5-120 名も無き王の墳墓4階層
―1―
途切れた道の前で2人が上がってくるのを待つ。
……。
遅いなぁ。これ、魔法糸が下まで届いていないとか――いや、それは無いか。ちゃんと下に糸がくっついた感触があったもんな。
しばらくの間、上で羽猫を構って時間潰しをしていると、2人が上がってきているのが見えた。結構、ゆっくり上ってくるんだな。意外とスイスイと上ってきているクロアさんと、恐る恐る、何度も上下を確認しながら、ゆっくりと手を伸ばし、一つ一つ着実に上がってきている蜥蜴人さん。途中、途中でクロアさんが蜥蜴人さんを支えている。落ちないように気を遣っているんだな。
うーん、蜥蜴人ってロープを上るのとか苦手なのかな。仕方ない。
――《魔法糸》――
姿が見えた蜥蜴人さんに魔法糸を飛ばす。
「何でス?」
はい、サクッと持ち上げちゃうよ。魔法糸を縮め一気に引っ張り上げる。ぴょーんっとな。わぁ、俺ってば凄い力持ちー。いやまぁ、魔法糸の反動を利用しているだけだから、余り力は要らないんですけどさ。
蜥蜴人さんを持ち上げる。持ち上げられた蜥蜴人さんは、途切れた道の上で顔面蒼白なまま、座り込んでうなだれていた。まぁ、蜥蜴人さんは元から青い体色だけどさ。それを放置して、少し待つとクロアさんも上がってきた。
「んんー。助かりました」
はいはい、どう致しまして。冒険者は助け合いだからな! 感謝するが良いぞ!
「ちょうど、向こう側にも渡れたので、助かりますねー」
ん、目的地がこっち側だったのか。
『ほう?』
「そうでス! 治癒術士の試験に必要な素材は名も無き王の墳墓の、湖の側に生えている、光る草でス」
クロアさんが隣に来たことで復活した蜥蜴人さんが一気に喋り出す。喋るの早いなぁ。何だろう、この、自分の意見を一気に言ってしまわないと、的な感じ。
「んんー。そうですねー。3個必要なうちの2個は見つかったんですが、後1個が見つからなかったので、こちら側に行く方法が無いか探していたんですねー」
なるほど。それで道を探している所で狼の襲撃を受けて、穴の下へって感じか。でも、こっち側に光る草なんて生えていたかなぁ。まぁ、階段側は端から端まで歩いて見たけどさ、こっち側は調べていないからね。うん、あるかもしれないか。
「では、星獣様、私たちは先に行きますねー。んんー。助かりました」
「助かりましたでス」
クロアがカンテラに魔石を入れて光を灯らせ、そのまま先に進もうとする。
『いや、自分も手伝おう』
俺の天啓に2人の足が止まる。ここまで来たんだ、手伝っちゃうよー。感謝するが良いぞ!
「んんー。いいんですか? 報酬はありませんよ」
『帰りも自分がいないと困るだろう?』
そうそう、向こう側から来たって言うのなら、向こう側に渡る手段が必要になるよね。いやまぁ、こちら側に来ようとしていたってコトだから、何らかの渡る手段を持っているのかもしれないけどさ。
「んんー。ではお言葉に甘えますねー」
「助かるでス!」
―2―
カンテラを持ったクロアさんを先頭に湖の方へと戻る。
「私はシトリでス。治癒術士を目指している駆け出しでス!」
蜥蜴人さんがこちらに振り返り、チロチロと舌を出しながら、大きな声で一気に自己紹介をしてくれる。シトリさんね。やっぱり駆け出しなんだなぁ。
「シトリ、迷宮内では静かな声で喋るように。大きな声は魔獣を呼び寄せるコトになりますねー」
先頭を歩いていたクロアさんが、こちらに振り返り、静かな声で注意をする。
「はいでス!」
シトリさんが大きな声で返事をする。……シトリさん、いかにも新米って感じだなぁ。
『ところでシトリ殿は、自分のこの姿を見ても驚いていないようだが、怖くは無いのか?』
初対面だと、魔獣がッ! 的な対応をされることが多いからね。最初から普通に話しかけてくるのは珍しいな。
「クロアさんが受け入れているので、そういうモノだと思っているでス」
「そうですねー。星獣様ですからねー」
しばらく歩き湖に到着する。
「んんー。付近に魔獣は居ないですねー」
だろうね。俺の場合さ、居たら、線で見えるから、すぐに周囲に居ないってのが分かるもんね。索敵なら任せて!
「シトリ、集めた草を」
クロアさんの言葉にシトリさんが首を傾げ、下を向く。それを見てクロアさんが苦笑する。
「んんー。シトリ、星獣様にも私たちが探しているレイグラスがどういった形をしているか、見せた方がいいと思いますよ」
それを聞いて、やっとクロアさんの言葉の意味を理解し、シトリさんがパッと大きな口を開けて顔を上げる。
「はいでス、はいでス」
そして神官服の腰に付けていた袋から、見たことのある光り輝く草を取りだした。これ、ナハン大森林でも見たことがあるぞ。
「んんー。これがポーションの原料になるレイグラスですねー。シトリの求めている素材になりますねー」
なるほど。これを3つ集めるのが治癒術士になる為の試験なんだな。にしても、ここだとレイグラスって珍しいのかな。まぁ、外は荒野に砂漠だもんなぁ。草とか生えないか。ナハン大森林だと、たまに見かけたのにな。
3人で固まって行動する。ヤドカリは階段側限定なのか、周囲に魔獣の姿は見えなかった。
「星獣様は、この湖をどうやって? やはり飛んでですかねー」
クロアさんが、こちらに聞いてくる。
『いや、湖の上を魔法で歩いてきたのだ』
俺の天啓にクロアさんが引きつったような笑顔を作る。
「なるほど。ウォーターリップルの魔法ですねー。この距離を渡るとは……。ウォーターリップルの熟練度が凄いのか、最大MPの量が凄いのか、それとも両方か、どちらにせよ、さすがは星獣様ということですねー」
最大MPが凄いって、確かに多いみたいだけどさ、ウォーターリップルの消費MPって少ないじゃん。8しか消費しないからさ、今の俺だと、そんな困らないもんな。っと、ん?
俺の視界にレイグラスと書かれた線が見えた。あるじゃん。簡単に見つかったな。と、2人は気付いていないみたいだな。
『そこにレイグラスがあるようだ』
俺の天啓を受け、まずはクロアが動き、次に、その後を追うようにシトリが動いた。
「んんー。確かにレイグラスですねー。シトリ、これで全部揃いましたねー」
「はいでス! 嬉しいでス!」
大きく口を開けて喜ぶシトリさんの姿を見て、クロアさんが苦笑している。
「シトリ、静かに、静かにですねー。それと、帰るまでが、治癒術士になるまでがクエストですからねー」
帰るまでが遠足です、と同じだね。じゃ、戻りますか。にしても、ここで魔獣の襲撃! みたいなコトが起こるかと思ったけど、ちょっと拍子抜けだな。まぁ、何も起こらないのが一番か。
「星獣様、私たちは湖を渡る方法が無いので、んんー、先程の穴から向こうに渡る手助けをしてもらっても良いですか?」
『ああ』