5-110 究極の料理
―1―
ヤズ卿、騎士鎧の人とともに以前も食事に使った部屋へと入る。えーっと、これは食事モードに入る流れでいいんだよな?
「で、ランよ、用意した食事とやらは、何処だ?」
獅子頭のヤズ卿が、何も置かれてない机を不思議そうな顔で見ている。あー、すでに用意されていると思っていたのか。ごめんなさい、まだ、俺の魔法のウェストポーチXLの中です。
『すまぬ、今から取り出す』
俺はサイドアーム・ナラカを使い、料理を並べていく。俺とポンちゃんで作り上げた『お好み焼きモドキ』、『醤油風味のソースを使ったドラゴンステーキ』、『魚介エキスたっぷりな蟹肉のスープ』の3品だ! ま、それと、朝、俺が我が家の裏で作った水もあるけどね!
「ほうほう」
獅子頭のヤズ卿が顎髭を梳いている。それ、癖なのかな? って、このまま出しても大丈夫なのか? 俺みたいな得体の知れない芋虫が持ってきた料理を疑いもせずに食べてくれるのだろうか?
『ちなみに毒味などは?』
俺が天啓を飛ばすとヤズ卿が片眼を閉じる。
「ほうほう、ランよ。お前は毒を入れているのか?」
いやいや、そんなワケ無いじゃん。いや、一応、お偉いさんだからね、そういうのって毒味役とか居るんじゃないの? または、俺が一口食べてから渡すとか、さ。そういう貴族的な風習があるんじゃないかなーっと。
と、突然、ヤズ卿ががはははっと、その大きな口を開けて笑い出す。
「冗談だ、冗談だぞ。ランよ、お前はセシリア姫の友人らしいからな! 疑っておらんよ。それに今日は聖騎士長もいるからな!」
うん? 聖騎士長? 何のことだ? うーん、ちょっと怖いけど聞いてみるか。
『聖騎士長とは?』
「なんだ、気になるのか? ほれ、そこに居る偉そうなヤツよ」
獅子頭のヤズ卿が騎士鎧を指差す。そのまま、豪快に笑い、こちらを見て「そろそろ食べていい?」とか聞いてくる。いやまぁ、好きにしたらいいと思いますよ。
獅子頭のヤズ卿は俺と騎士鎧の人を見比べ、そのまま料理に手を出し始める。まずはお好み焼きからか。おー、手づかみ! 豪快ですなぁ。
「ほうほう。これは、あれだな。神国のパンドエッタだな。しかし、あれだ。かかっているタレはなかなか美味しいが、生地がモサモサし過ぎだな!」
う、そうなんだよなぁ。何でか、もちもちふわふわにならないんだよ。うーん、卵と小麦粉だけでは駄目なのか? でも、お好み焼きって、それだけだよな? 何が足りなかったんだろう。ま、まぁ、普通に、それなりには食べられるから、変わり種として……。うん、無理があったかな。
「で、だな。そこの偉そうなのは聖騎士を極めた男よ。全てから護り、回復魔法も使えて、全てを癒やす、そんな出来すぎの胡散臭いヤツだ!」
ほうほう。って、ジョアンの大先輩だったのか。
『聖騎士は回復魔法が使えるのか?』
俺の天啓にヤズ卿が手を止める。
「ほうほう。ランは聖騎士を知っているのか? そう言えば、姫さんとこの新しいのが見習い聖騎士だったな」
獅子頭のヤズ卿が止めていた手を再び動かし、ドラゴンステーキにかぶりつく。豪快に行くなぁ。
「聖騎士は護りに特化したスキルばかりだぞ。こやつは、あくまで、それを強化するために回復魔法も習得したにすぎんな。ところで、このステーキはなかなか美味しいが、余りにも量が少ない! 俺には物足りなさ過ぎるぞ! 普通は! この10倍は焼くものだ!」
そ、そうなの? いや肉ばかりってキツくない? って、聖騎士か。そ、そうだよね。ジョアンは回復魔法とか使えなかったもんな。あくまでスキルはスキル、魔法は魔法か。でも要塞の如き盾役が回復も出来たら、そりゃあ、心強いよなぁ。うん、ジョアンも回復系の魔法を覚えればいいのに。
さらにスープも一気に飲み干す。
「ほう、これは、なかなか味わいがあるな。が、俺はもう少し辛みのある味の方が好きだがな!」
あーうー、好みを考えていなかったか。うーん、こっちは辛いモノが流行ってるのかもしれないなぁ。確かに酒場で食べた料理も辛みが効いたモノが多かったよな。魚介だしみたいな繊細な風味は余り理解されない可能性がががが。
そして、最後に俺が作った水も一気に飲み干す。そして器を机の上に置く。うわぁ、この人、一瞬で食べちゃったよ。お昼にはまだ早い時間だけど、なんて、気にしていたのが馬鹿みたいだ。
「ランよ、まあまあだな。最後の水が1番美味しかったぞ」
へ? ま、マジかよ。も、もしかして、水を沢山出した方が、ウケは良かったのか?
「せっかくの料理だが、この程度だとなぁ。まぁ、姫さんの友人ということで大目に見ても良いが……うーむ。余りひいきするのも、むむ」
獅子頭のヤズ卿は腕を組み考え込む。ご、ご満足戴けませんでしたか。
あ、そうだ! フルールも何か作って渡してくれていたな。これも出してみるか。
『こういうモノもあるのだが』
俺は魔法のリュックからフルールが渡してくれた包みを取り出す。ヤズ卿たちの前で包みを開けると1本の短剣が出てきた。何だ、これ? ちょっとお洒落な感じの短剣だよね。鑑定してみるか。
【白と黒のダガー】
【光と闇の属性を持ち闇属性を打ち消す力を持つ短剣】
ほう、結構便利そうだな。と、この短剣の柄の部分にくっついている宝石って異形の石じゃね? 砕かれたからか、小さくなっているけど異形の石だよな。フルールのヤツ、何処で手に入れたんだ?
「ほうほう。これは……」
興味津々のヤズ卿が手を伸ばすよりも早く騎士鎧さんが短剣を手に取る。
「これは中々の名品だね」
は、早い。
「俺も見たいんだが」
ヤズ卿を無視して騎士鎧さんが短剣を熱心に見つめている。そんな騎士鎧さんの周囲をヤズ卿が物欲しそうに回り出す。何だ、コレ。
「これは異形の石か。それに光と闇の属性も感じるね」
「属性二つとは伝説に謳われるような品に近いぞ」
騎士鎧の人が短剣を振る。おー、軌跡が綺麗だ。こういうのを流れるようにって言うのかねぇ。
「これには何か特殊な力がありそうだが、知ってるかね?」
騎士鎧さんが聞いてくる。特殊な力、特殊な力、おおう、さっき調べた通りだね。
『闇属性を打ち消す力がある』
俺の天啓に騎士鎧さんがうんうんと頷く。
「これはいい。さすがに無異装備とまでは行かないが、名品だね。これなら、許可を出してもいいんじゃないか?」
「おいおい、勝手に。お前、何の許可かもわからんくせに、な!」
「お前が悩む程度だから、大事じゃないだろうが」
騎士鎧の人の言葉にヤズ卿が目を閉じ唸る。にしても、この騎士鎧の人、ヤズ卿と対等というか、偉い人ぽい感じだよな。なんで、門番してたんだよ。なんなの? この世界って偉い人が門番をする趣味でもあるの? これで、こういうのって3度目くらいじゃないか? フロウの時もそうだし、あの蜥蜴人の時もそうだし――むむむ。それとも俺がそういうタイミングに巡り会いやすい体質なのか?
「芋虫冒険者、これを何処で?」
あー、それうちの自家製なんですよー。
『自分が契約している鍛冶士に作らせたモノだ』
「ほう。それはなかなか良い鍛冶士を抱えているようだな」
そ、そう? ま、まぁ、俺の真銀の槍もフルール製だしなぁ。腕は悪くないよね、腕は。
「よかろう、西側の庭の使用許可は与えよう」
ヤズ卿がこちらを見ながらニヤリと笑う。と、それを聞いた騎士鎧さんが大きくため息を吐く。
「なんだ、やっぱり、その程度の内容だったのかね」
その程度って、その程度って……。
「そらそうよ。難しい案件なら会議を通すだろうが」
はぁ、さいですか。小さな案件だったから、ヤズ卿個人で判断して、更に袖の下を要求したのか。悪質というか、ちゃっかりしているというか……。まぁ、上に立つ人は、これくらいじゃないと駄目なのか。
ま、まぁ、これで西側の庭が使用出来るようになったし、やっと安心して名も無き王の墳墓に挑めるな。にしても、無駄に足踏みしている気がするなぁ。