5-96 夜の酒場に
―1―
「おっちゃん、ここでは何が食べられるんだ?」
酒場に入り、中のおっさんに聞いてみる。
「おいおい、お嬢ちゃん、ここは酒場だぜ」
「子どもは家に引き籠もってな。それとも俺の相手をしてくれるのかい?」
近くに居た酔っ払いの冒険者がこちらへと絡んでくる。お嬢ちゃんでも子どもでもないんだがなぁ。やはり、この姿か、この姿が悪いのか。
――[ウィンドボイス]――
「死ねば良いのに」
酔っ払いの後ろへと風の声を飛ばす。
「あん? 後ろから声が」
酔っ払いが振り返った瞬間に、その隙間を抜けて酒場の奥へと進む。ま、酔っ払いを相手にしても仕方ないからな、無視無視。
酒場の奥のカウンターに座り、ダンディな髭を生やしたマスターに話しかける。
「オススメの料理とお酒を頼む」
酒場のマスターがダンディな髭をなでる。
「いや、入り口の奴らじゃないが、お嬢さんが夜の酒場に来るのはオススメしないよ」
「いや、お嬢さんじゃないんだがな」
酒場のマスターが首を傾げる。
「そ、そうか。では坊主か?」
いやいや、それも違うんだってば。俺が肩をすくめていると、無視したおっさん連中がこちらへと駆けてきた。おいおい、酒場の中を走るんじゃない。
「人の親切を無視するんじゃねえ」
酔っ払いが俺の肩を掴もうとして、マフラーのように首に巻いていた白竜輪に巻き付かれ、そのまま一回転する。おー、白竜輪が投げを習得したぞ。
「いてて、何をっ!」
一回転し、尻餅をついた酔っ払いが腰をさすっている。やれやれ、食事もまともに出来ないのか。
「これが見えるか?」
俺は胸元から貴族の指輪とステータスプレート(金)を取り出す。
「これの意味が分かるか?」
酔っ払いの目の前にかざす。
「あんた、帝国の貴族か!」
何故か酒場のマスターの方が食いついた。
「しかも冒険者のランクもDか……。確かに見かけ通りじゃないようだ」
そうだろう、そうだろう。まぁ、本当ならさ、ここで実力を隠しているけど実はランクSなんだぜー、みたいなアピールをしたい所なんだけどさ、哀しいかな、現実はランクD……。ランクDだと平凡すぎて、あまり俺すげぇアピールになってないよね。ま、まぁ、これから、これからさー。
「これで、お嬢さんでも坊主でもないことが分かったか?」
座り込んだ酔っ払いが素面に戻ったのか、真顔でコクコクと頷いている。はぁ、人型とはいえ、子どもぽいから、この姿も問題があるよなぁ。これはこれで不便そうだ。
「で、お嬢さ……えー、ああー」
あー、何て呼んで貰うのがいいんだろうな。俺的にお嬢さんって呼ばれるのは寒気がするから勘弁して欲しいんだよな。でも、この姿も普段と同じ呼ばれ方をするのは、うーむ。あ、そうだ!
「ノアルジと呼んでくれ」
「わかった、ノアルジーさんよ」
まぁ、商会の名前もノアルジだからね、こっちの姿の時はノアルジで良かろう、うん。
「オススメを頼む」
俺の言葉に酒場のマスターがニヤリと笑う。改めて注文だぜ。
「うちのオススメはウェイストズースのステーキに柔らかい白パンだな。パンはステーキのタレを付けて食べるのをオススメする」
そして酒場のマスターが陶器で作られた瓶をカウンターに置く。
「そして、こいつがうちで1番良い酒だ」
ほうほう。そいつは楽しみだ。今は、沢山お金があるからね、がんがん頼んじゃうよ。
カウンターの上に金貨を4枚乗せる。
「これで買えるだけ頼む」
「お、おい、あんた、どれだけ食べて飲むつもりだ」
俺は首を振る。ふふ、違うんだぜ。
「これは、ここに居る皆への奢り分も含めてだ」
お大尽だぜ。一度やってみたかったんだよね。
「うおー、最高だぜー」
「よっ! お大尽さま!」
「ひゅー、ひゅー」
「あんたの名前忘れないぜー」
俺の言葉を聞いていた周囲の野郎どもが立ち上がる。
俺もカウンター席から立ち上がり、皆へと振り返る。そのまま手を上げる。俺が、俺が、お大尽さまだッ!
「最高だー」
「ノアルジー万歳」
「ひゅー、ひゅー」
そのまま酒場の連中と馬鹿騒ぎをする。そうだ、俺を、俺をたたえるのだ。
ご飯がやって来た後も、ご飯もそのままにお酒を飲む。うん、美味しい。何だろう、凄く甘いお酒だ。
「おっ、良い呑みぷりじゃねえか」
「これくらいは軽いぜ」
さあ、ガンガン飲んで食べるぜー。
……。
って、やっべ。調子に乗っていたら残り時間が……。騒いでいる場合じゃなかった。まだご飯も食べてないじゃん。いや、でも、ここで《変身》スキルが解除されるのは、くっ、仕方ない。これでも、結構《変身》スキルの効果時間は延びているんだけどなぁ。
「後は皆で楽しくやるといい。この食事も皆で食べてくれ」
俺は皆に拍手で送られながら酒場を後にする。
あー、もう、インゴットを作るために《変身》したのに、それが無駄になる所だった。危ない、危ない。
――[エルハイスピード]――
風の衣を纏う。そのまま試練の迷宮の前まで急ぎ駆けていく。やべ、やべ、時間がギリギリだ。
「マスター、用件は終わったのですか」
試練の迷宮の前では14型が待っていた。
「ああ、一応な」
と、急ぎインゴットを作ろう。
――[エルクリエイトインゴット]――
魔法のウェストポーチから手に入れた騎士鎧を取り出し、インゴットに作り替える。よっし、大成功。
【究極の暗夜石】
【暗夜鉱石を精製し作成された究極の暗夜石の塊】
究極の暗夜石が4個作成か。確か、暗夜石は闇属性を無効化するんだったか? 後でフルールに俺用の何か装備を作って貰おうかな。何がいいかなー。ま、フルールに素材を渡して聞いてみよう。
っと、ついでに覚えていた闇属性の魔法も解析しておくか。
――[ナイトメア]――
しかし、何も起こらない。
……。
うん、理解した。これ、使い道がない。寝ている人を必ず殺す魔法とか、怖い魔法だ。怖い魔法だけど、使う場所というか、使える場所がないよなぁ。眠らせるような魔法と併用して使うって感じなのか? なんというか暗殺用だよなぁ。怖い、怖い。
さ、そろそろ《変身》スキルの効果も切れそうだし、後は自宅に戻りますか。今日の晩ご飯は迷宮都市で食べるつもりだったんだけどなぁ。ま、仕方ない、今日もポンちゃんの料理をいただくとするか!