6-20 やれやれだぜ
―1―
お爺ちゃん猫の案内で地下へと降りていく。
「ミカンのことは聞きました。あやつはあやつで自分の道を見つけたようですな」
お爺ちゃん猫が笑っている。ふむ、スイロウの里のユウノウさんにはミカンがどうなったかは伝えていたからな。それが巡り巡ってお爺ちゃん猫のトコロまで伝わったのかな。
今もミカンはホーシアで女王の護衛として頑張っているんだろうなぁ。1年経ってるけど、まぁ、そこは変わんないだろうね。後でファット君にでも聞いてみるかな。あー、でもファットってうちの商船の護衛をしているんだったか。戻ってみたらファットが居ない可能性もあるか。
階段を降りた先には以前と同じようにクラスモノリスが静かに佇んでいた。
「ファー様とラン殿、2人の星獣様が守った石碑です」
いや、俺、何も出来なかったんだよな。でも、今なら、今の俺の力なら、あの魔族が襲撃してきても返り討ちに出来るはずだ。
あの時は赤のレッドカノンに手も足も出なかった。でも、今の俺はアイツよりも強力な魔族、ブラックプリズムを退けているんだ。今度は、勝つ――勝てるはずだ。
まぁ、また復興したフウキョウの里が襲撃されたら洒落にならないんで、フラグが立ちそうなことを考えるのは止めよう。こういうのって考えると起きちゃう場合が多いからなぁ。
まずは侍のクラスを再取得しよう。うー、侍、侍。
侍のクラスモノリスに触る。
【基本クラスの侍を取得しますか? Y/N】
もちろんイエスで。
【侍を取得しました。内容はステータスプレートをご確認ください】
俺がステータスプレート(螺旋)を確認すると、クラスの項目にしっかりと侍が取得されていた。と、一から侍をやり直しか。ま、一度捨てたクラスだもんな、これは仕方ないか。
さあて、無事に侍も取得出来たし、今日はどうしような。迷宮都市の冒険者ギルドに向かって迷宮都市で取得出来るクラスを確認するか。
「さて、ラン殿はこれからどうされますかな? 良ければ長屋の方で食事でも用意させますが」
お爺ちゃん猫が聞いてくる。うーん、食事かぁ。でも、ちょっとなぁ。迷宮都市に行くって決めたから、食事はそっちで取りたいんだよなぁ。
『いや好意は嬉しいが、遠慮させて貰う。すまぬ、忙しい身なのだ』
そうなのだ。
「なるほど。星獣様には無理を言ってすみませぬ。またご縁があれば」
『ああ、すまない』
―2―
――《転移》――
お爺ちゃん猫と別れフウキョウの里を出た所で迷宮都市へと飛ぶ。ぴょんぴょん飛んじゃうぜ。
そのまま城内、西の中庭に降り立つ。よし、今日も誰も居ないな。ホント、バーン君との鉢合わせとかだけは勘弁して欲しいからな。
さあて、まずはお昼ご飯を食べに行ってみますか。さすがに今日は自分のところの食堂に行くぜ。
――《飛翔》――
何度か《飛翔》スキルを使い、迷宮都市の冒険者ギルドまで飛ぶ。さあて、まずは食事だな。
冒険者ギルド前から試練の迷宮側へとすたこらさっさと歩く。そして、すぐに見えてきたノアルジ商会の食堂に入る。
「ちょっと、ちょっと!」
俺が食堂の中に入ったトコロでカウンターの向こうから大きな声が発せられた。
「どこの冒険者? テイムした魔獣を店内に入れないでください。他の方の迷惑になります」
む?
もしかしなくてもテイムした魔獣って俺の事か?
「ちょっと、誰です?」
カウンター向こうのお兄ちゃんがキョロキョロと見回している。うーん、そんな風に探されても俺の飼い主なんていないぞ。
「あ、下水の芋虫さんじゃないですか!」
そこでカウンターに座っていた1人の若い冒険者が立ち上がった。
「お久しぶりです」
その2つ隣横に座っていた犬頭の少女が、こちらを見て頭を下げる。えーっと、誰?
「お兄さん、迷宮都市に来たの最近?」
カウンターに座っている、立ち上がった若い冒険者の隣に座っているとんがり帽子をかぶった少女が店員のお兄さんに話しかけていた。
「あの人は下水の芋虫って呼び名がついている熟練の冒険者よ」
いや、あのー、その呼び方、凄い、微妙です。
「下水の芋虫さん、僕はハリーって言います。以前、下水で助けて貰ったことがあるんです。覚えてませんよね」
そう言いながら冒険者の男の子が頭をぽりぽりと掻いていた。うーん、覚えがない。無いけど、そんなことがあったのかなぁ。
「いや、どう見ても魔獣……」
そんなやり取りの間も店員のお兄ちゃんは俺の方を見て対応に困っていた。何というか、何だろう。ここ、俺の店なんだけどなぁ。
『こんな武装した魔獣はいないと思うがな』
そうだよ。こんな完全武装して直立して動く芋虫が居るかよ。絶対居ないよー。
「え、魔獣が……喋った?」
店員のお兄ちゃんが驚いている。
「だから言ったでしょ! 熟練の冒険者だって!」
「ここは様々な種族が集う迷宮都市ですよ、神聖国とは違いますわ」
「そうです」
「いやあ、今度、槍技教えて下さい」
この魔法使いの少女と法衣を着た少女、剣と盾を持った犬頭の少女、槍を持った冒険者の男の子は同じパーティなのかな。
しかしまぁ、自分の店で出入禁止的な扱いを受けそうになるとは思わなかったよ。これは後でユエにでも言って何か全店に通達してもらうようにしないとダメか。帝都だけではなく、この迷宮都市でも、俺は有名になっていたと思ったんだけどなぁ。まぁ、1年のブランクがあるし、仕方ないか。
『それとな、真面目な話、自分はノアルジ商会のオーナーもしているのだが』
俺がサイドアーム・ナラカで首から提げている貴族の指輪をかざしながら、天啓を飛ばすと店員のお兄ちゃんはみるみるうちに青くなっていった。
「いやいや、冗談ですよね?」
答えはノーだぜ。
『そうだと良かったんだがな』
「いやいや、でもノアルジー商会のオーナーは帝国貴族の少女って噂が……」
そんな噂が流れているのー? う、うーん。何て言おう。
『身内だ』
そ、そうだよ。身内、身内。
「魔獣の?」
だから、魔獣じゃないって。
『自分は星獣様だ』
星獣「様」だからな! えらいんだぜー。
『余り疑われても困るが、後日、自分がオーナーだという証明でも持ってくれば良いか?』
俺の天啓に店員のお兄ちゃんが青い顔のまま必死に首を横に振っていた。
『そろそろ食事をしたいのだが、良いか?』
いやあ、ホント、普通に昼ご飯を食べて冒険者ギルドに行こうと思っていたのに、何というか面倒なコトになったなぁ。
「下水の芋虫さん、僕の隣に座ってください」
槍を持った若い冒険者がそんなことを言ってくれる。が、隣に座っていた少女たちはまったく動こうとしなかった。いや、隣、座れないじゃん。ま、まぁ、俺の体型だと座るの大変だしー、立ったままでも困らないしー。
「にしても、帝国の貴族をやっていて、しかも、ここのオーナーだったんだ。凄いなぁ」
若い冒険者は、のんきにそんなことを言っている。
「帝国は、下水の芋虫さんのような姿の方でも、すいません、貴族になれるんですね。神聖国と違って羨ましいです」
「だよね、だよね。神聖国は、ちょっとね……」
2人の少女が冒険者の男の子を挟んで会話している。そして犬人族の少女は2人の少女の会話に参加せず、静かに食事をしていた。
『すまぬ、ラーメンと焼き肉を頼めるか。それとな、自分もこの姿だ、誤解するのもある程度は仕方ないと思う。以後、気をつけてくれればいい。仕事を頑張ってくれ』
とりあえず青い顔になってるお兄さんにフォローしておく。まぁ、知らなければ誤解するのも仕方ないよな。うんうん。俺は許すんだぜー。でも、次は無いんだぜー。