6-25 帝都に巣くうぶよ虫
―1―
「マスター、よろしいですか?」
本社の自室で寝ていると14型に起こされた。何だ、何だ? 珍しく14型の方が先に起きているじゃないか。
『どうした?』
俺が体を起こし、天啓を飛ばすと14型が優雅にお辞儀をした。
「下にフー家の者が来ております」
あー、あれか、フー家ってキョウのおっちゃんか? 今日は、例の帝都のお偉いさん、八常侍とやらに会う日だったか。うーむ、めんどいなぁ。
『わかった』
武器は……どうしような? 持っていくのは不味いよなぁ。真紅妃は何故か魔法のウェストポーチXLに入らないし、真銀の槍の新型はまだ完成していないし……。うーむ。余り使い慣れていないけど金剛鞭を使うか。
――《スイッチ1》――
《スイッチ》スキルを使い金剛鞭を亜空間に格納する。よし、これで武器を持ち歩かなくても大丈夫だな。ついでだから弓と矢筒も格納するか。
――《スイッチ2》――
水天一碧の弓を2番に格納。
――《スイッチ3》――
3番に矢筒を格納。お、矢ごと矢筒を格納できるのか。これは便利だね。とはいえ、弓と矢を使う時は《スイッチ》スキルを2ヶ所も使うってコトだよな。いや、でも、これ、何個も矢筒を格納すれば何個も矢が持てるんじゃないか? だよな? 結構、良い考えじゃないか?
『名も無き王の墳墓』で手に入った杖は……まぁ、要らないか。
よし、準備完了っと。
何か合った時のために逃げるためのスキルも上げたし――あれから《隠形》と《軽業》の両スキル、《探索》と《探知》スキルは8まで上げたからなぁ。しめてMSPの消費は2880です。まぁ、レベルだけは上げたけどさ、全然、練習してないから、熟練度が上がっていないし、そこだけは不安なんだけどね。
……。
思い付きでがっぽりとMSPを消費したけどさ、これ、侍のスキルを上げた方が良かったんじゃないか? ま、まぁ、MSPはいくらでも稼げるんだから、また稼いでから考えればいいじゃん。うん。
―2―
下の客室? に入ると見知らぬ女性が居た。顔に皺が見え始めた、少し際どい感じの年齢の女性だ。えーっと、誰? キョウのおっちゃんじゃないの?
俺が部屋に入ると女性が立ち上がり、こちらに頭を下げた。
「使いで来ました。ラン様をご案内するように言われています」
ふむ。お手伝いさんとか、それこそメイドみたいな立場の人なのかな。今日に限って何でキョウのおっちゃんじゃないんだろう?
『自分がランだ。キョウ殿は?』
女性は頭を上げ、こちらの姿を見て、一瞬怯むが、それでも無理矢理笑顔を作る。
「朝から帝城に呼び出されている為、私が代わりに来ました」
ふむ。キョウのおっちゃんも八常侍とやらに呼び出されているのかな?
『では、案内を頼む』
俺が天啓を飛ばしても女性は動かなかった。アレ? 聞こえてない? おっかしいなぁ。
「申し訳ありません、ラン様、当主代理からは天使のような少女と聞いていたのですが……」
むむむ。な、なるほど。そう言えば、キョウのおっちゃんは《変身》した姿でって言っていたような気がするなぁ。仕方ない、《変身》してくるか。
『なるほど、そういうことか。済まないが少しだけ待って貰えるか?』
えーっと、この場で《変身》するのは無しだよなぁ。《変身》スキルの存在が色々な人に知れ渡るのも怖いし、(変身中は無防備だから、そこを狙われる可能性もあるしさ)《変身》スキルを使った後は全裸になるもんな。
仕方ない、一度自室に戻って《変身》しよう。こういう時に自室が3階ってのはキツいなぁ。いやいや、待てよ、1階にも部屋は何個かあるんだから、誰も居ない適当な部屋に入って《変身》すればいいじゃん。うん、俺ってば賢い。
――《剣の瞳》――
周囲に波を飛ばす。目の前の女性は、当然だけど青か。って、アレ? 14型には色が付かないな。やはり機械だからか?
と、それどころじゃないな。えーっと、人の居ない部屋、人の居ない部屋。
《剣の瞳》スキルを使って人の反応が無かった部屋に入る。さあて、ちゃちゃっと《変身》しちゃいますか。
「マスター」
と、そこで14型に呼び止められた。うお、14型もついてきたのかよ。
「私も連れて行くべきだと思うのです」
うーん。確かに14型が一緒だと心強いか。よし、連れがオッケーかどうか、聞いてみよう。
さあて、ちゃちゃっと《変身》しますか。
――《変身》――
―3―
《変身》スキルを使い、人型に姿を変える。さあ、貴重な時間だぞ。大切に使わないとな。
そのまま、先程の客室に戻ると、座って待っていた女性がまたも立ち上がり、こちらへと頭を下げた。
そして、顔を上げ、こちらを見て、一瞬、口を開きかけ、すぐに閉じた。
「俺はノアルジだ。時間が余りない、すぐに案内してくれ」
女性はすぐに頭を下げる。
「わかりました。ところでラン様は……?」
「気にするな。ところで連れが一緒でも大丈夫かい?」
俺の言葉を聞いて女性は困ったような表情を作る。
「私には、それを判断する権限がありません」
な、なるほど。まぁ、とりあえず一緒に連れて行って、ダメって言われたら14型は待機で。
「では、さっそく行きましょう」
俺は頷き、女性とともに本社の外に出る。そのまま門の外に出ると恐竜のような竜が繋がれた馬車が停められていた。
「竜馬車か」
「はい、ノアルジー商会がこの辺りの道を整備してくれたお陰で中まで竜馬車で入れるようになりました」
14型とともに竜馬車に乗り込む。まぁ、小さな竜馬車だから、3人が座っただけで結構きつきつだな。
「まずはお屋敷の方へ。そこでノアルジー様には準備をしてもらいます。それから帝城へ」
目の前の女性が説明してくれる。ふむふむ。お屋敷ってキョウのおっちゃんの家ってこと?
竜馬車が西と東を別れる門を抜けていく。さあ、貴族街だな。
貴族街を抜け、帝城の近くへと竜馬車が走る。そして、そのまま竜馬車はそれなりの大きさの邸宅へと入っていく。
これでキョウのおっちゃんの家が大きな家だったら洒落にならないと思ったけど、そこそこだな、そこそこ。俺の本社の方が圧倒的にデカいぜ。中庭もあるもんねー。貧乏貴族の屋敷って感じだな、うん。
屋敷の前で竜馬車が止まる。
「ノアルジー様、どうぞ、こちらへ」
女性の案内で屋敷の中へ。さあて、準備って何を準備するんだろうな。
―4―
ぎにゃあー。
「お待ち下さい、ノアルジー様!」
ぎにゃあー。
「従者の方もノアルジー様をお止め下さい」
ぎにゃあー。
「無理、無理、無理。俺には無理です」
俺は逃げ出した。しかし、行き止まりだった。って、何で屋敷の中に行き止まりがあるんだよ。
目の前には服を持った女性と14型。なんで14型もノリノリなんだよ。
「もう余り時間がありません。言葉遣いは無理ですが、服装だけはお願いします」
怪力の14型に捕まり、無理矢理連れられ、部屋に引き戻される。
「ノアルジー様は、そのまま立っていてください」
もう、どうにでもなーれ。
俺の上にどんどん服が着せられていく。なんで、こういう時に白竜輪は反応しないんだよ。おかしくね?
さらに髪に櫛を通され、何やら髪がまとめられ、顔にも何かべたべたと色々な色を塗られていく。顔に絵が描かれているみたいだ。
「ノアルジー様は肌が白いようなので少し色を入れます」
あ、はい。
……。
「終わりました」
しばらくされるがままになっていたが、ようやく終わったようだ。袖は大きいし、裾は引きずるような服だし、何だ、これ。
――[ウォーターミラー]――
目の前に水の鏡を生み出す。
そこには恐ろしい姿の俺が居た。
和服と中華服の中間のような麗しい着物を着せられ(高そうだ)、頭の上にはゴテゴテと髪飾りが乗っかっている。何だろう、頭の上が虫の触角みたいだ。帯きっついなぁ。いやまぁ、腰は細いんだけどさ、それを無理矢理更に細くしなくてもいいと思うんだ。
白と黒の仙女とか、そんな感じだよな。凄い動きにくい。
顔には化粧がほどこされ、瞳が大きく、そしてその頬はほんのりと赤みを帯びたような色合いになっている。
おー、何というか、神秘的というか、可愛いというか、別人みたいだな。白竜輪が肩の上を舞っているから、仙女ぽいなぁ。
これで、俺じゃなかったらな。
これで、俺じゃなかったらなッ!
「お綺麗です。これなら帝城でも見劣りすることはないと思います」
「元が良かったからですわ」
周囲に居る年配の女性たちが褒めてくれる。はぁ、さいですか。
―5―
竜馬車に乗り、帝城の中へと入る。
門を3つ抜けた所で竜馬車が止まった。えーっと、到着ですかな。この着物、すっごい動きにくいんですけど。竜馬車から降りるのも一苦労なんですけどー。
《飛翔》スキルで降りたらダメですかね。まぁ、せっかくの着物や整えた髪がボロボロになりそうだけどさ。
14型に手伝って貰い、竜馬車の外にでるとキョウのおっちゃんが待っていた。普段の冒険者の格好では無く、いかにも武官といった姿をしており、髪も整え、無精髭も剃られている。おー、そうしていると若く見えるな。
そして、俺の姿を見て、吹き出した。
「旦那、ランの旦那。いやあ、そっちの姿を初めて見た時から思いましたが、お似合いなんですぜ」
「この姿の時はノアルジで頼む。キョウ、俺を笑いに来たのか?」
別人だと思わないとやってられんよ。
「いやいや、本当に、見とれそうなくらい可愛らしいと思いますぜ、旦那」
キョウのおっちゃんがニヤニヤと笑っている。殴りたい、この笑顔。
「で、真面目な話、旦那が来てくれて助かったんですぜ」
まぁ、キョウのおっちゃんには借りがあるからな。フルールの件とか、さ。ノアルジ商会が大きくなったのもキョウのおっちゃんの力添えがあったからだしさ。
キョウのおっちゃんとともに帝城の中へと入っていく。
「旦那、八常侍が何を言っても笑って無視して欲しいんですぜ。頼むんですぜ」
ふむ。仕方ないなぁ。
俺たちが歩いていると、前方から歩いてきた官吏が口を大きく開き、その手に持っていた巻物を落とした。キョウのおっちゃんが落とした巻物を拾い、渡してあげている。
「先程の者はどうしたんだ?」
「帝城は奥の院くらいしか女官がいないから、免疫が無いんだぜ」
俺の言葉にキョウのおっちゃんが笑いながら教えてくれる。
「いや、俺、女じゃないし」
そうだよ。
「外見は、そうとしか見えないんだぜ」
はいはい、そうですね。まぁ、でもさ、男かって言われると微妙だよな。だって、何もないもん。芋虫の時も同じだけど、魔獣って性別が無いのかもしれんなぁ。トホホ。
更に帝城、奥深くまで歩いて行くと、奥から大きな笑い声が聞こえてきた。
「旦那、そろそろなんだぜ。帝国の病原菌どもの巣なんだぜ」
何だろう、宴会でもしているのかな。
「俺が先に入る、旦那は俺が合図をしてから入って欲しいんだぜ」
はいはい。合図って、何だろう。まぁ、待てば分かるか。
「それと、14型さんには申し訳ないんですが、ここで待っていて欲しいんだぜ」
何故か、キョウのおっちゃんが14型に凄い丁寧だ。何だろう、弱みでも握られているのだろうか。
―6―
騒がしい声を聞きながら待っていると小さな男の子が俺を呼びに来た。小間使いとか、そんな感じか?
「こ、ここ、こちらです」
緊張しているのか、声が震えている男の子の案内で室内に入る。中は完全に宴会場だった。俺が入ったのは、どうも裏口というか、そういう感じらしく、完全に開け放たれた広い室内には中央では着飾った際どい格好の女性が踊りを舞っており、薄い着物を着た女性が楽器を奏でている。そして、それを囲むように赤ら顔のおっさん連中が居た。座り込んで、くちゃくちゃと目の前の料理を食べ、酒を飲み、騒がしく喋っている。
こいつらが八常侍か。確かに1、2、3……8人いるな。
俺が入ってきたことでおっさん連中が手を止め、俺の方を見る。その瞬間、場が静かになった。いや、何だ。このシーンとした状況。えーっと、俺はどうすればいいんだ? 俺も真ん中のお姉ちゃんと同じように踊ってればいいのか?
「こ、これは、これは」
上座に座っている、一際偉そうなデブが口を開いた。ニヤニヤと笑って気持ち悪いなぁ。
「お前がノアルジー商会のオーナーか」
そうです。とりあえずキョウのおっちゃんが言うように笑っておくか。キモイおっさんに微笑みかける。にこにこ、ぺかー。
「いや、これは」
「聞いていたのと違うな」
「これなら綺麗どころよりも若い男を用意した方が良かったかな」
「はっはっはっは」
おっさん連中が笑っている。いやいや、男を用意されても困りますがな。って、何だ、何だ。
俺を呼び出した用って、俺を宴会に誘いたいってコトか?
「ノアルジー、座るといい」
キョウのおっちゃんが俺を呼ぶ。下座、か。ま、俺は下っ端貴族ですからねー、仕方ないねー。
俺はキョウのおっちゃんのところへと歩いて行く。いや、ホント、この格好歩きにくい。裾を踏まないか不安でまともに歩けないよ。というか、これ、モップ代わりになるよな。
「いやいや、こんな可愛い子を、ただ座らせるのは勿体ないだろう」
俺が歩いていると上座のデブがそんなことを言った。
「そうそう、これはなかなか楽しめそうだ」
「ひょっほほほ」
よし、こいつら殺そう。
――《剣の瞳》――
《剣の瞳》を使うと8人のおっさん連中は全員黄色かった。アレ? これ、真面目に殺していいんじゃね? そして、何故か、キョウのおっちゃんも黄色だった。
「お、おい、旦那」
キョウのおっちゃんは俺が取った行動の意味を理解したのか、慌てて席を立ち、俺の手を引っ張った。
「頼むんだぜ」
仕方ないなぁ。でもさ、キョウのおっちゃんも無理して、こんなおっさん連中に従わずに皆殺しにすればいいのにね。って、俺の発想が怖いな。
「まぁまぁ、皆さん、今日はこれからゼンラ帝も来ます。余り羽目を外しすぎるのは……」
上座のデブがひょっほひょっほと笑っていながら、そんなことを言った。おいおい、ゼンラ帝って帝国のトップだろ? トップが来るのに、こんな感じなのか? 今日は無礼講とか、そんな感じか?
俺が確認しようとキョウのおっちゃんの方を見ると、おっちゃんは苦い顔で八常侍を見ていた。
なるほど、な。
2021年5月5日修正
無視しして欲しいんですぜ → 無視して欲しいんですぜ
2021年5月10日修正
お、矢筒ごと格納 → お、矢ごと矢筒を