5-108 そでのした
―1―
もしゃもしゃ。
さて、迷宮都市のお偉いさん御用達の料理を食べることが出来たわけだが、これからどうしよう? あ、そうだ。せっかくヤズ卿が居るんだから、許可を貰っておこう。
『西側の庭を使いたいのだが、良いだろうか?』
俺の天啓を受け、ヤズ卿は首を傾げる。
「ふむふむ。使うとは何に使うのだ?」
いやまぁ、《転移》スキルで移動するために使いたいんだけど――うーん、ヤズ卿の立場からすると、確かによく分からないことには使われたくないか。
『空高く飛び上がったり、着地したりに使いたいのだ』
うーむ、我ながら怪しい説明だなぁ。
「つまりだな、スキルの練習に使いたい、と?」
獅子頭のヤズ卿が片目を閉じ、こちらを見る。これは上手く答えないと許可が下りそうにないな。多分、練習に使いたいですって答えると、一人の冒険者を特別扱いは出来ないな、みたいな感じで断られるんだろうな。それくらいは、俺でも分かるんだぜ! となると……。
『種族的に、一日に2、3回ほど行う必要があるのだ』
「ほーう」
獅子頭のヤズ卿があごひげをさすっている。
「それは東側では駄目なことなのか?」
う、確かに、そうだよなぁ。
『いや、余り、人に見られたくないのだ』
そうそう、他の人に見られると溶けちゃうんだよ。どろどろー。
「ふむぅ」
獅子頭のヤズ卿が両目を閉じ、腕を組んで考え込む。駄目か、駄目なのか?
「なるほどなのじゃー。砂漠のオアシスで飛び跳ねる大きな芋虫を見たと噂が出ていたが、ランだったのじゃな!」
あ、姫さま、フォローをありがとうございます。
「しかしなぁ」
獅子頭のヤズ卿が、さらにむむむと唸っている。駄目か。
「ランさん、ヤズ卿は、何かお土産が欲しいって言っているんですよ」
青騎士さんがこっそりと教えてくれる。あー、袖の下! って、ヤズ卿ってば、凄い俗物じゃん。って、一概にお土産って言ってもさ、何がいいんだろう。お偉いさんを唸らせるようなモノねぇ。お金とか? うーん。今すぐ渡せるようなモノなんて無いしなぁ。仕方ない、ここは待って貰うか。
『ヤズ卿、3日待って欲しい。3日後にヤズ卿が庭の使用許可を出したくなるようにしてみせますよ』
秘技、引き延ばし作戦!
「ほうほう、それは楽しみだ。よかろう、3日間は自由に使う許可を出そう」
よっしゃー。って、これ、3日って言わずに1週間くらいって言っておけば良かったか? 失敗したなぁ。1週間って言えば、その間に名も無き王の墳墓を攻略してしまうことが出来たかもしれないのに――うん、寝ずに頑張れば行けそうだよな! ま、まぁ、仕方ない、何か準備を、何かを考えておきますか!
―2―
獅子頭のヤズ卿がお腹一杯になって満足したからか、笑いながら部屋を出て行く。芋虫の天ぷら、一人でもしゃもしゃ食べていたもんなぁ。よっぽど、美味しかったんだろう。いや、俺は食べないけどさ。
「ら、ラン、大丈夫なのか!」
ジョアンが心配そうにこちらへと声をかけてくる。いやぁ、何も考えていません。
「大丈夫なのじゃ!」
おっと、姫さま、何か考えがあるのか?
「ランなら、何か考えがあるはずなのじゃ!」
いや、ごめんなさい。何も考え――ありません。姫さまからの期待が重い、重いです。
「ランさん、ヤズ卿は食べることが趣味みたいな人ですから、食べ物で釣るといいですよ」
青騎士さんがこっそりヒントをくれる。いやぁ、青騎士さんは頼れるなぁ。
「あー、そうだな。ヤズ卿なら肉類大好きだよな。それと、この辺じゃ、余り食べられないような物だと喜ぶんじゃねえか?」
赤騎士もヒントをくれる。この二人、ホント、良い奴じゃん。頼れる! さすがは適当に生きてそうな姫さまをフォローし続けているだけはある!
これはあれか、食材を求めて他の迷宮に……って、いやいや、名も無き王の墳墓を攻略しに来たのに、他の迷宮に向かうとか本末転倒じゃね?
いやでもさ、せっかくだからドラゴンステーキとかを出して驚かせたくなるよね。……いや、でも、ヤズ卿ってば、この迷宮都市のトップだろ? 意外とそういうモノは食べ飽きている可能性もあるか。うーむ。帝都だとろくな食材が無いしなぁ。帝国の中心なのに、食関係の流通が、なぁ。最近、魚介類が増えて少しはマシになったけどさ。
ああー、なんで迷宮攻略をする為に、こんな事で頭を悩ませているんだか。ま、そうは言ってもさ、余程酷いモノで無ければ、何を持ってきてもあっさり許可してくれそうな雰囲気だったからさ、後で、ポンちゃんに何か適当に作って貰いますか。
「で、ランよ。この後はどうするのじゃ?」
そうそう、ご飯も食べたし、どうしよう。今日、もう一度、八大迷宮に行くのもなぁ。
……。
よし、帰ろう。
「ら、ラン、僕と手合わせを!」
いや、ジョアン君、君と手合わせは、うん。また今度で。だって、君の盾をくぐり抜けて攻撃するの、すっごい大変だもん。無理無理。
『今日はもう帰る予定だ』
「帰る? 何処へ帰るのじゃ?」
自宅です。
「そ、そうか、わかった!」
俺の天啓にジョアンが頷く。いや、まぁ、もう二度と会えないワケじゃ無いし、うん、また今度な。
さあて、一度、家に帰ってポンちゃんに相談だな。