6-24 セイン診療所
―1―
薄暗い道を戻っていく。厳ついおっちゃんはクラスモノリスがあった場所で何か作業でもあるのか、「先に行っていろ」と言われてしまったので1人黙々戻るのだ。
と、そうだ。せっかく暗視スキルがあるんだ。取得して使ってみよう。
【《暗視》スキルを獲得しました】
【《暗視》スキル:常時発動。暗闇でも見えやすくなる】
あ、これ常時発動なんだ。てっきりスキルを発動したら周囲が明るく見えるようになるとか、暗視ゴーグルを付けたみたいに見えるようになるのかと思ったんだけど、うーむ。
俺は周囲を見回す。うっすらとだが明るくなった気がする。何だろう、輝度が少し上がったみたいな感じだね。凄い微妙だ。
これ、スキルレベルを上げたら変わるんだろうか。いや、でも常時発動だとなぁ。常に発動しているから、上げすぎて周囲が明るくなりすぎて困る、みたいになったら嫌だなぁ。
これ、上げるのをちょっと悩むなぁ。
そんなことを考えながら歩いていると、俺はいつの間にか丸テーブルが置かれた最初の部屋に戻ってきていた。カウンターには3姉妹の姿も見える。何やら雑談しているようだな。
と、そうだ。せっかくだから試してみるか。
――《剣の瞳》――
周囲に波が広がる。3姉妹は当然、青だ。その他のテーブルに座っている人たちも青だな。って、アレ? 天井の方にも反応がある。黄色の人と青い人が半々くらいか? 天井で何をやっているんだ?
「おかえりー。って、あれ? あれあれあれ? もしかして芋虫ちゃん、ふふーん」
上を見上げていた俺に短髪少女が声を掛けてきた。えーっと、キャッツルガだったか。
キャッツルガはカウンターの椅子から飛び降り、俺の方へと駆けてくる。そして、何かを観察するように俺の周囲をクルクルと回る。
「ふふーん。で、下水の芋虫さんは、これからどうするんだぜー」
ま、治癒術士のクラスを取得に行くかな。
『治癒術士のクラスを取得しようかと思う』
「へ? 今日これから? せっかく、あ……探求士のクラスを得たのに?」
『ああ』
俺の天啓を受け、キャッツルガが腕を組み考え込む。
「以前の紫炎のバーンみたいに複数のクラスが持てるのかなー?」
ふむ、やはりバーン君も複数のクラスを持てたのか。しかし過去形か。となると、今は随分と苦労しているだろうなぁ。
「まぁ、詮索しないよ、詮索しないんだぜー。良かったら案内するよー」
短髪少女がにししと笑っている。
「あ、上のお姉ちゃん、逃げるつもり?」
「逃げない、逃げない、逃げないんだぜー。2人で充分でしょー」
「面倒だからって、酷いじゃん」
「さ、下水の芋虫くん、行くんだぜー」
短髪少女が俺を引っ張っていく。
―2―
薄暗い路地裏から表通りに出て、人の多い道をそのまま歩いて行く。たびたび、俺の姿を見た人たちが衝撃を受けたかのように足を止めるが、特に問題はないようだ。
「せっかくだから、ゆっくり歩きながら探求士について説明するんだぜー」
『助かる』
そうそう、探求士のことも聞いておかないとな。
「初級鑑定は物の名前や価値がわかるんだぜー。後は宝箱に使えば5割くらいの確率で罠が分かるよ。商人の中には初級鑑定のスキルが使える、眼鏡? って物を着けて代用している人もいるらしいんだぜー。ま、余り要らないスキルだよねー」
ふむふむ。まぁ、俺の場合は中級鑑定があるからなぁ。ホント、要らないよね。
「探知はあると便利。使えば迷宮内の罠が発見出来るよ。ま、近くにあるものだけしか見つけられないけどさ。それにこのスキルを4まで上げると解除って名前の罠を解除できるスキルも手に入るんだぜー。オススメ」
短髪少女が後ろ向きに歩きながら俺に指を突きつける。オススメ、ね。まぁ、今まで罠の解除が出来なかったんだから、誰に頼らなくても解除できるようになれば便利か。
「探索は探知と似ているんだけど、周囲の人や物の位置が分かるのと、頭の中に地図が書けるね。これがあれば迷わなくなるんだぜー。似たようなスキルが狩人にもあるって聞いたことがあるんだぜー」
あったか?
「暗視は暗闇でも昼間のように見えるスキルなんだぜー。探求士の派生クラスと相性がいいから取っておくのオススメ。最初は夜でも明るくなるから大変だけど、慣れたら調整が効くようになるから早い段階で取得してならすといいんだぜー」
な、なるほど。一応、調整出来るのか。まぁ、常時発動なのに調整出来なかったらクソスキルだもんな。
「と、着いたんだぜー。ここがセント診療所なんだぜ」
短髪少女が振り返った、俺の視線の先には白い建物がそびえ立っていた。意外と大きいな。ちょっとした体育館くらいはありそうだ。うーむ、もっとこぢんまりとした建物を想像していたよ。
「私は、ここ、苦手だから帰るんだぜー」
診療所って病院みたいなモノか。そりゃまぁ、苦手な人もいるよな。
「じゃ、またねー。下水の芋虫に剣の血族の加護を」
はいはい。またねー。
と、それじゃあ、中に入りますか。
―3―
「待ちなさい!」
その強い声が掛けられたのは、俺が白い建物に入った瞬間だった。
俺の目の前には何処かで見たことのある仮面をかぶった分厚い辞書のような本? を握りしめた男が居た。男が邪魔で中の様子を見ることは出来ない。あの仮面、何処で見たんだろう。随分と前に見かけた覚えが……。うーん、思い出せないなぁ。
「ここはセント診療所。お前のような姿の者が来て良い場所では無い」
目の部分だけが開いた銀色の仮面の男が鋭い眼光でこちらを睨んでいる。お、俺のコトか?
「が、払う物を払えば傷の治療くらいはしてやろう」
って、金を取るのかよ。いやいや、そうじゃなくて、俺は傷の治療に来たわけじゃないんだからな。
『いや、治癒術士のクラスを取得しようと思ってきたのだが』
俺の天啓を受け、目の前の銀仮面の男が笑い出す。
「くくく、治癒術士のクラスは女神教団の敬虔なる信徒にしか取得させることは出来ない。ましてや、お前のような姿の者に取得させるわけにはいかない」
何だよ、何だよ。外見で差別するんじゃないぜ。仕方ない、ここは奥の手を出すしかないな。
『お金なら出すが?』
そう、買収するんだよー。
「お前が、か? 女神様へのお布施なら有り難く貰おう。お前たちは女神様に感謝をし、その得た日々の糧を女神様に還元する必要があるからだ」
い、意味がわからない。こういうのってアレか、狂信者とか、そういう類いの人たちなのか?
何だろう、話にならない感じだ。
――《剣の瞳》――
目の前の銀仮面の男は青かった。これでも青なのか。仕方ない、治癒術士は諦めるか。まさか、こんな狂信者の居る宗教団体の中に治癒術士のクラスモノリスがあるとは思わなかったもんなぁ。
帰ろう、帰ろう。変に絡まれる前に帰ろう。
「待ちなさい!」
俺が帰ろうとした所で銀仮面の男に呼び止められた。今度は、何? やっぱり治癒術士のクラスを取得させてくれるのか?
「お布施を置いてから帰りなさい。お前たちのような者が、今、生きてられるのは、全て女神様のご加護があってこそです。それに感謝し、その気持ちを表すのです」
……。
……。
ばっかじゃねぇの。
知ったこっちゃねぇ。
――《飛翔》――
《飛翔》スキルを使い、一気に飛び立つ。
――《転移》――
そのまま《転移》スキルを使って本社に帰ることにした。はぁ、治癒術士は諦めよう。ま、今でも回復魔法は使えるからな、取得する意味なんて余りないもんねー、ッだ。
さあて、後は気持ちを切り替えて八常侍とやらに会う準備をしようかな。それまでの日数、蟻でも倒してMSPを稼いでもいいな。
うん、そうしよう。