6-12 商売のギルド
―1―
「では、ユエ、俺は外で待っているから用事が済んだら呼んでくれ。焦る必要は無いぞ」
「は、はい」
後はユエに任せたら大丈夫だろう。ちょっとね、時間がヤバいんですよ。
俺はふかふかの椅子から立ち上がり、羽猫とともに部屋の外に出る。よっこらっしょっと。
エントランスに戻ると見知らぬおっさん連中が集まってきた。
「ノアルジー商会のノアルジーさんですな。アブラーゲ商会のゲルゲと言います。うちでは主に採掘をやっているので、鍛冶をやっているノアルジーさんにはメリットがあると思いますよ」
「それなら、うちは、この迷宮都市の野菜関係の食材を扱っているから、関係が深いだろう」
「いやいや、神国からの小麦はうちが最も多いんですよ」
えーっと、わぁわぁ、がやがやとうるさい。何なんだ、このおっさん連中は。
「商業ギルドだからな、どうしても商機には群がるものよ」
商業ギルドの入り口の方から、何処かで聞いたことのある大きな声が聞こえた。それに併せて、俺を取り囲んでいた、おっさん連中が波が引くように一斉に離れ、ひざまずいた。へ? な、何だ。
「ふむ、時折見かけたと噂の少女のような冒険者、その正体がノアルジー商会の主だったか」
そこに居たのは獅子頭のヤズ卿だった。
「ヤズ卿か、なんでここに」
「ほうほう。なるほど、なるほど」
獅子頭が何かに納得したように顎髭をいじりながら頷いている。
「俺の都市の商業ギルドに俺が居て、何かおかしいかな?」
獅子頭のヤズ卿が片眼を閉じてこちらを見る。
「いや、おかしくないな。ヤズ卿はヤズ卿の用事を済まされたら、いい」
俺は開かれたおっさんの道を歩き、ヤズ卿の横を抜けようとする。と、そこでヤズ卿から声が掛けられた。
「ノアルジー、お前がやったことは偉大だ。この迷宮都市と帝国への道を復活させたのだからな。だが、帝国の貴族は、お前自身が身をもって知っているだろうが、綺麗な者達ばかりではない。道が開いた意味を考えるといいぞ」
いや、知らねぇっすよ。何だか、俺の功績になってるけど、別に俺がやったわけじゃないからな。そこを突っ込まれてもなぁ。それに、俺、余り帝国の貴族のこと知らないです。知っているのって言ったら、キョウのおっちゃんに闘技場を経営しているフロウくらいか。あー、後は闘技場で会ったよく分からん娘さんも居たな。
まぁ、俺には余り関係がないもんな。あ、でも、今度、八常侍とやらには会うのか。めんどいなぁ。
―2―
商業ギルドを出た所で物陰に隠れる。さあて、と、もう余り時間も無いから、この辺をちょろちょろと探索して時間を潰しますか。ま、ユエに動きがあったらパーティを組んでいるからすぐに分かるしね。
少し歩き回った所で《変身》スキルの効果が切れた。光輝き、元の芋虫の姿に戻る。はいはい、儚い夢、儚い夢。
俺が元の姿に戻ったからか、羽猫が俺の頭の上に飛び乗る。いや、だから、俺の頭の上はお前の特等席じゃねえんですぜ。
砂竜船や、その積み荷にどんなモノがあるかを調べて時間を潰していたら、ユエに動きがあった。さ、戻りますか。
――《飛翔》――
《飛翔》スキルを使い、灯台へと戻る。日が落ちたからか、灯台には火が灯っており、周囲を赤く照らし出していた。
『ユエ、遅かったな』
「ら、ラン様!」
ユエがこちらの姿を驚いたように見ている。そのまま上下に首を動かし、俺の頭の上から足下まで確認している。いや、俺は俺だけど。
「あ、はい。ミラン商会との商談はすぐに終わったのですが、せっかく迷宮都市まで来たので、こちらのノアルジー商会の支部に指示を出していました」
はー、ユエさんは有能だねぇ。
『ユエ、ちょっと良いか』
俺はユエに天啓を飛ばし、事前に確認していた港にあるベンチへと案内する。おー、ここからだと凍った砂漠がよく見えるなぁ。
「ラン様、お話とは?」
ユエがベンチに座る。俺はこの体型だから、立ったままだぜ。
『ユエ、今回は相手が相手だから、潰す方向で終わったが、出来れば現地の商会とは揉めたくない』
そうなんだよなぁ。ミラン商会のおっさんは潰す方向でも心を痛めない感じの人だったけど、俺は出来れば仲良くやりたいんだよな。
「しかし、それが商売だと思うのですが。私は、弱いもの、商才がないものは淘汰され、大きなものに飲まれていくと思っています」
ま、確かにそうなんだろうけどさ。
『それでも出来れば仲良くやりたいのだ。地元の商会は、その土地、人と結びついている場合がある。荒げることはない、協力し大きくなるのが一番だと思うのだ』
俺の天啓にユエが小さく頷く。
「そうですね。ラン様の言われることは難しいですが、挑戦のし甲斐はあると思います……」
『まぁ、無理な時もあるだろうが、そういう方針で頼むってことだ』
「分かりました」
今度はユエが大きく頷く。
『で、商業ギルドと商会について教えて貰ってもいいか?』
その後に続いた俺の天啓にユエがベンチからずり落ちそうになっていた。いや、だってさ、良くわかんないんだもん。
「ら、ららら、ラン様。今まで知らずに対応していたのですか?」
えーっと、なんとなくは分かっていたよ。なんとなくは!
「商業ギルドは商売をする上で大元になる寄り合いです。ここで承認された商会以外は商売が出来ません。仲裁したり、話をまとめたりする者は居ますが、正確には商業ギルドという運営者がいるわけではなく、全ての商会のオーナーが決定権や拒否権を持っており、その多数決によって決まる、全ての商会のオーナーが商業ギルドを運営しているとも言えるものになっています」
ふむふむ。冒険者ギルドみたいに、そういう団体が居るわけじゃないのか。いや、まったくゼロで団体として運営出来るわけがないんだから、ある程度はまとめ役やフリーの人材も居るんだろうね。
「商会のオーナーは多くが貴族や富豪などの出資者となり、その下に実際に商売をしている者達が居ます。この商業ギルドのエントランスに集まっていた者達は、そういった実際にお店を運営したり、商売をしている側ですね」
なるほど。そんな感じなんだ。
「オーナーたちは、お金を投資し、人材やお店を確保します。そして、その下についた者達が儲けを出して、オーナーに還元します」
パトロンみたいな感じになるのか? なら、今の俺の立場も、そう間違っていなかったのか。
って、ことはさ、ここって、自分の店を作るぞーって思っても作れない世界なのか。まずは商業ギルドに行って許可? それとも庇護してくれそうな商会のオーナーを探す? って感じなのか。
ホント、俺、何も知らなかったんだなぁ。
2016年5月9日修正
ユエが椅子からずり → ユエがベンチからずり
この冒険者ギルドの商業ギルドの → この商業ギルドの