6-11 商談成立です
―1―
冒険者ギルドの前に着地する。俺の後を追うようにユエを乗せた羽虎が降り立つ。さあて、中に入りますか。ここも大きな冒険者ギルドだよな。4階建てぽいもん。
「中で聞いてくる、2人は待っていてくれ」
2人ってのはもちろん、羽虎のエミリオとその上で猫のように丸くなっているユエだ。
「たのもー」
俺が冒険者ギルドの中に入ると、すぐに羊角のお姉さんが駆けてきた。そして、アラって感じで首を傾げている。
「どうしたのだ?」
俺が聞くと羊角のお姉さんが不審そうな目でこちらを見てきた。え、えーっと、俺、何かしましたか?
「下水の芋虫さまの気配を感じた気がしたんです」
いやいや、気配って何ー。
「ああ、すいません。ようこそ、迷宮都市リ・カインの冒険者ギルドへ。本日のご用件は何でしょう。何かの依頼ですか?」
いやいや、自分も冒険者だからね。この姿だと冒険者に見られないのか? それとも何か他の理由があるんだろうか。
「すまない。冒険者ギルドに用があるわけじゃないんだ。商業ギルドの場所を聞きたい」
「あら、迷子さんですか?」
いや、違うんだけど、いや、もう、それでいいや。どうにでもなーれ。
「お嬢ちゃん、それなら俺が案内しようか?」
近くに居た冒険者さんが気さくに声を掛けてくる。
「いや、連れもいるからさ、場所を教えてくれたら、それでいい」
そうなのだ。それでいいのだ。
「ちょっと待って下さいね。地図を描いてきます」
羊角のお姉さんがカウンターの向こうへと駆けていった。慌ただしいなぁ。でも、地図を描いてくれるのは助かるな。
何だかよく分からない、見知らぬ冒険者の自慢話を聞きながら、待っていると羊角のお姉さんが1枚の紙を持って戻ってきた。ふむ、こっちも紙があるのか。貴重品ってワケじゃないんだな。
「お嬢さん、どうぞ」
羊角のお姉さんから1枚の紙を受け取る。余り綺麗な地図ではなく、大体の場所が分かる程度の内容だ。なるほど、港の方側か。これなら一度行ったことがあるし、《飛翔》スキルで一瞬だな。
「お代はどれくらいに?」
俺が聞くと羊角のお姉さんが手を振った。
「困った時はお互い様ですよ」
おー、いい人だわぁ。
「わかった、有り難く貰っておくよ。何か困ったことがあったらノアルジ商会に言ってくれ。俺、そこのオーナーやってるからさ、力になるよ。じゃ!」
俺は羊角のお姉さんにシュタッと手を挙げ、そのまま冒険者ギルドを後にする。
―2―
「ユエ、場所が分かった。残り時間も少ないから、サクサクと行くぞ」
俺の言葉に羽虎が頷く。お前は、お前でどれくらいの時間、大きくなれるのか分からないしな。
じゃ、行きますかッ!
――《飛翔》――
《飛翔》スキルを使い砂漠の港へと飛ぶ。しばらく飛ぶと大きな砂竜船の姿などが見えてくる。厳つい男連中が砂竜船からの荷物を近くの倉庫へと運んでいる、その上を飛び、近くの灯台に降り立つ。
さあ、ついたぜ。
「ユエ、この灯台の中が迷宮都市の商業ギルドだ。後は頼む」
俺の言葉を受け、羽虎の上で丸くなっていたユエが、もぞもぞと動き出す。そのまま羽虎の上から恐る恐ると下に降りる。
「ノアルジー様、帰りもこれでしょうか」
帰りがこれの意味は分からないが、帰りは《転移》で一瞬だよ。
ユエとともに商業ギルドの中に入る。羽虎も、もとの羽猫サイズに縮み、俺の横を並ぶようにふわふわと飛んでついてくる。こいつ、空が飛べるなら最初からやればいいのに。今まで、なんで俺の頭の上を指定席にしていたんだ。
「行ってきます」
ユエが並んでいるカウンターの1つに向かう。うんじゃ、ユエに任せて俺は待ちますか。
俺が立って待っていると、カウンターから女性が現れ、個室に案内された。
「ノアルジー商会のノアルジー様ですね、こちらでお待ち下さい」
はーい、待ってまーす。
ふかふかの椅子に座って待っていると、女性が飲み物を持ってきてくれた。おうおう、行き届いているねぇ。でも、個室に案内されているの俺だけぽいんだけど、何でだろう。他の商人さんたちは普通にエントランスで立ったまま商談したり、会話したりしていたようだったんだけど、うーむ。
ま、こっちの方がくつろげるし、ゆっくり待ちますか。羽猫も俺が座ったふかふかの椅子の横で丸くなっていた。
しばらく待っているとユエがやって来た。
「話がつきました。向こうのミラン商会のオーナーが来ます」
ふえ?
「ちょうどミラン商会のオーナーも商業ギルドに来ていた所だったようです。タイミングが良かったです」
ふむ。で、会ってどうするのかね。俺、ユエに任せっきりだから、ノープランですよ。
ちょっと苦いお茶のような飲み物をユエと飲んで待っていると、恰幅のいい脂ぎったおっさんが駆けてきた。
「ここにノアルジー商会のオーナーが来ているということだが」
おっさんが顔の脂を服の袖でぬぐっている。あー、高そうな服なのに、汚いなぁ。
「居るのは、使用人に小娘だと」
あー、何だろう。凄く小物ぽい。この人が酒場のオーナーや料理を作っているおっちゃんの上なのかぁ。何だろう、イメージと違う。
「人を見かけで判断すると商機を逃すと習わなかったのかな?」
俺は足を組み直し、腕を机の上に乗せる。威嚇を兼ねて背中の粒子のような羽を伸ばしてみる。ばっさばっさ。
「な、な、な」
脂ぎったおっさんがこちらを見て震えている。よく見ればユエも驚いたようにこちらを見ている。
「て、天竜族の方でしたか。こ、これは申し訳ありません」
脂ぎったおっさんが焦ったように顔の脂をぬぐっている。いえ、違いますが。何か勘違いした?
「では、ミランさんが経営している食堂についての話なんだが……それより座ったらどうだい?」
脂ぎっているおっさんがひっきりなしに頷きながら席に着く。さあて、商談開始だね。
「え、ええ、ええ。ノアルジー様、話が違いますよ。あれは酷いです」
まずは脂ぎったおっさんが口を開いた。いや、何が酷いかわかんないでーす。というか、だね、俺が関与していない時のコトだから、ホント、分かんないんだってばさ。
「こちらの伝達ミスだ。その事についてはすまないと思っている。けどさ、こっちも商売して問題ないって許可を貰っているわけだからさ、それで続けられなかったのはミランさんの商才が無いからじゃないのかな?」
いや、俺も喧嘩を売りたいワケじゃないんだけどさ、こう、何だろう、このおっさんのネチッとした視線を見ていると言わずにいられないというか……うん。
「いやあ、おっしゃるとおりです」
何だろう、凄くねちょっとした視線が怖いです。
「ですが、うちも冒険者からの儲けを見込んで場所まで取っていたわけですから、それを横からと言うのは」
まぁ、食堂としてはベストな場所だったもんね。
「ノアルジー様、例の食堂はミラン商会の儲けの3割は担っていたようです。しかし、今では採算が合わない状態で切り離すことを考えているとか」
ユエが横から教えてくれる。へー、3割って凄いね。ならば、よし。
「儲からないというなら、俺が、その食堂を買い取ろうと思うが、どうかな?」
俺の言葉に、ミランは殴りたくなるようなゲスな笑顔で応えてくれる。
「ほうほう、それは、それは」
ホント、気持ち悪いなぁ。
「ユエ、どれくらいが相場になる?」
「現状を見れば400かと」
400ってどれくらい? 高いの安いの?
「うちのお店も安く見られたものですなぁ」
「採算の取れていない食堂を400ですよ。本来ならば多すぎるくらいです」
ユエが教えてくれる。
『ユエ、うちが出せる余裕はどれくらいだ』
ユエに限定して、こっそりと天啓をとばし確認する。
「その百倍です」
ふえ。桁が違った。
「ミランさんよ、正直、どれくらい欲しいんだ?」
こういうのは相手に聞くのが一番だね。どうせ、このネチャっとしたおっさんは、こっちの足下を見て馬鹿みたいな数字を言うんだろうけどさ。
「そうですなぁ……」
脂ぎったおっさんが汗をぬぐいながら、こちらを観察するようにチラチラと見てくる。はよ、言え。
「800……いえ、1,600ですな!」
本当に足下見てきたー。多めに見積もった相場の4倍かよ! このおっさん、俺が買い取らなかったら、どうするつもりだよ。それだけ俺が買うって確証があるのか。
「ノアルジー様、この商談は降りましょう。話になりません」
ユエが片眼がねをクイッと持ち上げる。
「1,600で構わんよ。その代わり、こちらのやることに一切口を出すなよ。ユエ、後のことは任せた」
「え、ランさ、……ノアルジー様?」
ユエが驚いたように立ち上がる。
「私は聞きましたからな! 後で何を言っても聞きませんぞ」
はいはい。これで、この件は解決。
いやぁ、あそこのおっちゃん連中には悪いことをしたかなぁ、と思ったけど、上が、こんな感じで良かったよ。いい人ぽかったら心苦しかったもんね。
解決、解決。
問題はサクサクッと片付けるに限る。