5-66 商会の名前
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――《転移》――
《転移》スキルを使い我が家へと戻る。にしてもノアルジ商会か。って、もしかして、俺ってば、あのまま氷嵐の主を名乗っていたら、仲良くなった人からはヒョウさんって呼ばれるようになっていたのか? 異界言語理解スキルの翻訳がどうなっているのかわからないけどさ、そうなっていた可能性は高い、か。
まぁ、もう今はランで慣れたし、ランでいいか。今更、この姿で、この世界、名前なんてどうでもいいしね。
一日でかなり形になった換金所を横目に食堂へ向かう。貧民窟からだと左手に大きな換金所、その先に進むと我が家と左手前にフルールの鍛冶小屋、そして隣接するように食堂って感じだね。土地が広かったから良かったけどさ、ホント、色々増えすぎだよな。
「マスターのお帰りなのです」
あ、14型さん、ちーっす。
「さ、どうぞ、こちらへ」
あ、はい。って、何処へ連れて行くのよ。
14型とともに食堂へ。あー、何故か食堂が作戦会議室みたいになってるね。いつもの指定席に座る。うん、やはり俺の体型に合わせて作ってあるから座り易いね。
「お、オーナー、お帰り」
ポンさんが俺の前に料理を置いてくれる。今日はコーンスープだけか。やはり料理の種類が少ないなぁ。ポンさんが工夫してるのはわかるんだけどさ、やっぱり食材が悪いのと少ないのはキツいのかもしれないな。
もしゃもしゃ。
コーンの味も俺が知っているのとは格段に落ちるよなぁ。甘くないというか、ごりっとした感じというか……。
と、そうだ、今日は蟹があるじゃん。
『ポン殿、か……』
「あ、ラン様! お待ちしました!」
そこへユエもやってくる。ちゃんと喋れてないよ、焦らないでゆっくり喋ろうね。
「大事なお話があるので14型さんにラン様が帰ってくるのを待ってもらって……ふー、ひー」
ユエは走ってきたから、猫耳をぴょこぴょことせわしなく動かしている。あー、それで、14型が居たのか。
「フルールも、その話に必要なんですのぉ?」
フルールとフエさん、それに森人族のクニエさんもやってくる。ふむ、どうやら大事な話ぽいな。
いや、でも、その前に!
『ポン殿、蟹肉があるんだが、調理してもらっても良いか?』
「何だってよ!」
『ジャイアントクラブの肉だ。3つある。ここで出しても良いか?』
「いやいや、オーナー、ここは駄目だってよ。換金所予定地に、な、な?」
ポンさんが慌てたように言う。仕方ないなぁ。じゃ、換金所予定地に行きますか。
皆で換金所の予定地に向かう。もう木枠は作り終わっているし、ある程度は壁も作られている。うーむ、この世界は仕事が早いなぁ。
と、じゃあ、ジャイアントクラブを取り出しますかね。
俺は魔法のウェストポーチXLから3杯の巨大な蟹を取り出す。デカいよなぁ。1杯で大人10人分くらいはありそうなサイズだもん。
「でけえな、おい」
ポンさんが蟹の甲羅を叩いている。
『自分は茹でた方が好みだ』
「いやいや、オーナー、このサイズを茹でるとか無理だからよ」
えー。
「ま、小さくして焼きか」
「それなら、解体ですね。任せて下さい」
クニエさんが輝く銀色のナイフでジャイアントクラブを解体していく。おー、サクサク解体しいくな。蟹爪や色々な部位が綺麗に分かれていくぞ。
『凄いな』
「狩人の解体スキルですよ。初めて見た魔獣でも解体場所が分かる優れものです」
へー、そうなんだ。俺も上げてみようかな。
「じゃ、俺はその間に火の用意をしとくよ」
ポンさんが換金所予定地を出て行く。そして、外の少し開けた場所で火の準備を始めた。
そのまま皆で火を囲みバーベキューである。
『さすが、ポン殿、手早いな』
「オーナーが知っているように、俺は元冒険者だからよ。こういう準備は得意よ」
さすがだな。
「しかしよ、オーナー、あの量は保存が厳しいぜ」
ああ、ここでも保存の問題が出るのか。いくら帝都が涼しいって言っても限度があるもんなぁ。
「こうなってくるとよ、出来れば氷室が欲しい」
ポン殿が呟く。氷室? 冷蔵庫みたいなモノかな?
「氷室は予算が……」
猫人族のユエが空中に指で何かを書いている。資金の計算をしているのかな?
『ユエ、それは高いのか?』
「ええ、帝城にしか無いような代物です……」
『買うのは難しいか?』
さらにユエが空中に指を走らせる。高速で何かを計算しているな。
「ギリギリ、なんとか……」
『なら頼む』
「おいおい、マスター、いいのかよ! 俺はちょっとした冗談のつもりだったんだがよ」
構わん、構わん。美味しい物を美味しく食べたいからな!
「ラン様、了解しました」
そして、そのまま皆で焼き蟹を食べる。
「これは美味しいですわぁ」
「そうですね、里ではジャイアントリザードが一番のご馳走だったんですが、それよりも美味しいかもしれません」
「……」
フエさん、全然、喋らないな。無言スタイルか!
もしゃもしゃ。
「マスター、お水です」
あ、はい。でも14型さん、必要以上は要らないからね?
皆で蟹を食べる。最初は美味しいと喋っていた口が、やがて静かになり、夢中で蟹肉を食べていく。
もしゃもしゃ。
そこで、急にハッとしたようにユエが顔を上げる。
「夢中で食べてました! ラン様、お話が!」
あー、そういえば、そういう流れだったね。
「ラン様、商業ギルドと冒険者ギルドの話し合いで、西側の冒険者ギルド窓口をここに移したいと申し入れがありました。それに合わせて、急ぎ、この商会の名前が必要になります」
む。俺の家に冒険者ギルドを置くの?
『ちなみにそれは断ることが可能か?』
「断られるのですか? 可能は可能ですが、その場合、商業ギルドと冒険者ギルドから睨まれることになると思います……」
ユエの猫耳がぺたんと垂れ下がる。そ、そうか。それは断れないな。もし断ると商業ギルドから出向しているユエは連れ戻されそうだなぁ。ユエは有能そうだし、ま、仕方ないか。
『いや、受けよう。それと商会の名前はすでに決めてある』
「あ、そうなんですね!」
「あら、ラン様、名前決めましたのぉ? やはりフルールの鍛冶系を優先した名前で!」
何がやはりだよ。フルールさん、君は黙っていようか。
『ノアルジ商会だ』
俺の天啓に皆が、どう反応して良いのかわからない顔でこちらを見る。いや、あの、そういう顔されると、ホント、心が折れそうになるので勘弁してください。
『自分はラン・ノアルジという名前なのだ。そこから来ている』
「あ、そうなんですね。りょ、了解しました……」
ユエが取り繕ったような笑顔で応えてくれる。いや、そんなに、この名前駄目ですか。でもさ、もうファットのトコロで、すでに苦し紛れで言っちゃったからなぁ。
もう仕方ないんだ!