おしえて、シロネせんせい2
「はぁ」
シロネは1つ大きなため息を吐き、ゆっくりとした歩みで教室へと向かう。今日もシロネが苦手とする子が来ている日のはずだ。体が弱いということだったはずなのに、最近はちょくちょく見かけるようになった不思議な少女。膨大な魔力と何処から手に入れたのか数々の魔法の知識をもった青く長い髪の少女。
シロネが教室に入った後も多くの生徒が雑談をしてシロネを無視していた。貴族としての教育を受けているはずの令嬢たちが学習の前に雑談をしている。
「皆さん、授業開始ですよ……」
教室の中央には令嬢たちに囲まれた青髪の少女の姿が見える。ああ、やっぱり今日は居るんだな、とシロネは人ごとのように考えてしまう。青髪の少女はきゃいきゃいと騒いでいる令嬢に囲まれ、その勢いに少し笑顔を引きつらせている。
「皆さん、シロネ先生が来てますよ」
青髪少女の言葉に皆がシロネへと振り返る。
「先生ですわ」
「皆さん、早く着席を」
「ノアルジーさま、また後で」
シロネが教室内を見回す。全ての令嬢が席に座っている。
「むふー。では、本日の授業を始めます」
シロネの言葉に令嬢たちが頷く。
「本日はMPについての授業になります。むふー。まずは皆さんお手元のステータスプレートを確認してください」
少女たちが様々なステータスプレートを取り出す。殆どの物が銀色で中には希少な金色のステータスプレートを持っている者も居る。さすがは上級クラスと言ったところだろうか。
シロネが青髪少女のステータスプレートを見る。その手にあるのは見たこともない、真っ黒なステータスプレートだった。
「むふー。皆さん、実技を終えて、ええ、ちょっとしたハプニングもありましたが、MPの重要性は理解したと思います」
シロネの言葉に少女たちが頷く。
「さて、人に最大MPを知られるのが恥ずかしい、と思う人も居るでしょうが、言いますね。このクラスは大体、80から120くらいが中心になっています。さすがは上級クラスですねー」
シロネの言葉に金色のステータスプレートを持っていた少女が大きな笑みを作る。彼女は自身の最大MPの数値に自信があるのだろう。
「むふー。ま、まぁ、1人異常な――例外はありましたが、概ね、このクラスはそんな感じですねー。参考までに、中級クラスで40から60、下級クラスで10から30が中心になりますねー」
「あら、他はそんなに低いんですの?」
1人の少女の言葉にシロネが頷く。
「そうなのです。むふー。魔法を使うことがない人たちは最大MPが10程度の人もいます。最大MPは魔法の才能と一緒です。あなたたちがどれだけ優秀か分かると思いますねー」
青髪少女の赤い瞳がシロネを見つめる。シロネは、その瞳に何もかもが見透かされているような、そんなちょっとした不快感を感じながら、それでも話を続ける。
「MPが少ない人たちは物理戦闘職につくことが殆どです。むふー。武器を持った戦いなら、そう言った人たちの方が優れているでしょうねー」
シロネの言葉に少女たちが自尊心を傷つけられたかのような、少し嫌な顔をする。
「しかし、私たちの方が優れていることもあるのです。それがSPですね。SPはある程度までの攻撃を無効化することが、なかったことにすることが出来ます。そしてSPの元はMPです。むふー。つまり魔法使いは普通の人よりも優れた騎士になる素質も持っているという訳ですねー」
シロネは授業を進める。
「そんなMPですが、生まれ持った素質が一番重要で、それ以降、基本的には増えることがないのです」
「そんな!」
「まぁ! それでは才能が無い人は努力をしても報われないのですね」
金色のステータスプレートを持った少女が嬉しそうに、最大MPが少ないであろう少女が悲しそうに声を上げる。
「シロネ先生、よろしいか?」
青髪少女が手を挙げている。
「何でしょう?」
シロネの許可を貰い青髪少女が席を立つ。
「本当に最大MPを増やす手段がないのだろうか?」
青髪少女の言葉にシロネは苦い顔をしながらも応える。
「ええ、そうですね。あるにはあります。方法は3つですね」
シロネが人差し指を立てる。
「魔法使いの上位クラス、魔導師のスキルにMP補正というスキルがあります。しかし、魔法使いを極めないとなることが出来ない、むふー、上位クラスへの道は非常に困難ですねー」
シロネが続いて中指を立てる。
「2つ目は名前付きと呼ばれる強大な魔獣を倒し、その力を取り込んだ時に増える可能性がありますね。しかし、こちらも見たら命懸けで逃げることを推奨されるような魔獣と戦い、さらに運が良くないと増えない、と非常に困難です」
シロネが最後に薬指を立てる。
「最後はMPを使い切る方法ですね」
シロネの言葉に令嬢たちが騒ぎ始める。
「むふー。静かに、静かにお願いするのですよー」
シロネが言葉を続ける。
「騒ぐ気持ちはわかります。MPが少なくなれば意識が朦朧とし、無くなれば命に関わります。そうですねー。むふー。ぶっちゃけると死にますねー」
少女たちが再度、騒ぎ始める。
「そうですわ!」
「先生は死ねと言うんですか!」
「そんなの無理ですわ!」
少女たちの言葉を聞き、シロネが頷く。
「しかし、奇跡的に命を取り留めることもあるそうですねー。その死の淵からの生還したご褒美とでも言うかのように最大MPが増えるそうですね」
少女たちが質問をする。
「先生、そこまでするんです。MPはどれくらい増えるんですの?」
「倍くらいにはなるんですか?」
「それなら命を賭ける価値があるかも……」
少女たちの言葉にシロネは首を横に振る。
「増えるのは1です。1しか増えません。むふー、先生の知り合いに実際に体験した人が居ますが、1しか増えていません。そこまでして1しか増えないんです」
シロネの言葉に少女たちが皆、肩を落とす。
「そんなー」
「割に合ってないですわ!」
シロネが頷く。
「そうですね。だから基本的には増えることがないんですねー」
シロネの言葉に青髪少女が一番驚いているようだった。シロネは青髪の少女を驚かせることが出来たことに少しだけ優越感を感じていた。