6-8 心にくるお話
―1―
――《転移》――
《転移》スキルを使い、迷宮都市にある王城の西の中庭に着地する。うん、一瞬だぜ。帝都から迷宮都市まで結構な距離があるはずなのに、ホント、一瞬だなぁ。うん、便利、便利。
と、さあて、迷宮都市も見て回るかな。まずは、いつもの食堂兼酒場だな。ハゲのおっさん元気にしているかなぁ。うん? そういえば、ポンちゃんも禿げちゃっていたよな。も、も、も、も、もしかして、この世界って料理人になると禿げるのか? そうなのか? お、俺は絶対に料理人にならないぞ、それなら、ならないぞ!
にしても、どうしようかな。普通に門から外に出るか? いや、でも王城の中を通るのも面倒だしなぁ。普通に《飛翔》スキルで飛ぶか。うん、その方が手っ取り早いぜー。
俺が西の中庭の中心で、そんなことを考えていると何かが凄い勢いで駆けてきた。その駆けてきた見覚えのある何かには、やはり見覚えのある人がぶら下がっていた。
「ちっ、おい、やっと来やがったかっ!」
「お、おい、バーン、落ち着けって」
ぶら下がっている人が必死に、その見覚えのある何かをなだめている。どうどう、大変だねぇ。
「ちっ、何処に行ってやがった!」
シラネ。
そこに居たのはバーン君だった。相変わらず俺様キャラだなぁ。鬱陶しいことこの上ないです。
「あの時、俺を助けたのはお前だろっ! ノアルジー!」
へぇへぇ。
「バーン、お前、まだ力を取り戻している途中なんだから、無茶するなって」
バーンの腰にくっついているのはレーン君か。君も大変だなぁ。
「いいや、コイツを、今を逃したら、何処まで逃げられるか分かったものか!」
バーン君がレーン君を引き摺りながらこっちへと歩いてくる。コレ、何かのコントか。にしても、バーン君がちょうど王城にいる時に降り立つとか、何だろうな、コレ。悪意を感じるぜー。
「お前の、お前のせいで『名も無き王の墳墓』を攻略したのは俺ってことになってるんだぞ!」
あー、そういうコトになったのか。そっかー、って、そうだよ!
俺、『名も無き王の墳墓』を攻略したじゃん。その時によく分からない杖とスキルツリーゲットしてるじゃん。色々あって、確認を忘れている! もう、俺はホント、駄目なヤツだなぁ。まぁ、後で確認しておこう。
「おい、ノアルジー聞いてるのか! ちっ! それに、あの下水の芋虫はどうなったんだ!」
うん? あー、そうか。バーン君は俺と俺が同一人物だって知らないのか。俺と俺は同一人物――当たり前だよなぁ。
「無事だ」
「ちっ、そうかよ」
なんだかんだでバーン君はいい奴なのか? まぁ、面倒臭い性格しているけど。うん、面倒だよな。これ、そのまま《飛翔》スキルで逃げたらダメなのかなぁ。いや、何だろう、その時はレーン君に撃ち落とされそうな気がするぞ。バーン君と出会ったのもレーン君に撃墜されてだしなぁ。
うーむ、どうしよう。
ホント、面倒だ。
【[ディスオーダー]の魔法が発現しました】
うん? このタイミングで? えーっと、効果はなんじゃらほい。
赤い瞳で習得した魔法の流れを読み取る。ふむふむ。対象を混乱、思考制御する闇属性の魔法か。怖ッ! ちょー怖い魔法だよ。ナイトメアの魔法といい、闇属性は怖い魔法しか揃っていないのかよッ!
――[エルディスオーダー]――
と言うことで、さっそくバーン君たちに魔法を掛けてみた。
「おい、聞いているのか! ちっ、これだから」
バーン君が見当違いの方向に叫んでいる。おー、おー、効いた、効いた。Aランクの冒険者だから無効化されるかと思ったら、普通に効いたな。
というわけで。
――《飛翔》――
ばいばーい。おさらば、さっさだぜー。
にしてもバーン君たちが元気そうで良かったな。
―2―
《飛翔》スキルの勢いのまま、食堂の前に着地する。ずさささっとな。《飛翔》スキルの効果時間も延びてきたな。途中、1回の休憩で到着出来るんだもん、上出来、上出来。
「おっちゃん、お邪魔するぜー」
俺は中へと声を掛けながら、食堂の中に入る。
食堂の中には誰も居なかった。あれ? 今、飯時だよな? 間違っていないよな? そ、そう言えば、普段だったら、外でズースの肉を焼いたりしてるよな。どどど、どういうこと。
「おっちゃーん、居ないのかー!」
俺がもう一度、大声で呼びかけると、奥から、のそりとバンダナをしたスキンヘッドのおっさんが現れた。
「何だ、嬢ちゃんか。久しぶりだな」
おうよ。
「飯を食いに来た」
俺の言葉にスキンヘッドのおっさんがニヤリと嬉しそうに笑い、そして大きくため息を吐いた。
「それは嬉しいな。だけどよ、今は夜の酒場しかやってないんだよ」
へ?
えー、いやいやいや、どういうこと? 1年前は凄い繁盛していたじゃん。俺、真剣に引き抜きを考えていたくらいに繁盛していたじゃん。
「何があったんだ?」
「ああ、嬢ちゃんは知らないのか」
はい、知りません。
「この近くによ、ノアルジー商会って所の食堂が新しく作られたんだよ。そっちに客を全部取られて、このザマよ」
へ?
「まぁ、向こうは酒場はやらないみたいだから、夜の酒場をやって細々と続けているような状態よ。まぁ、これも時代の流れってヤツだな」
スキンヘッドのおっちゃんが、そう言って寂しそうに笑った。え、えーっと、えーっと、これは、いや、その、あのー、俺、凄い、反応に困るんだが。
うにゅうにゅうにゅ。どうしよう。
いや、マジで考えがまとまんない。俺はノアルジ商会のトップだから、俺が言えば、ここのノアルジ商会運営の食堂を潰すことは出来るだろうけど、そういう問題じゃないと思うし……。じゃあ、俺がおっちゃんを雇うってのも違う気がするし、うわぁぁ。
これはキツいわ……。