5-146 優しい世界
―1―
台座から9階層の映像を選ぶ。すると、すぐに足下の円に光が走った。その光に包まれ、気付いた時には周囲が真っ暗闇になっていた。あー、そう言えば9階層って真っ暗闇だったな。って、コレ、どうするんだ? この中を進むのか。うーむ、うーん。
まぁ、でも進むしかないよなぁ。
暗闇の中を進んでいると、俺の後方から、1つの冒険者パーティが駆けてきた。先頭のランタンを持っているのは探求士の少女か。って、思うんだけどさ、探求士って女の子が多くない? 魔法使いは女性ばかりだしさ、何かクラスを得るのに、その方が有利みたいな条件でもあるのかな。
「芋虫が居たよー」
先頭の探求士の少女が急ブレーキをかける。えーっと例の巨人が居る赤髪の騎士パーティか。
「下水の芋虫か」
「うが、ご飯?」
なるほど、休憩が終わって戻ってきたのか。あ、そうだ、頼むだけ頼んでみようか。
『すまぬ。この先の館に仲間が居るのだが』
ちょっと図々しいかなぁ。
「護衛しろってことか?」
赤髪の騎士が吐き捨てるように喋る。いやいや、明かりを貸して欲しいだけだって。戦うのは1人でも出来るからね。
『いや、明かりを貸して貰えると助かる』
「ちっ。俺にメリットが無いじゃないか」
何だろう、この赤髪の騎士、バーンみたいな性格しているなぁ。
「まぁまぁ、リーダー、私たちもそこに挑戦するつもりだったんだから、ついででいいじゃん」
青い皮鎧を着込んだ探求士の少女が短剣をクルクルと回しながら、そんなことを言う。その言葉を受け、赤髪の騎士が凄く嫌そうにだが、頷いた。
『助かる』
俺の天啓を受け、探求士の少女が楽しそうに頷く。
「よろしくねー、下水の芋虫さん」
「うが、ご飯連れて行く」
だから、俺はご飯じゃねえよ。
―2―
『しかし、彼はバーン殿に似ているな』
俺が天啓を飛ばすと、何故か、赤髪の騎士が凄い食いついてきた。
「似ているか? 似ているよな? 下水の芋虫もそう思うよな?」
おんやぁ、何だか急に性格が変わった気がする。
「ししし、リーダーは紫炎のバーンに憧れているからね、その真似ばかりしているんだよ」
探求士の少女が教えてくれる。あー、さっきのが素なのか。しかしまぁ、バーン君の真似をするとか、酔狂な。
「紫炎のバーンのパーティには私のお姉ちゃんも居るんだよー。私たち3姉妹だからねー」
うん? そう言えば、バーンのとこの探求士も似たようなちびっ子が居たなぁ。って、3姉妹? 『異界の呼び声』で出会った探求士の短髪少女とも似ているな。ま、まさか、探求士に少女が多いんじゃなくて、たまたま、俺が出会った探求士がこの姉妹だっただけか。なんちゅう偶然だ。
彼らのパーティが持っている明かりを頼りに暗闇に覆われた橋を進んでいく。
『右から魔獣、2体だな』
俺の天啓を受け、森人族の狩人が矢を放ち、巨人が棍棒を振り回しながら駆けていく。
「下水の芋虫ちゃんがいると楽ねー」
魔法使いのお姉さんが杖から炎の弾を飛ばしていく。
「ちっ」
赤髪の騎士が照れたように横を向きながら舌打ちをする。おー、似てる似てる。バーン君、確かによく舌打ちしてるよな。
橋を中ほどまで進んだトコロで、前方から何かが走ってきた。いや、何だ、何だ、恐ろしい速度だぞ。
「マスター、お待たせしました」
それは予想通り14型だった。14型の頭の上には、ちゃっかり羽猫が乗っかっている。いやいや、お前、ホント、人の頭の上に乗るの大好きだなぁ。14型も良く許しているよ。
「下水の芋虫さん、お連れさん?」
探求士の少女が短剣をクルクルと回しながら周囲を警戒している。まぁ、前方から凄い勢いで駆けてくる物体があれば警戒するよな。
『ああ。助かった』
俺が天啓を飛ばすと赤髪の騎士が舌打ちをした。
「ふん、せいぜい頑張るんだな」
「じゃあね、ばいばーい」
「うが」
「下水の芋虫、またネ」
ああ、ホント、助かったよ。
「助かりました」
俺の代わりにか、14型が優雅にお辞儀をする。ああ、ココだけ見ると礼儀正しくてポンコツに見えないなぁ。いや、最近は、ちょっとさ、普通に有能な気もするけどさ。ちょっとだけ、本当にちょっとだけだけどさ。
じゃ、自宅に戻りますか。
――《ライト》――
羽猫が俺の頭の上に飛び移り、発光を始める。ああ、コレでやっと周囲を見渡せるな。ホント、羽猫の明かりに頼りっきりだからなぁ。いざって時のために、他の明かりを用意しようとしていつも忘れるんだよな。自宅を持って、そこを倉庫代わりに使っている弊害かな。
―3―
そのまま14型とともに9階層の台座を目指し駆けていく。途中、現れた魔獣は極力回避していく方向だ。俺には線が見えるからさ、見えてから回避余裕なんだぜ。
至る所で戦いが起きている暗闇の橋を駆け抜け、9階層の台座まで戻る。さあ、帰ろう。結構、バタバタしたなぁ。
台座に触れ、光とともに1階層に戻る。
「おいおい、そっちの子、その腕、大丈夫か?」
入り口を守っていた兵士さんに挨拶をし、東の中庭に戻る。さあて、西の庭に戻って転移で戻りますか。
東の中庭を抜け、城内に入ると見知った顔が居た。
「芋虫冒険者か」
聖騎士長さんじゃん。
「おや、そちらの子は怪我をしているようだね」
聖騎士長さんが14型の元に近寄り、その右手を取る。そう言えば折れ曲がっていたな。
「私が命じる、輝ける命の煌めき、白の光。発動せよ、キュアライト」
14型の右手に癒やしの光が集まっていく。しかし、14型の折れ曲がった腕は治らなかった。いやまぁ、14型さん、機械だからね。ロボットだからね。さすがに回復魔法は効果がないか。
「む」
聖騎士長さんが、アレ、おっかしいなぁ、って感じに首を傾げている。そりゃまぁ、そうなるか。
「お気遣いなく」
14型が凶悪な篭手を付けた左手だけでスカートの裾を摘まみ、優雅にお辞儀をする。
「そ、そうかね」
聖騎士長さん、自分の回復魔法に自信があったんだろうなぁ。ちょっと悪いことをしちゃったかな。
『ところで、聖騎士長殿は何処へ?』
俺の天啓に聖騎士長さんが頷く。
「故郷に戻ろうとね。芋虫冒険者、いや、帝国貴族のランよ、ヤズ様をたの……」
そこで聖騎士長さんが首を横に振る。
「いや、君に頼むコトではないか」
聖騎士長さんがぽつりと呟き、そのまま上を、天井を見上げる。そして、1つ小さく頷いた。
聖騎士長さんは片手をあげ、そのまま去っていた。うーん、迷宮都市から見知った人が消えていくなぁ。まぁ、聖騎士長さんとは余り絡みがなかったけどさ。
ま、考えても仕方ない。俺は自宅に戻りますか。