6-30 借りたモノは
―1―
「そうですナ……」
蜥蜴人のお爺ちゃんが語り始めた。
「以前は、ここに治癒術士の石碑があったのですナ」
へ?
「最近、それが無くなったのですナ」
ま、まさか、迷宮都市の診療所が盗んだのか?
『盗まれたのか?』
俺の天啓に蜥蜴人のお爺ちゃんが頷く。
「犯人は分かっておりますナ。魔人族です。もう戻ってこぬですヨ」
盗んだのは魔人族なのか。ホント、盗賊みたいな連中だな。
「それで迷宮都市に貸し出していた治癒術士の石碑の欠片を返して貰うよう頼んだのですヨ」
ふむふむ。それだとさ、俺の出番って無いような気がするんだけどさ……。
「しかし、迷宮都市の診療所には断られたのですヨ」
まぁ、クラスモノリスって貴重品ぽいしなぁ。それにさ、欠片を貸し出せるとか、初耳ですよ!
「所有権はこちらにあるのに断られたヨ、それに怒った若い衆が武力行使する為、迷宮都市に向かったのですナ」
へ、へぇ。ま、まさか、俺に力ずくで取り戻せとか言わないよね?
「芋虫騎士様には若い連中が無茶をしないように止めて欲しいのですヨ」
あ、ああ。そっちか。
……。
『所有権はオアシスにあるんだな?』
俺は蜥蜴人のお爺ちゃんに確認をする。
「ええ、間違いなくですナ」
ふむ。
『こっそりと返してきて貰ったら問題になるか?』
そうそう、犯罪になるようなら、ちょっと考えちゃうよね。
「こちらに所有権があるのですヨ。何の問題があろうか、ですナ」
蜥蜴人のお爺ちゃんが首を横に振る。なるほど。今は借りた物を返さない診療所の方が悪い状態ってコトか。
まぁ、でもさ、こっちの意見だけを聞いても、本当はどっちが正しいか、なんて分からないから、一応、向こうでも意見を聞いてみるかな。たださ、あの診療所の銀仮面と会うのは、ちょっと、アレだよな。
まぁ、でも行ってみるか。
『わかった。若い連中が無茶しないように説得してこよう』
そうそう、依頼は若い連中を止めて欲しい、だからね。そこは引き受けよう。
「ありがとうですナ」
そうですな。
『では、さっそく迷宮都市に行ってこよう』
――《転移》――
俺はすぐさま《転移》スキルを発動させる。蜥蜴人のお爺ちゃんの悲鳴が聞こえた気もするが、気にしない。《転移》スキルを使えば迷宮都市までひとっ飛びだからな。これなら砂竜船で向かっているであろう若い連中よりも早く迷宮都市に着くはずだ。
―2―
王城の西の中庭に降り立つ。うーむ、よく考えたらさ、『名も無き王の墳墓』に行く必要がなくなったんだから、ここに降りる必要ってあるか? 今後の活動を考えたら外側の冒険者ギルドの近くの方が便利じゃないか?
だよなぁ。ここだとさ、また、何時、バーン君に襲撃されるかわかんないしさ。うん、外側のほどよい場所に転移チェックを直しておこう。
まぁ、まずは診療所に向かいますか。
――《ハイスピード》――
風の衣を纏い、城壁を駆け上がり、そのまま王城の外へ。そして建物の上を高速で飛び、跳ね、駆けていく。途中、建物と建物が大きく開いている所は《魔法糸》を飛ばし、どんどん駆け抜ける。
いやあ、俺も素早くなったもんだ。何というか、こうもさ、ぴょんぴょん快適に移動が出来るとさ、すっごい楽しいよな。全てが俺の庭だぜって気分になるよね。
しばらく飛び跳ねていると診療所が見えてきた。そのまま建物から飛び降り、診療所の中に入る。
たのもー。
俺が白い大きな建物の中に入ると、前回と同じ人かは分からないが、銀色の仮面をかぶった人物が現れた。
「お前のような姿の者が、この神聖な女神の診療所に何の用ですか!」
はいはい、そうだね、そうだね。まぁ、でもさ、会話しようとしてくれるだけ、マシか。
――《剣の瞳》――
……。色はやはり青か。これで赤だったら楽だったんだけどなぁ。
『こちらにオアシスから借りている治癒術士の石碑の欠片があると聞いた』
俺の天啓を受け銀仮面の男が笑う。
「はは、お前のような者には関係の無いことだと思うが」
なるほど。オアシスから借りているってのは間違いなさそうだな。
『オアシスが返して欲しいと言ってるのは知っているな?』
銀仮面の男がため息を吐く。
「それが?」
それが、じゃないってばよ。
『返して貰えないか?』
「何故?」
えーっと、何故だろう。理由は聞いてないや。いやいや、そうじゃない、そうじゃない。貸した物なんだから、返して貰うのに理由は要らないだろ。
『返して貰うことに理由が必要か?』
俺の天啓を受け、銀仮面の男が言葉を荒げだした。
「な、何を! 神聖なる女神様のお力になる機会を! 元々は石碑も女神様が作り出した物、女神様の所有物と言える物です! それを返す必要などありません! ええ、ありません!」
何だかなぁ。話にならない。
銀仮面の男が騒ぎ出したからか、奥から同じように銀仮面を着けた男たちが現れた。《剣の瞳》の範囲外だったってことは、結構、奥の方に居たのかな?
「何だ? 何を揉めている」
「アレは、何だ?」
アレって、俺のコトですか。
一応、こいつらも見てみるか。
――《剣の瞳》――
《剣の瞳》の発動に伴い、俺の周囲に波が飛ぶ。新しく現れた男たちの色は青だった。そして、何故か、先程、青だったはずの男が薄い黄色に変わっていた。へ? 何でだ? 何で、黄色に変わった?
いや、でも、これで、この銀仮面の男は悪だって、コトだよな? ま、だからといって、悪、即、斬みたいなことはしないけどさ。
でもさ、これで方針は決まったかなぁ。
蜥蜴人のお爺ちゃんの言っていることは正しいようだ。これから迷宮都市に到着するであろう若い連中を止めるための、簡単で、分かりやすい手段があるからね。
いやあ、俺が有能で困るなぁ。