5-48 砂漠越えて
―1―
砂に埋まり大きな欠伸をしている砂竜船の竜へ青騎士が近づく。そのまま御者台に上がり、手綱を握る。
「姫、行けそうです」
青騎士がこちらへと大きな声を上げる。
砂竜船は首長竜の背中に窓のある四角い箱が乗っている感じだ。箱は結構大きいよね。ちょっとしたバスの待合室くらいのサイズはあるな。
「わかったのじゃー」
姫さま、ジョアン、赤騎士とともに砂竜船へと向かう。赤騎士が先に砂竜の背に取り付かれた屋形部分に上がり、姫さまへと手を伸ばす。その手を何故かジョアンが取り、屋形部分に上がる。赤騎士が少し嫌そうな顔をしているがジョアンは気にしていないようだ。そしてジョアンが手を伸ばし、姫さまを上に上げる。
「おおう、ジョアン、すまないのじゃ」
じゃ、俺もあがらせてもらおうかな。
「ラン、こっちなのじゃ」
姫さまが手を伸ばす。いや、あのね、俺の手だと握るのは無理だと思うんだ。
――《魔法糸》――
魔法糸を屋根部分に飛ばし、そのまま飛び上がって屋形の中に作られていた椅子に乗っかる。そのまま芋虫スタイルでびろーんとくつろぐ。中は広いからね。俺が席の半分を使っても大丈夫なのさ。
「うむ、ランは自由なのじゃ」
そうなのじゃ。
「では、姫、出発しますよ」
青騎士の言葉とともに砂竜が大きく体をもたげる。うおお、高い、高いぞ。なかなか良い景色だ。ま、まぁ、周りは砂漠と埋もれた石柱しかないんだけどね。
―2―
砂漠を渡っていく。うーむ、この砂竜、砂漠を海のように泳いで進んでいくんだな。この巨体で砂を泳ぐって、ホント、どうなっているんだ。何だろう、謎の魔法的な力が働いているんだろうか? 確かに砂竜の体の周りには緑色の魔素が見える。アレが何かの力を生み出しているのかもしれないな。
やがて日が落ち、そして、夜が訪れた。戦慄の夜ですよ。砂漠の夜は凍るんだよな、おいおい、どうするんだ? 砂竜船に乗っていたら大丈夫とか、そういうことはないのかな?
……。
ま、あったら遺跡で休むなんて方法をとっていないよな。どうするんだろう。
『砂漠が凍り始めているが、どうするのだ?』
俺が天啓を飛ばすと赤騎士が頷いた。
「そうか、知らないか。ま、見てな」
そう言って赤騎士は懐から紫色の魔石のような結晶を取り出す。
「火の結晶石なのじゃ。なかなかに綺麗なので見て楽しむのじゃ」
姫さまの言葉に赤騎士がハハハと『ご冗談を』とでも言いたそうな顔で笑っている。
赤騎士が凍り始めた砂漠に火の結晶石を投げ込むと、そこを中心として大きく紫の光が走った。そして周囲の氷が、水の魔素が土の中へと消えていく。おおー、凄い。しかも、ここだけ昼のように明るくなったな。
「これで夜の砂漠でも野営が出来るって寸法よ」
なるほどな。しかし、こういったアイテムを持っていなかったら砂漠の横断って無理そうだな。異世界の砂漠は難易度が高いなぁ。
「ま、これはこれでデメリットはあるんだけどよ」
あ、やっぱりそういうのあるんだね。
「まず、使い捨てだってことと――」
あー、使い捨ては、な。お金がかかるし、嵩張るし、大変だよね。
「その明るさに誘われて魔獣が現れるってことですね!」
青騎士が赤騎士の言葉を引き継ぎ、新しい剣を手に持って砂竜船から飛び降りる。それを待っていたかのように周囲の砂が盛り上がり、トゲの生えた蔦のような魔獣が現れる。すぐさま青騎士が少し短めの両刃の剣を振り回し蔦を斬り裂いていく。
「スー、最初は俺が戦う」
青騎士の言葉に赤騎士が手を挙げて応える。火の結晶石で明るくなった今なら、その仕草も青騎士には見えているんだろうね。
そして、赤騎士がこちらに振り返る。
「では、下はあいつに任せて俺たちは休みましょうか」
「わかったのじゃ」
姫さまはすぐに寝袋を取り出し、その中へ入る。あ、この子、ホント、思い切りがいいなぁ。
「しかしっ!」
ジョアンが赤騎士の言葉に不満を漏らす。
「休むのも仕事だぜ。それにあいつがやばくなったら、すぐにこっちを起こしに来るさ」
赤騎士がジョアンの頭をコツンと叩く。
「わ、わかった」
ジョアンも理解はしているのだろう、しかし少し不満そうな顔になっているな。ま、役割があるからね、仕方ないね。
多分だけどさ、この3人の中だと、姫さまが最高戦力なんだろうな。だから、姫さまが全力で戦えるように雑魚などの露払いは2人の護衛騎士が行うって感じなのかな。姫さまはそれが分かっているから、すぐに休む――割り切った効率的なチームだよね。
しぶしぶながらジョアンが体を横にし、目を閉じる。そして赤騎士も壁を背に武器を抱えるように座り込んで眠り始めた。
さあて、じゃあ、俺は夜の時間潰しとしゃれ込みますか!
――《魔法糸》――
真紅妃と真銀の槍を持ち、魔法糸を砂漠に飛ばして砂竜船から降りる。
「え? どうしたんです?」
青騎士が驚き、こちらを見る。
『暇だからな。時間潰しがてら戦いに来た』
経験値、経験値ですよ。それにMSPや熟練度稼ぎ――もうね、がんがん戦っちゃうよ!
―3―
そして日が昇る。うーむ、悪夢のような夜が明けたって感じかな。色々な魔獣が現れるのかと思いきや、ずーっとトゲのついた蔦のような魔獣が現れ続けるだけだったからなぁ。単調すぎて悪夢のようだった。しかも経験値もMSPも増えないとか、ホント、悪夢だよッ!
今日も砂竜船が進んでいく。
日が真上に来た辺りで姫さまが目を覚ました。俺の頭の上の羽猫はまだ寝たままです。昨日、俺が一生懸命戦っている時も寝ていたよね、寝ていたよね!
「まだ寝たりないのじゃ」
「姫さんよ、寝てばかりいると太るぜ」
「うるさいのじゃー」
そこで赤騎士が俺とジョアンの方へ振り向いた。
「この調子なら、今日の夕方には迷宮都市に着くな。飯はそこでいただくとしよう」
あ、昼飯抜きなんですか。むぅ。
「なんじゃ、ラン、お腹が空いたのか。仕方ないのじゃ、使うのじゃ」
姫さまが貪食の敷布を貸してくれる。あ、かたじけない。じゃ、お言葉に甘えてご飯を出しましょうか。
俺は貪食の敷布に魔力を込める。それに併せてぽこぽこと椰子の実サイズの緑色の塊がが現れた。うーっし、じゃ、食べますか。
「おい、カー。ランさまがお前の分のご飯も出してくれたぞ」
赤騎士が窓から体を乗り出し、御者台の青騎士へ緑の木の実を投げる。
じゃ、俺もいただきますかね。木の実を開け、中の蜜を飲む。
もしゃ……いや、じゅるりじゅるりだね。うーん、相変わらず甘い。どろっとしたハチミツを飲んでいる感じだ。
食事を終え、砂竜船の上でくつろいでいると、周囲の風景が変わってきた。砂地が硬く、荒れた大地に代わり、ところどころに葉が無く背の低い木が見えるようになった。何だろう? 荒れ地に生える特別な木なのかな?
そして遠くに巨大な城壁が見えてきた。
「ラン、見るのじゃ。あれが迷宮都市リ・カインなのじゃ!」
ああ、ついに迷宮都市に到着か。
2016年6月30日修正
中の密を飲む → 中の蜜を飲む