5-130 橋の上にて
―1―
刹那の断崖へと進む。おー、おー、陽の光を受けて輝く綺麗な氷の橋が架かっているな。でもさ、氷の橋だと割れそうで怖いような気がする。
「ランがやっとやって来たのじゃー」
橋の上には赤と青、2人の騎士、それに姫さまとジョアン――だけじゃないな。何だ、何だ、沢山の冒険者たちが集まっているぞ。
「ふ、下水の芋虫がやって来たな」
冒険者の1人、赤髪の騎士が髪を掻き上げている。あー、アレ、例の冒険者チームじゃん。他にもちらほらと見かけたことのある冒険者がいるな。下水で出会った新米冒険者や試練の迷宮で一緒に戦った侍さんや魔法使いのお姉さんも居る。
何だ、何だ、なんでこんなに冒険者が集まっているんだ?
姫さまたちの集まりからジョアンがこちらへと歩いてくる。
「ら、ラン、待ってたぞ」
どったのジョアン。俺はジョアンや姫さまたちを見送りに来たんだぜ。
「お、始まったか」
「間に合ったようだな」
獅子頭のヤズ卿と聖騎士長だった騎士鎧の人もやってくる。
「ラン、行くぞ!」
ジョアンが王者の盾とブレンダーみたいな形状の剣を構える。ミキサーが先端についているような――えーっと、何、その剣。すっごく禍々しいんですけど。そんなモノを突き刺されたらミンチになっちゃうよ。で、ジョアンよ、何がどうしたんだ?
「おい、始まるぜ」
「下水の芋虫は氷の橋のクエストに参加しなかったからな」
「制裁か?」
周囲の冒険者の声が文字として聞こえる。いや、俺も参加していたんだけど。確かにさ、変身した姿だけどさ、俺も居たんですけどー。
「ラン! ジョアンはわらわの国に渡る前に! 自分の力を、今の成長した姿を、ランに見せたいのじゃ!」
姫さまが片手を腰に当て、こちらを指差す。
「ああ、好きなだけ戦え。何処かの誰かとバーンという若造が俺の見せ場を取ったからな! 暇でしょうがない!」
獅子頭のヤズ卿が顎髭を梳いている。いや、あの、何処かの誰かって誰でしょうね。
「それにほれ、そこの暇そうなこやつを見ろ。せっかく氷の魔獣を倒すために迷宮都市に戻ってきたのにノアルジーという者に美味しい所を取られて暇そうだろう?」
獅子頭のヤズ卿が大声で笑っている。
「ま、そこのヤツが言うように力が余っているからね。簡単な傷から大きな怪我まで、死なない限りは私が治すよ。だから、思いっきり戦うといい」
ほー、さすがは聖騎士長か。俺のヒールレインの上位版みたいなのが使えるのかな。是非、見てみたい所だな。と言っても、俺が怪我するのも、ジョアンに怪我をさせるのも、なぁ。
「ん?」
姫さまが頭に疑問符でも浮かべてそうな顔でこちらを見る。どったの?
「何故、皆、別人のように話すのじゃ? ノアルジーはラ……」
その言葉を聞いて、俺はすぐに姫さまに限定して天啓を飛ばす。
『セシリア姫、自分がノアルジだというコトは内密の話にして欲しい』
俺の天啓を受け、姫さま首を傾げ、そして何か思いついたのか、楽しそうな顔でニヤリと笑う。
『わかったのじゃ。わらわとランの秘密なのじゃ』
姫さまから念話が飛んでくる。こういう時にさ、念話や天啓は内緒話が出来るから便利だな。にしても、姫さまってば、いつの間にノアルジ=俺って知ったんだ。あの姿を見せているから、それで他の人からの情報を聞いて俺だって気付いたのかな。姫さまって、妙に鋭いからなぁ。
―2―
『ジョアン、魔法は有りか?』
俺はジョアンに天啓を飛ばす。
「ら、ランの全力で頼む! 僕はランを、お爺ちゃんに認められたランを超える!」
了解。って、ジョアンは、そんなことを考えていたのか。じゃ、いきなりアイスストームをぶっ放してもいいよな? ジョアンなら、それくらいで死んだりしないよな?
『魔法も使った戦いになるので、周囲の者は大きく離れて欲しい』
俺は周囲に天啓を飛ばす。天啓を受けた冒険者たちが、俺たちから距離を取っていく。
さあ、行くぜ。俺とジョアンの距離は、まだまだ結構あるよな。ならば使うしかあるまいッ!
――[アイスストーム]――
俺が氷の嵐を呼び出した瞬間にこちらの視界が真っ赤に染まる。俺の元に氷と風の嵐が吹き荒れる。風によって体が引き裂かれ、氷の粒によって肉を貫かれる。うおぉぉぉぉぉ。
――[ヒールレイン]――
氷の嵐の中、何度もヒールレインを、癒やしの雨を降らせる。嵐はすぐに収まった。はぁ、はぁ、死ぬかと思ったぞ。もう一度、ヒールレインだ。
――[ヒールレイン]――
癒やしの雨を降らせる。そして、俺の前方に発生していた氷の嵐も収まる。消えた嵐の中から現れたのは殆ど無傷のジョアンだった。
「ほうほう。芋虫と聖騎士見習いの小僧、両方同じような魔法を使ったようだな」
「さすがは私の弟子だ。すでに大防御を習得しているよ」
外野のヤズ卿と聖騎士長が解説をしていた。いや、俺は字幕が見えるから分かるけどさ、周囲の冒険者もふむふむって感じで聞いているしさ、コレ、完全に見世物じゃないかよ。
「ランなら、こう来ると思ったんだ」
ジョアンが笑う。大防御ってスキルは何か受けるダメージを減少させるよなスキルなのか? 俺はアイスストームの放ち損か。
ジョアンが重そうな騎士鎧を動かし、金属音響かせながら、一歩、一歩、こちらへと歩いてくる。
――[アイスランス]――
俺の手から尖った木の枝のような氷の槍が放たれる。ジョアンが手に持った王者の盾を地面に打ち付け、その影に隠れる。氷の槍が王者の盾によって防がれ、伸びた勢いのまま砕けていく。
氷の槍が消えたのを確認して、またもジョアンが一歩、一歩、こちらへと歩いてくる。ならばッ!
――《飛翔撃》――
真銀の槍を手に持ち、空高く舞い上がる。そのまま真銀の槍を下に、輝く三角錐となってジョアンへと飛ぶ。ジョアンがまたも王者の盾を構える。盾と輝く三角錐がぶつかり、火花を散らす。俺は、そのまま、盾を蹴り、後方へと飛ぶ。ジョアンは構えた盾を持ち直し、またも一歩、一歩、こちらへと歩いてくる。かったいなぁ。さあ、どうする、どうする?
俺は背中の水天一碧の弓を取る。そして、黒金の矢を番える。
――《トリプルアロー》――
水天一碧の弓から3本の矢が放たれる。
――《集中》――
集中して狙いを定める。
――《ラピッドアロー》――
素早く黒金の矢を番え、3本の矢を追いかけるように放つ。
――《ダブルアロー》――
更に2つの矢を放つ。
――《チャージアロー》――
ジョアンが次々と襲いかかって来る矢を王者の盾にて耐える。そこへ力を溜めて放たれた光輝く矢が迫る。光の矢はジョアンの王者の盾を弾く。右手に持った王者の盾を弾かれ、ジョアンが踏鞴を踏む。
――《バーストアロー》――
体勢を崩したジョアンに矢を放つ。ジョアンが何とか体の位置をずらし、輝く銀色の鎧で矢を受ける。そこで矢が炸裂した。ジョアンが矢の破片を受け、顔に小さなかすり傷を負う。ジョアンは武器を持った左手で傷をぬぐい、こちらを見て笑う。そして、また一歩、こちらへと歩いてくる。う、うーん。どうする、どうする。ここは、もう普通に真銀の槍で戦うか。よっし、行くぞ!
――《スパイラルチャージ》――
ジョアンへと飛び真銀の槍から螺旋を描く突きを放つ。ジョアンが王者の盾を構える。王者の盾と真銀の槍がぶつかり、螺旋が王者の盾を押さえ込む。そして、その力に耐えきれなくなったジョアンが――螺旋が、王者の盾を弾く。突破したぜッ! さあ、って。
ジョアンがニヤリと笑う。
「ラン、僕の距離だ!」
体勢の崩れかけたジョアンが強く踏み込み、なんとか、その場に留まる。そして、左手に持った武器をこちらへ、大きな光とともに、こちらへと突き、放つ。いつもの光での攻撃かッ!
俺の首ぽい部分に巻いていた女神セラの白竜輪が反応する。俺の背から伸び、ジョアンの足を絡め取る。ジョアンが転ける。光の槍は俺の顔を掠め、上空へと放たれた。あ、危なッ! 持っていて良かった白竜輪。
ジョアンが倒れた体勢のまま、俺の下から王者の盾で俺を殴り付ける。い、痛ぇ。
俺はとっさに真銀の槍を下にし、石突きでジョアンを叩き付ける。それをジョアンが左手の手甲で受ける。
殴る、叩く、殴る、叩く、殴る、叩く。
「そこまでなのじゃー」
と、そこで姫さまからストップが入る。
「ま、ここらが頃合いよな」
「まずはジョアン、お前の傷を癒やそう」
ヤズ卿や聖騎士長もやってくる。って、俺の傷は治してくれないのかよ。仕方ないなぁ。
――[ヒールレイン]――
俺とジョアンの上に癒やしの雨を降らせる。
はぁ、にしてもさ、最後は子どもの喧嘩みたいになったな。