5-82 素早くなる
―1―
この小さな城が小迷宮『異界の呼び声』ってことは……? えー、あのー、昨日、俺が探索した場所は何だったんでしょうか? もしかして違う小迷宮だったのか! あー、もう、なんで俺はチェックし忘れているかなぁ。
「おい、芋虫、お前のステータスプレート、レベル上がってるんじゃねえのか?」
モヒカンが謎肉を焼きながら、ちらりとこちらを見て、そんなことを言った。えーっと、お肉焼けてますよ。って、レベルアップ? おー、そうなのか。久しぶりだな。そうか、さっきのコカトリスでレベルが上がったのか。
「おめでとうよ」
「……おめ」
「おめでてぇ」
あ、はい。ありがとうございます。
じゃ、さっそく振り分けますか!
【レベルアップです】
ランクアップは無い感じなんだな。てっきり前回、キャンセルしたから、次のレベルからは常に出てくるのかと思っていたよ。これ、ランクアップをキャンセルしたの、早まったかなぁ。うーん。
【ボーナスポイント8】
筋力補正:10(3)
体力補正:7 (3)
敏捷補正:70(6)+8
器用補正:10(12)
精神補正:5 (0)
ま、振り分けなんて決まっているんですけどね!
筋力補正:10(3)
体力補正:7 (3)
敏捷補正:78(6)+8
器用補正:10(12)
精神補正:5 (0)
何だか、ここまで来ると、振り分けても、どれだけ素早くなったか実感出来ないなぁ。
ちょっと反復横跳びをしてみよう。
野営をしている3人の冒険者の前で残像が出そうな速度で反復横跳びをする、俺!
どうだ、凄かろう。しゅたたたっとな。うーん、やはり何も変わっていない気がする。最初の頃は劇的に変わった気がしたんだけどなぁ。
「お前、何だか素早いな」
モヒカンさんが真っ黒に焦げた肉を齧りながら喋る。何だか程度かよ! 俺、結構さ、この世界でも上位クラスで早いと思うんだけどなぁ。まぁ、この小迷宮『異界の呼び声』ってCランク相当らしいから、このモヒカンや無口さん、スキンヘッドの3人は上位クラスの冒険者ってことだろうから、その人らから、見たらたいしたことないってコトか。
さらに反復横跳びを続ける。ふははは、早い、早いぞ!
スキンヘッド、モヒカン、無口が無言で焼き過ぎて黒くなっている謎の肉を食べている。あ、はい。俺、無視されてますね。
仕方ない、俺も飯にするか。
魔法のリュックから今日のお弁当を取り出す。今日は何かなぁー。四角い容器に入っているのは……何だ、コレ?
白くて丸い物が4つ。何だろう、コレ? 饅頭ぽいな。
サイドアーム・ナラカで1つ摘まんで食べてみる。ぱっくりとな。もしゃもしゃ。
うお、口の中で肉汁が弾ける。何だ、コレ。周りの皮は小麦粉で作られてるぽいな。で、中に野菜と魚介類と肉がスープみたいな感じで詰まってると。これ、本当に饅頭じゃないか! この世界で初めて饅頭を見たぞ。ポンちゃん、凄い発想じゃん。帝都だと小麦は無かったと思うから輸入品かな。結構、高かったんだろうなぁ。
「芋虫、変わったの食べてるな」
何故かスキンヘッドのおっさんがこちらに振り返り話しかけてくる。
『うちのお抱えの料理人が作ったのだ』
「おいおい、芋虫のお抱えかよ」
そうだよ。いやぁ、ポンちゃんを料理人として誘った俺の目に狂いは無かったね! さすがは俺!
「ひとつ食わせてみろよ」
いつの間にかモヒカンが俺のとなりに来ている。す、素早いな。でも、やらないよ。
俺はサイドアーム・アマラを使い、四角い容器を持ち上げる。これは俺のだからね。欲しかったら帝都の俺の食堂に食べに来るんだな!
―2―
俺とモヒカンがバトルを繰り広げていると、小さな城のような小迷宮『異界の呼び声』から1人の少女が飛び出てきた。
「おっさーん、中、大丈夫だぜー」
赤い皮鎧を着込んだ短髪少女が敬礼をしている。
「だ、誰がおっさんだ!」
そのスキンヘッドの言葉に、周りの3人――全員がスキンヘッドを指差す。モヒカンも俺を追いかけるのを一旦止めて、スキンヘッドを指差してやがる。
「お、そこに居るの、酒場で噂の芋虫じゃん」
短髪少女が俺の方に近寄ってくる。何の用でしょう?
「へー、本当に冒険者なんだ。噂だけだと思ってたんだぜー」
短髪少女が俺のステータスプレートをのぞき込んでいる。こ、個人情報なんで、余りジロジロと見ないでください。
「おう、こいつ、なかなか素早いぞ」
モヒカンが焦げた炭を食いながらそんなことを言っている。お前、よくそんな炭みたいなモノを食えるな……。
「あー! とんがり! 私が戻るまで絶対に料理するなって言ったのに! 酷いんだぜー」
「はん、これが男の料理よ!」
いや、それ炭だからね。料理じゃないからね。
「で、私の分は?」
短髪少女の言葉を受け、モヒカンが火の側を指差す。そこには炭になった謎の物体があった。
「あんなもん、食えるかー!」
もう食い物じゃないよね。
「はぁ、私の食べ物が、ちらちら」
何故か、短髪少女が、わざわざ言葉に出しながら、こちらにちらちらと視線を送ってくる。いや、上げないからね! 絶対に上げないからね!
『冒険者なら、自分の食べ物は自分で用意するがよかろう』
「確かにねー」
短髪少女が腕を頭の後ろに組み、ニヤリと笑う。
「で、おっさんにとんがり、無口ー、今なら中、進めそうだぜー」
「そうか」
おっさんと呼ばれたスキンヘッドが火を消し、立ち上がる。
「って、ことで俺らは芋虫に構ってる暇が無くなったわけだ」
モヒカンが手を振って、そんなことを言っている。いや、誰も構ってください、なんて言ってないからな。
無口な人も静かに立ち上がる。ホント、この人、喋らないな。
「俺らは今から、この小迷宮を攻略するが、邪魔するなよ」
あ、はい。
おっさんたちが短髪少女の先導で小さな城の中に消えていく。
うーん、これはどうしようかな。すぐに入ったら邪魔しそうだ。仕方ない、俺はお弁当の残りを食べて、それからゆっくり中に入りますか。
と、その前に!
――《転移チェック5》――
しっかりと転移のチェックをして、と。
じゃ、ゆっくりしますか!
ぱくり、もしゃもしゃ。