動させると階段の下に3つの反応があった。うーん、どうしよう。《隠形》スキルで切り抜けられないかなぁ。
「さっきの魔獣は何だったんだ?」
「ここは神聖国とは違い、下賤な種族がいる迷宮都市だからな」
「とりあえず指示待ちだな」
男たちは喋りながら何処かへ移動しているようだ。近くには他の反応も無いし、そのまま《隠形》スキルで隠れながら降りるか。
階段を降りた先は薄暗く長い通路だった。右と左、か。左は待合室のある入口側だな。となると右側に向かうべきか。右側の通路の先、結構、距離のあるT字路に、先程会話をしていた3人組の姿が見える。まだ昼前だってのに薄暗いな。まぁ、窓が無かったし、こんなもんなのかなぁ。
2人が右に、1人が左に曲がる。俺もそのままT字路に向かい、ゆっくりと顔だけ覗かせて左右を確認する。左すぐに扉、右手はこちら側と向かい側に扉、と通路の先に扉、か。さっきの連中はこの扉の先に入ったのかな。
左は建物の位置的に、先程の大部屋だろうな。となると余り行く必要は無いか。
右、か。薄暗いT字路を右に曲がり、右手の扉の前に立つ。
――《剣の瞳》――
右手側、入口側についた扉の先からは6つほどの反応があった。そして逆側、お偉いさんが使っているだろう部屋の方には1つの反応があった。こちらは薄い黄色の反応だ。ふむ、俺が受け答えした、途中で色が変わった銀仮面かな。結構、お偉いさんだったのか?
うーん。人が居る部屋は後回しかなぁ。となると正面か。
通路を進み、ゆっくりと扉を開ける。ぎぃと嫌な音を立てながら扉が開いていく。周囲を見回すが他の部屋にいる男たちが音に反応した様子はなかった。
そのまま滑り込むように部屋の中に入る。
部屋の中には沢山の木棚が作られており、無数の石版や陶器製の小瓶が並べられていた。治療薬や治療法が書かれた石盤とかなのかな。にしても、この部屋はこれで終わりか。
……って、ん?
並べられた石版の一つにスイッチって線が伸びていた。これは、もしかして?
サイドアーム・ナラカを使い石版を動かしてみる。
すると部屋の奥にある床が大きな音を立てて下に沈んでいった。うお、やべ。こ、これはバレたか、ヤバいか?
――《剣の瞳》――
《剣の瞳》スキルを使い男たちの動きを確認する。しかし、動きは無かった。おんやぁ。もしかして、この隠し通路ってさ、結構、定期的に使われているのか? 誰かが下に降りようとしているんだな、って感じで気にする必要が無いくらいにさ。
まぁ、何はともあれ、この先が怪しいか。治癒術士のクラスモノリスの欠片だもんな。そういった貴重品がありそうな、クラスを得る儀式が行われそうな感じだよな。
さあて、では秘密の地下室探索だな。