5-84 闇属性魔法
―1―
宙に浮いた大剣がクルクルと回っている。何だ? 何だ? 何が起こっている?
俺が宙に浮いた大剣を見ていると、そのすぐ側の地面から黒い布の塊が生まれた。黒い布が浮かび上がり、人の姿を作っていく。何だ? 魔獣か? いやでも、線が見えていないぞ?
黒いローブがこちらへと手を伸ばす。何だ、何をするつもりだ?
その瞬間だった。
真紅妃を持っていた俺の小さな右手が吹き飛んだ。くるくると宙を舞う俺の右手。え? 何だ? 危険感知が、俺の右手? へ? え? あああ、痛ぇ、痛ぇ。体が、俺の右手がッ! な、何が起こったんだ! 痛い、痛い。うおおおぉぉぉ。
――[アイスランス]――
俺の左手から尖った木の枝のような氷の槍が生まれる。氷の枝が黒ローブへと迫る。黒ローブがその衣に包まれた左手を回す。
氷の槍が黒ローブの左手に飲まれる。飲まれていく。
そして……。
俺の胴体部分から氷の槍が生えていた。え? 俺の体を俺の氷の槍が突き抜けている? 俺の体から体液がこぼれ落ちる。ヤバイ、ヤバイ。な、何でだ? 俺は向こうに攻撃して、その氷の槍が、俺の後ろから? 何だ、何が起こった?
――[ヒールレイン]――
癒やしの雨を降らせる。それに合わせて氷の槍を消す。傷が癒えない……? 何故だ? 癒やしの雨の効果が発動していない?
黒ローブが右手を回す。すると空中に黒い靄のような球が生まれていく。ま、魔法か?
――[ウォーターミラー]――
水の鏡を張る。黒い球がこちらへと飛んでくる。そして、そのまま水の鏡をすり抜け、俺の体に突き刺さる。体に穴を開け、俺の体を喰らう。痛ぇ。死ぬ、死ぬ。
俺の魔法は効かない、攻撃は見えない、向こうの魔法は反射出来ないって、何だよ、それ!
黒ローブがさらに黒い球体を3個ほど浮かばせる。ウォーターミラーでは反射出来ない。くそ、ならばアイスウォールか? いや、そうだ!
俺は部屋の端に飛んだ俺の右手と真紅妃を見る。そうだよ、まだ方法はある。
――《真紅妃召喚》――
しかし、真紅妃は応えない。まさか、距離があるからか? 手に持っていないからか?
黒い球が次々と飛んでくる。
――[アイスウォール]――
黒い闇の球が氷の壁を喰らい突き抜けてくる。くそっ、1枚では足りないか。
――[アイスウォール]――
――[アイスウォール]――
――[アイスウォール]――
3枚の氷の壁を張る。黒い闇の球は氷の壁をいともたやすく喰らい、抜ける。そして、俺の体に食らいつく。
ば、ばかな。
俺は油断していたのか? 調子に乗っていたのか? こんな、こんなトコロで終わってしまうのか。
俺は激痛によって体を支えきれず、そのまま前のめりに倒れ込む。ああ……、なんで、こんなことに……。
意識が虚ろに、目の前の視界がぼやけていく。
【闇の属性が発現しました】
【闇の属性発現に併せて[ナイトメア]の魔法が発現しました】
―2―
「おい! 気付いたか!」
誰かの声が聞こえる。
誰だ?
「ダーム、もう一度、頼む」
ダーム? 誰だ?
その瞬間、視界に光が戻る。な、何だ?
俺の目の前では、巨大な蜘蛛に姿を変えた真紅妃とスキンヘッドのおっさん、モヒカン、短髪少女がローブを着込んだ牛と戦っていた。そして、俺の傍らには羽猫と無口なおっさんが居た。
え? どういうことだ? 俺の体は? 右手は?
右手……ある。体に穴も開いていない。な、なんだ、何が起こっていたんだ?
「おい、芋虫。そのちっこいのに感謝するんだな! そいつが、俺らを導かなかったら、お前、やられていたぞ!」
スキンヘッドのおっさんが一瞬だけ、こちらを向き、叫ぶ。
「にゃあ!」
羽猫が感謝しろよ、とでも言わんばかりに一声鳴く。どういうことだ?
「お前、アストラルデーモンの闇の魔法に囚われていたんだよ!」
モヒカンが木の枝を生み出しローブを着込んだ牛へと絡みつかせるように伸ばす。闇の魔法……? 闇って、剣聖が使っていたけど、精神に来る系なのか?
「封術士抜きで、しかも1人で来るとか自殺行為だよ!」
短髪少女が風を纏わせた短剣を牛へと飛ばす。封術士? もしかして、この無口なおっさんが封術士? 会話の流れを見るに、精神系の魔法を無効とか解除とか出来るようなクラスなのか?
真紅妃が戦ってる3人の横から回り込むように牛ローブの背後へ回り込む。おー、大きな蜘蛛なのに俊敏だな。さすがは真紅妃。
そして真紅妃が牛ローブの背後から、大きく鋭い足で、その牛頭を押さえ込む。
「芋虫のテイムした魔獣、お前より優秀じゃねえかよ!」
おっさんが腰を落とし、拳に力を溜める。
そして、そのまま真紅妃によって押さえ込まれた頭へと、その拳を叩き付ける。牛の頭が破裂する。お、おい、グロいな。スキンヘッドのおっさんが返り血で酷いことになってるじゃないか。
「ちょっとー、こっちまで飛沫が飛んでる! もう、相変わらず酷いスキルだー」
短髪少女が頬を膨らませて怒っている。あ、ああ、勝ったのか。
それに合わせるように真紅妃が元の槍の姿に戻る。あー、ちゃんと召還出来ていたんだな。アレは、全て幻だったのか。
「え? テイムした魔獣じゃない? 召喚武器? そんなのランクAの一部くらいしか持っていないレアじゃない!」
真紅妃が元の槍に戻ったことで、短髪少女が驚き、叫ぶ。ふふふ、俺の真紅妃は凄かろう。
「おい、芋虫! お前には、まだ、ここは無理だ。武器は超一流かもしれんが、1人で何とかなるような場所じゃねえよ」
スキンヘッドのおっさんがこちらに振り返り、血飛沫をぬぐいながら喋る。あ、クリーンどうぞ。
――[クリーン]――
ついでに短髪少女さんもどうぞ。
――[クリーン]――
「ああ、すまねぇ」
「芋虫さん、クリーンありがとー」
あ、はい。どういたしまして。
ついでに、と。
――[ヒールレイン]――
癒やしの雨を降らす。
「おー、回復魔法か、助かるぜ」
「俺の回復魔法も無限に使えるワケじゃ無いからな、ありがてぇ」
いや、まぁ、何だか、助けて貰ったみたいだし……。
「……」
無口なおっさんがにっこりと笑いながら軽く俺を叩く。あ、はい。
『すまない。助かった』
「同じ冒険者だろ? いいってことよ」
「芋虫ちゃん、気にしない、気にしないんだぜー」
短髪少女が片目をつむり拳を突き出している。
いやぁ、でも、これ危なかったなぁ。この人らが居なかったら、俺、やられていたか?
「芋虫よー。お前、ここに来るなら封術士の仲間を探すか、せめて探求士は入れた方がいいぜ」
モヒカンが鼻の下をこすりながら助言をしてくれる。そうだなー、今回はちょっと準備不足だったかも。冒険者ギルドで、もうちょっとしっかりと情報を聞いてから来ても良かったよね。
俺も大分強くなったからさ、何とかなるだろうって気持ちで挑んだのが悪かった。
命がかかっているんだから、慢心や油断は禁物だよね。
はぁ、勉強になります……。