5-49 都市の中へ
―1―
砂漠が終わる。辺りが荒野へと変わっていく。砂竜が砂から乗り上げ、硬い荒れ地の上に足を乗せる。そのまま、ぺたぺたと歩いて行く。あー、ここは泳いでいけないのか。って、凄く遅い、歩くの遅い。
もう、迷宮都市が見えているのに、じわじわと進むとか、うおう、何という焦らし具合。
ゆっくりと時間を掛け、荒野を進み、そして城壁近くに到着する。おー、大きな城壁だな、近くに来ると壁で中が見えない。背の高い砂竜船でも壁を見上げる感じだね。中央に巨大な開かれた門が見える。あれが入り口かな?
「止まれ、止まれ! そこの砂竜船、止まれ!」
砂竜船が城壁に近づくと、門の方から門番らしき武装した若い兵士がこちらへと叫びながら走ってきた。兵士の言葉に合わせて砂竜船の動きが止まる。
「止まれ、何を考えてるんだ! こっちは正面門だぞ。砂竜船なら都市の横の港へ廻れ!」
何やら怒っているみたいだな。で、横って何処よ? どっちを向いて横かわかんないですけど。何という適当な門番。
「ああ、すまないが、ヤズ卿に取り次いで貰えないか?」
青騎士の言葉を門番は胡散臭そうに聞いている。
「怪しいヤツめ。お前らのような新人の冒険者の言葉などヤズ様が聞くものか!」
門番が叫ぶ。それを受けて赤騎士がため息を吐き、青騎士もヤレヤレという感じで肩をすくめているようだ。
「わかったら、早く立ち去れ! ここはA級の冒険者も来るような自由都市なんだぞ!」
門番の言葉を受け、青騎士が苦笑する。
「君は新人の門番かな? せめて上司のイルックを呼んで貰えないか?」
青騎士の言葉を聞き、先程まで強気で喋っていた門番が、もしかしてやばい対応をしてしまったかもとでも言うように青い顔になっていく。
「ちょ、ちょっと待て。そこで待て。すぐに呼んでくるから、待つんだ、いいな」
若い門番はこちらの返答もまたず、すぐに門の方へと帰っていた。あ、いや、何だったんだろう。展開が早すぎるね。
砂竜がその場へとうずくまる。そして寝始めた。こいつ、いつも寝てるなぁ。
砂竜船の上でしばらく待っていると、2人の兵士がこちらへと走ってきた。1人は先程の若い門番、もう1人は少し上等そうな鎧に身を包んだずんぐりむっくりの髭もじゃのおっさんだった。髭もじゃのおっさんが親しげにこちらへと手を振っている。
「よぉう、カーじゃねえか! やっと帰ってきたのか」
髭もじゃの言葉に青騎士が頷く。
「あの、やんちゃな姫さんも一緒か?」
「ああ、姫も一緒だ。ヤズ卿に取り次いで欲しい」
そこでイルックと呼ばれた髭もじゃが若い門番の頭を思いっきり叩いた。
「こいつ、まだ新人でよ、余り責めないでやって欲しいんだが」
「ああ、分かってるさ。それとイルック、この砂竜船だが、魔人族が所持していた物なんだ。盗品の恐れがあるから、頼む」
「魔人族だとっ! くそがっ、本当に何処にでも現れやがる。おい、砂竜船を港の方に回して、所有者の確認を」
「りょ、了解しました!」
若い門番が腕を胸に当てて敬礼のようなポーズを取る。ふむ。所有者確認って、どうやってやるんだろうな? この迷宮都市に所有者の情報が全部あるとは思えないし、砂竜船に所有者の名前が書いてあるとは思えない。書いてあった所で、そこから所有者の住所や連絡先が分かるような便利なシステムがあるとも思えないし、うーむ、謎だ。
青騎士が砂竜船を降りる。続いて赤騎士、ジョアンも砂竜船を降りる。そして姫さまがこちらを見てニヤリと笑い、そのまま砂竜船を降りた。じゃ、俺もおりますか。
俺が砂竜船から降りると、砂竜船を動かそうとしていた若い門番とイルックが驚いたようにこちらを見た。
「お、おい魔獣が」
そこで何故か姫さまが腰に手を当て上体を反らし、にひひと笑う。
「ランなのじゃ!」
いや、あのう、それだと相手に伝わらないと思うんですけど。
『星獣様のランだ』
とりあえず自己紹介をしておく。
「ま、魔獣かと思ったが、か、変わった種族だな」
あー、それで済むんだ。
「ランはわらわの友達なのじゃ」
姫さまは上得意だ。
「そ、そうか。さすがは姫さまだな……」
イルックさんの髭もじゃな笑顔が引きつっている。
―2―
イルックさんの案内で迷宮都市の外壁へ。そして、そのまま門を通り、迷宮都市の中へ。おー、ついに迷宮都市に到着か。
門の中に入ってすぐは大きな橋になっており、下を水が流れていた。うお、外に堀があるんじゃなくて、城壁の中に堀があるのか? これだと外壁の手入れが大変なんじゃないかなぁ。
俺たちが橋の上を歩いていると、途中、すれ違う商人風の人たちが驚いたようにこちらを見ていく。まあ、兵士のお偉いさんや姫さまが一緒だもんな。一般人からすると上の人が普通に歩いているって感じなのかな。
そして橋の終わりにはゆったりとした質の良さそうなローブに身を包み、腕を組んだ獅子頭の男が居た。おー、獣人ですな。種族は何だろう、初めて見る種族だね。勝手に鑑定したら怒られるかなぁ。
「はっはっはっは! ようこそ、迷宮都市リ・カインへ!」
男が大きく笑い、喋る。その姿に姫さまや青、赤の両騎士が驚いているようだった。
「ヤズ卿どうしてここに!」
青騎士が驚きの声を上げる。ん、この人がヤズ卿? 多分、この迷宮都市で結構な偉い人なんだよね?
「そっちの姫さんが戻ってきたと聞いてな。こうして待っていたのよ!」
ヤズ卿が大きな声で笑っている。
「ヤズ様は門の視察に来ていただけだからよ、偶々よ、偶々」
イルックさんがヤズ卿に聞こえないように小さな声で教えてくれる。あー、そうなんですね。
「うん? 姫さん、そっちに変なのがいるな。どうした、また何かやらかしたのか?」
「ランなのじゃ!」
ヤズ卿の言葉に姫さまが応える。いや、だから、それでは通じないと思うんだが……。
「そうか、ランか!」
ヤズ卿は、がははははと笑っている。えーっと、この人、お偉いさんなんだよね? ここ、大丈夫なんだろうか。
『星獣様のランだ。よろしく頼む』
とりあえず挨拶をしておくか。
「ふむ、変わった種族のようだが、まぁ、さすがは姫さまと言う所か」
獅子の頭を持ったヤズ卿は顎に手を当て自身の毛を梳きながら笑っている。
「そうなのじゃ。ヤズ卿、ランはその姿ゆえ、誤解を受けやすいと思うのじゃ。便宜を図って貰えると嬉しいのじゃ」
「なるほど、なるほど」
ヤズ卿がうんうんと頷いている。
「迷宮都市は神国に忠誠を誓ったわけじゃない、永久自由都市だ。だが、姫さん、恩のあるセシリア姫の頼みだから聞いてあげたいのだがな」
「そうなのじゃー」
「だが、それは駄目だな」
獅子の頭のヤズ卿がこちらを見定めるように鋭く眼光を――視線を向ける。
「なぜなのじゃ!」
「ここは力ある者が敬われる自由都市だ」
そしてヤズ卿は視線を下へとずらす。俺の首下部分を見ているのかな?
「俺が言ったから、ではなく、その者自身の力によって周りを認めさせるべきだと思うのよ」
「むう」
姫さまが頬を膨らませる。
「ま、そう拗ねなさんな。そう心配しなくても俺は大丈夫だと思ってるがね」
獅子頭のヤズ卿は愉快そうに笑っている。
「ま、何にせよ、もう一度言うぜ。まだ、この迷宮都市で見ぬ種族のランよ、迷宮都市リ・カインへようこそ、だな!」
あ、ああ。
やって来たぜ、迷宮都市。