5-55 からまれた
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《転移》スキルを使い迷宮都市に到着。下り階段と、その先に重そうな扉がある広場だね。うーむ、今日も人が居ない。ここは町外れになるのかな。これなら安心して《転移》のチェックポイントに使えるね、うんうん。
じゃ、さっそく迷宮都市を見て回りますかね。まずはお店とかだよね。
冒険者ギルドを抜け、右側の王城へと続く道を歩いて行く。その際、冒険者ギルドの中を覗いてみると多くの冒険者の姿が見えた。さすがは迷宮都市、繁盛しているみたいだね。
王城へと続く商店街にも笑いながら歩いている冒険者の姿がちらほら見える。今日は儲かったぜ、とかレアアイテムが手に入ったとか喋ってるぽい。流れてくる会話のログを見ているだけでも楽しそうだ。いいなぁ、俺も仲間に入りたいよ。
武器屋、防具屋、魔法具店、雑貨店、食料品店、それに食堂――って、食堂だと! よし、まずは飯だ、飯! 朝ご飯を食べたとこだけどさ、もうお昼前だからね。幾ら急いだと言っても数時間かけて帝都の東側に行ってるからね。歩き疲れて空腹なのだ!
さあ、食事だ、食事。お金ならあるッ!
ログハウスのような食堂に近づくと、とてもいい匂いが漂ってきた。何だろう、何かを焼いているのか? クルクル何かが回っているようだけど、ここからだと何を焼いているのかよく見えないな。
匂いに誘われ食堂へ。
「おや、匂いに誘われたのか魔獣もどきがやって来たぞ」
ログハウスの入り口横、そこには火であぶられながらクルクル回る肉の塊と、それを椅子に座って見つめているバンダナをしたスキンヘッドのおっさんが居た。何の肉だろう、豚みたいに見えるよね。お尻から口まで1本鉄の棒が突き刺さって、それがクルクル回っている。
「こいつはウェイストズースの肉だぞ。非常に美味しいんだぞ」
ああ、確かに良い匂いだ。
「外の荒野に居るんだが、中々に強い魔獣だぞ」
ほー、でも美味しそうだよね。スキンヘッドのおっさんがクルクル回る肉に何かのタレを塗りたくる。タレが火であぶられ良い匂いを醸し出す。うーん、焼き鳥みたいだ。
「中を綺麗にしてよ、香草を詰めてるんだぞ。そして周りの肉に切れ目を入れてタレを染みこませて丁寧にゆっくりと火を入れていくのよ」
おっさんがクルクルと回る肉にタレを塗る。うん、良い香りだ。
「ちょっと食べてみるかい」
『是非!』
俺の天啓を受け、一瞬驚いたおっさんが、手に持ったナイフで小さく肉を切り取りこちらに差し出してくる。じゃ、ありがたくいただきますか!
俺はサイドアーム・ナラカで小さな肉の塊を取り、そのまま口の中へ。
もしゃもしゃ。
うまい、凄く美味い!
何だろう、引き締まった肉のうまみも、中から染み出す薬味のぴりっとした味わいも、香ばしいタレの甘みも、全てが最高だ。美味しさに本能が疾走しそうだよ。
コレは良い、良い物だ!
――[ウィンドボイス]――
「うまい、うますぎる!」
風が記録していた声を再生する。
「うお、何処だ? 何処からか、可愛い声が聞こえたぞ!」
おっさんがキョロキョロと周囲を見回している。余りのうまさに風が語りかけたのです。いやあ、でもさ、本当に美味しいね。
『これは幾らになるのだろうか? 是非、買いたい』
「おー、魔獣モドキのあんちゃん、こいつの味が分かるのか。一切れ640円(銅貨1枚)だぞ」
やっす! 安すぎない? 一切れがどれくらいの量か分からないけど、安すぎる気がする。よし100個くらい買っちゃうか! お金ならあるんだ!
いやあ、最高だな。
と、その時だった。
「おいおい、魔獣が居るぞ。都市の中に魔獣が居るとか門番は何やっているんだ?」
俺の後ろから声がかかった。うん? もしかして俺に話しかけているのか? 最高の気分に水を差すなぁ。
『知恵ある魔獣も居るだろう。ここに居て何がおかしい?』
俺は後ろに天啓を飛ばし、振り向く。
「おいおい、知恵があろうが、無かろうが、この迷宮都市は魔獣が入っていい場所じゃ無いんだよ。ここの何処にもそんな奴らは居なかっただろうが!」
そこに居たのはちょっと豪華な騎士鎧に身を包んだ緑のモヒカン頭だった。うーん、横から禿げてきたのかな。
「おいおい、中に居る時点で、この魔獣モドキは居ても良いと認められたってことだぞ」
スキンヘッドのおっさんが俺と緑モヒカンの間に入る。
「勝手に侵入したかもしれないだろ。紛らわしいのは殺しとくに限るんだよ」
うへぇ、殺すとか過激だねぇ。
『一応、自分も冒険者だが?』
俺は胸元のステータスプレートを緑モヒカンに見せる。
「お、おいおい、マジかよ。こいつ、これで冒険者だと。しかも俺よりランクが高いじゃねえかよ!」
あ、モヒカン、俺よりランク下なんだ。ぷーくすくす。
「ふん。今回は見逃してやるがよ、次は門番に突き出すからな!」
はいはい。何なの、このモヒカン。急に絡んできたかと思うと捨て台詞を残して去って行くし、訳わかんない。
「冒険者は荒くれが多いから、あーいう手合いも結構居るんだが、俺の店で絡んで欲しくないな」
スキンヘッドのおっさんがそんなことを言っている。えーっと、何だか、すんません。でも、おっさん、ぶっちゃけすぎじゃね?
「で、魔獣モドキさんよ。買ってくれるんだろ?」
あ、はい。買います、買います。
『自分はランだ。小金貨1枚分、貰おう』
俺はおっさんに小金貨を見せる。64個分だぜ! 半分は俺が食べて、残りはポンさんに持って帰って研究して貰おう。うちの食堂でも食べられるようにしたいもんね。
「あ、あんた意外と金払いがいいんだな! 沢山買ってくれるのはいい客だ。これからもひいきにしてくれ」
もちろんだぜ。
俺はスキンヘッドのおっちゃんから肉の塊を64個分受け取る。こう、ナイフでスパスパと塊を切り取って行くのは見てて楽しいね。
「オマケで中の香草部分も入れといたぞ。本当はうちの食堂で出す分なんだがな!」
スキンヘッドのおっちゃんが笑っている。ほー、なるほどね。ここで焼いての切り売りは客寄せって感じで、ある程度焼いたら中の食堂で出す分に回すのかな。って、ここで、こんだけ買っちゃったら、中の食堂で食べるのが……。
ま、まぁ、当分の間、迷宮都市には通うことになると思うし、追々楽しむってことにするかな!
いやあ、いきなり美味しい物に出会えたし、幸先がいいなぁ。