5-129 刹那の断崖に架かる橋
―1―
「やあやあ、今日もご飯を頼めるかね」
迷宮都市の酒場にて食事を頼む。ここの料理ってさ、ちょっと辛めだけど、ピリ辛って感じで美味しいんだよなぁ。癖になる。
「え、えーっと、ノアルジーさんよ、こう言っては何だけどよ、今はそんな場合じゃないと思うんだが」
まぁ、インゴットを作ったついで、ついで。腹ごなししてから行こうかな、と。最近はさ、結構、長時間、変身することが出来るようになってきたしさ。まぁ、使えるようになるまでの間隔は現状でもお察しなんだけどな。
「ノアルジーさんが、ランクの割には優れた冒険者だってのは聞いてるがよ。のんびりし過ぎだろ」
酒場のおっちゃんが俺の料理を用意してくれる。
「これを食べて早く行ってやってくれ」
今日はウェイストズースの香辛料スープか。沢山作っているからか、出てくるのが早いなぁ。
もしゃもしゃ。
うーん、この辛さが癖になる。一緒についてきた白いパンを浸して食べると――最高だなぁ。
もしゃもしゃ。
もうちょっと味が複雑になったら――これ、カレーだよなぁ。
もしゃもしゃ。
そう言えば、元々のカレーも、香辛料ばかりのスープだったような……。うん、漫画で読んだことがあるぜ!
もしゃもしゃ。
と、そろそろ行くか。
「では、行ってくるぜ。おっちゃん、お金はこれでいいかい?」
カウンターにお金を置く。
「おう、ありがとよ」
これだけ美味しくて満足できて2,560円(銅貨4枚)なんだぜ。やっすいよなぁ。まぁ、カレー一杯が2,500円って聞いたら、高いッ! って思っちゃうけどさ。こっちの世界だとさ、これくらいなら安い、安いって思っちゃうよなぁ。今はお金に困っていないしね。
余は満足であるぞ。
さあて、刹那の断崖に向かいますか。
―2―
――《飛翔》――
《飛翔》スキルを使い、刹那の断崖へと飛ぶ。迷宮都市から更に東へ。しばらく進むと荒野の先に大きな断崖絶壁が見えてくる。アレが『刹那の断崖』か。
『刹那の断崖』には氷の橋が架かっており、その上で冒険者たちが魔獣と戦いを繰り広げていた。うーん、橋が途中までだな。神国側まで届いてないじゃん。どうなっているんだ?
まぁ、とりあえずは、あの魔獣たちを倒すか。氷で作られた狼に、氷で作られた熊かな。そして、一番奥に居るのが雪だるま? って、アレ、雪だるまだよな? 巨大な雪だるまが居るぞ。
【名前:氷雪の使者】
【種族:アイスゴーレム亜種】
あー、あれ、ゴーレムなのか。って、アレ、名前付きなのかッ! しかも氷雪の使者だとッ! 氷雪と氷嵐、どちらが強いか、教える必要がありそうだなッ!
《飛翔》スキルで飛び続け、橋の上に到着する。さあ、行くぜッ!
――《浮遊》――
背中から光の羽をはためかせ、そのまま空中に浮く。右手に真紅妃、左手に真銀の槍。マフラーのように女神セラの白竜輪を靡かる。二つの槍をサイドアームに持たせ腕を組む。
――《真紅妃召喚》――
上空から俺の足下に巨大な蜘蛛の真紅妃を召喚する。そして、腕を組んだまま真紅妃の上に立つ。真紅妃が氷の橋の上へと落下する。真紅妃の巨体が周囲の魔獣を吹き飛ばし、氷の橋に大きな穴を開けながら、着地する。
いくぜー、真紅妃。
巨大な蜘蛛が赤い風を纏い、周囲の魔獣を吹き飛ばしながら進む。がんがん、行くぜー!
目の前の氷狼が丸まり、こちらへと転がってくる。真紅妃が駆けながら前足を上げ、転がってきた氷狼を弾き飛ばす。問題にならんなぁ。
俺たちは更に前進する。
俺の、俺たちの後方では沢山の冒険者たちがパーティを組んで、氷狼や背中から氷の生えた熊など無数の魔物と戦っている。俺たちは、どんどん進ませて貰うぜッ!
と、そうだ。レイドに参加しているって証に、識別布を巻く必要があるんだったな。腕に迷宮都市の冒険者ギルドで貰った識別布を巻き付ける。識別布から緑の光がぼんやりと立ち上がる。後方の無数の冒険者からも、前方に居る冒険者たちからも緑の光が立ち上る。真紅妃、あの緑の光は回避するように進むぞ。
俺たちが氷の橋の上を進んでいると、背中に無数の氷のトゲをくっつけた蜥蜴が真紅妃の前に立ち塞がった。氷嵐の主である、俺の前に氷の蜥蜴だと? ひゃっはー、どっちが上か勝負だぜーってなもんだ。
――[エルアイスウェポン]――
真銀の槍が巨大な氷の剣へと変化していく。腕を組んだままの俺は、それをサイドアーム・ナラカとサイドアーム・アマラの二つのサイドアームで握らせる。喰らえッ!
氷の蜥蜴が背中に生えた氷のトゲをこちらへと飛ばしてくる。俺は、真紅妃の上から、それごとアイスソードで叩き潰す。真紅妃の上からでも届く、このアイスソードの大きさよ!
アイスソードの圧力に氷の蜥蜴が潰れ、氷の橋が揺れる。ふふん、俺の氷の方が強かったようだなッ!
さあ、どんどん進むぜッ!
―3―
俺が魔獣を蹴散らし、真紅妃とともに進んでいると、俺の背後に一人の影が現れた。
「ちっ。相変わらず派手な登場をしやがる」
俺の後ろに居たのは紫炎のバーンだった。いや、相変わらずって、2度目なんですけど……。言葉は正しく使おうなッ! って、お前、どうやって飛び乗った! 何、勝手に真紅妃に乗っかってるんだよッ!
「バーン、勝手に真紅妃に乗るな」
俺の言葉にバーンが肩を竦める。
「ふん。こいつ、お前のテイムした魔獣か」
おうさ、俺の相棒だぜ。ということで降りなさい。
「お前の使える魔法は水や風、それに闇だろ。ここで戦うには相性が悪いはずだ。俺も連れて行け」
そう言うが早いか、バーンが呪文を唱え始める。いや、だから、お前は、お前の仲間と一緒に戦っていろよ。なんで、俺の方に来るんだよ。
前進を続ける真紅妃の周囲に炎の華が咲く。氷の魔獣たちが炎の華によって散っていく。へぇ、結構、凄い魔法だな。
と、そこで1匹の氷狼が炎の華を避け、こちらへと飛びかかってきた。うお、凄い跳躍力だ。巨体の真紅妃の上に居る、俺の所まで飛んでくる、何て、なッ! 俺は飛びかかってきた氷狼をフェザーブーツで蹴り飛ばす。うん、この体型なら蹴りが――格闘戦が出来そうだなッ! いずれ、52の王者の技を見せることもありそうだッ!
【《回し蹴り》が開花しました】
【《飛び膝蹴り》が開花しました】
って、へ? あ、ああ。そうか、格闘スキルかッ! いやぁ、ここで開花するとは……って、これって俺の本来の姿でも使えるのか? 飛び膝蹴りって、俺、本来の姿だと膝って、ないんですけど……。う、うーむ。後で実験してみよう。膝のない生物が飛び膝蹴りをする――何やら恐ろしいことが起きそうな予感がするぜ!
「おい! 何をぼうっとしてやがる」
あー、バーン君うるさいってば。
「大物が目の前だ! 今回のヤツはいつもよりも大きいぞ。ちっ。どうなってやがる」
名前付きだもんな。普段は違うのかな。
巨大な雪だるまが大きな咆哮を上げる。それに合わせて、俺の目の前が真っ赤に染まる。そして、氷の嵐が吹き荒れる。まさか、アイスストームの魔法か?
――[ウォーターミラー]――
俺の前方に水の鏡が生まれ、氷の嵐を跳ね返す。氷の嵐は、そのまま巨大な雪だるまを襲い、体を破壊していく。俺に魔法は効かないんだぜ! って、アレ? 一瞬で終わった?
氷の嵐はすぐに止み、後にはズタボロになった雪だるまだけがあった。何だったんだ?
「ちっ。ノアルジー、油断するな」
うん?
俺の目の前で巨大な雪だるまが再生していく。って、また再生系の魔獣かよ。今度は氷のゴーレムだから眠らないだろうし、うーむ。体内の魔石を見つけて破壊する必要があるのか?
俺は右の赤い瞳で巨大な雪だるまを見つめる。纏っているオーラのような靄の薄い部分、濃い部分、そして――見つけたッ! ヤツの右手部分に魔石が見える。
復活した雪だるまが、こちらへ大きな左手を叩き付けてくる。
「バーン、魔石はヤツの右手の中だ」
「ちっ。俺に命令するなっ!」
バーンが叫ぶ。
――《払い突き》――
雪だるまの左手をアイスソードで打ち払う。お前のサイズは大きいかもしれないが、俺のアイスソードも大きいんだぜッ!
そのまま、一回転、巨大な雪だるまの胴体にアイスソードを突き刺し、大きな風穴を開ける。
「ちっ。特大のファイアーボールをぶつける。お前は時間稼ぎをしていろっ!」
バーンが呪文の詠唱に入る。はいはい、分かりましたよ。
雪だるまの胴体から無数のトゲが伸びてくる。
――《百花繚乱》――
真紅妃の上から巨大なアイスソードを振るい、何度も高速の突きを放つ。アイスソードが氷のトゲを砕き、氷の華を咲かせていく。足下の真紅妃も赤い風を飛ばし、氷のトゲを砕く。
「――放つ、エルファイアーボールっ!」
バーンから生まれた蠢く紫の炎の弾が飛ぶ。紫の炎が右手を燃やし、溶かす。
「はっ! どうだ」
雪だるまの右手が溶け、中の魔石が現れる。ナイス、バーン。
――《ゲイルスラスト》――
真紅妃の上から放たれたアイスソードによる神速の突きが、巨大な雪だるまの魔石を打ち砕く。
氷雪の『使者』が氷嵐の『主』に勝てるかよッ!
巨大な雪だるまは魔石を砕かれるとともに形を崩し、そのまま散らばり、氷の橋と一体化していく。後には向こう岸まで繋がる橋が出来ていた。あー、なるほど。氷の魔獣を倒すと、それが橋になるのか。小迷宮『刹那の断崖』を通らずに神国に行く時はこうやって氷の魔獣で橋を作って渡る、と。うーむ、不思議な光景だなぁ。
「ふん。ノアルジー、少しはやるようだな」
はいはい。って、いい加減、真紅妃から降りろ。
俺はしゃがみ、真紅妃を掴む。それとともに真紅妃が姿を変え、元の槍の姿に戻る。俺は真紅妃を握ったまま氷の橋の上に着地する。突然、足場を失ったバーンが空中に投げ出され、なんとか着地しようとするも、氷の橋に足を滑らせ尻餅をつく。かっこわりぃ、これでAランクかよ。
「おい、ノアルジー、お前!」
はいはい。バーン君に構っている暇はないからな。って、そろそろ、変身の効果時間がきれそうじゃん。急いで戻らないと。じゃあの。
――《飛翔》――
バーンが何か喚いていたようだが、気にしない。そのまま《飛翔》スキルで飛び、迷宮都市に――王城に着地する。
俺が庭に降り立つと羽猫が、こちらへと駆けてきた。はいはい、お待たせ、お待たせ。っと、識別布も外しておくか。後で冒険者ギルドに返しに行かないとな。そうしないと報酬も貰えないしね。いやぁ、GPがたっぷり貰えると嬉しいなぁ。




