5-42 とりもどす
―1―
何故か姫さまがご機嫌に先頭を歩いて行く。まるでスキップでもしそうなくらいだ。えーっと、護衛騎士さん、姫さま、どんどん進んじゃってますよ。大丈夫なんですか?
「姫さま、姫さま、余り前に出ないようお願いします。それで迷子になったのは姫ですよね」
青騎士さんが注意する。
「おおう。すまぬのじゃ」
それでも姫さまはご機嫌に砂漠を歩いて行く。ジョアンがそれを心配そうに見ていると赤騎士のスーさんがこちらに声をかけてきた。
「心配か? まぁ、でも、あれで俺らの中で一番強いのは姫さんだからな。その点では俺らも心配してないからな」
へ? あの脳天気そうなお姫さまの方が、この見るからに立派な騎士たちよりも強いのか? い、意外だなぁ。
「そ、それでも!」
ジョアンの言葉を受けてスーさんがジョアンの頭を軽く叩く。
「その気持ちがあるなら、お前は立派な護衛騎士になれる」
そう言って赤逆毛が楽しそうに笑っている。
じりじりと日の照っている暑い暑い砂漠を歩いて行く。うーん、この3人、重装備なのに暑くないんだろうか? もしかすると何か、暑さを遮断するような魔法具でも使っているのかな?
しかしまぁ、昨日の夜、凍っていたのが嘘みたいだな。凍っていた跡なんてまったく残ってないじゃん。青い色をした魔素も綺麗に消えている。やはり、この水天一碧の弓がなければ水の魔法は使えないか……。とりあえず《魔法糸》を使って背中に結びつけているけど持ち運ぶのは面倒だなぁ。魔法のウェストポーチXLに入れている状態でも魔法が発動したら、良かったのにね。
「ところでよ、そのラン……は、いつもあんな風に歩くのか? まるで見た目通りの魔獣だぜ」
赤逆毛がそんなことをジョアンに聞いている。あのー、俺には聞こえているんですけど。
「ランは、ランだから」
ジョアンがそんなことを言っている。
「なるほど」
いや、あの納得しないでくれますかね。これは砂漠移動用の仕様で普段は、人と同じように2本足で立って歩いていますからね。砂漠の移動にはこの芋虫スタイルが楽だってだけなんですからね!
―2―
砂漠を歩いている俺たちの周囲の砂がボコボコと盛り上がった。魔獣か!
「お任せを」
青騎士と赤騎士が動く。
「うむ。任せたのじゃ」
それを見て姫さまが腕を組み、偉そうにふんぞり返る。ジョアンはどうしたら良いかわからないのかキョロキョロと周囲を見回していた。
「にゃ!」
そして頭の上の羽猫は何故か小さな羽をばさばさと動かしていた。あ、それ風がきてちょっと涼しいんでずっとやっててくれないかなぁ。
周囲に現れたのは回転する葉とトゲを持った植物たちだった。ひまわりのような上体にサボテンがくっついている感じだ。それがクルクルと回りながらこちらへと迫ってくる。
赤騎士が迫る植物を大きな金属盾で受け流し、赤い大剣を引き抜き、そのまま斬る。大剣は赤く風を纏い植物を真っ二つに切断する。
青騎士が腰に付けている2本の剣を抜き柄と柄を合わせる。双刃剣?
植物が飛ばしてきたトゲを受けるように双刃剣を回転させ跳ね返し、そのまま植物を斬り裂く。斬り裂いた後は、また双刃剣を2つに分け、両手に持ち次の植物を切り捨てていく。ほー、凄いな。でも、てっきり魔法で戦うのかと思ったら普通に武器で戦うんだな。
「凄い!」
ジョアンが目を輝かせて2人の騎士を見ていた。いや、俺も凄いと思うんだけどなー。
と、そこで姫さまの後ろの砂がボコッと盛り上がった。新手か!
新しく現れた植物が姫さまへとトゲを飛ばす。青騎士と赤騎士がそれに気付き、動く。姫さまは、その植物に気付いていないのか腕を組んでふんぞり返ったままだ。
「僕が!」
ジョアンがすぐさま宝櫃の盾を前に姫さまをかばう。宝櫃の盾でトゲを受け止めた時には赤騎士が赤い大剣で植物を真っ二つにしていた。
「お、やるじゃん」
赤騎士がジョアンに笑いかけながら親指を立てている。それに対してジョアンが盾を上げて応えている。
「ほうほう、やるのじゃ」
姫さまもふんぞり返ったまま声をかける。こういうとっさの動作とかさ、やっぱりジョアンは凄いよな。守るための反応が早いんだよな。頼れる前衛だぜ。
―3―
半日ほど掛け、オアシスへと戻ってきた。途中、水天一碧の弓が持っている水属性を使いアクアポンドの魔法で水を作ったら非常に感謝された。うむ、さすがは俺。
「さて、わらわたちはここに宿をとっているのじゃ。ランたちはどうするのじゃ?」
姫さまの言葉を受け、ジョアンがこちらを見る。
「ら、ラン、僕は!」
うん?
「ラン! 僕は、姫と一緒に行動したい!」
ふえ? そ、そうか。そう言えば遺跡でも姫さまに仕えたいって言っていたもんな。そっかー。
『そうか。分かった。ジョアンのやりたいようにするがいい』
「ラン、すまない!」
ま、ジョアンの好きなようにするのが一番だよ。と、そうだ。
『が、今日は家に戻るぞ』
俺の天啓にジョアンが頷く。が、姫さまたちは意味が分からなかったようだ。首を傾げている。あー、《転移》スキルなんて分からないよね。
「ところでランたちは何処を目指しているのじゃ?」
『ああ、迷宮都市だ』
俺の天啓に姫さまたちが顔を付き合わせる。
「わらわたちも迷宮都市を通り、国に帰るところなのじゃ。そこまではランと一緒出来るのじゃ」
姫さまが嬉しそうだ。じゃ、そこまでは期間限定パーティって感じか。
『姫さま、また明日、な』
俺が天啓を授けると、姫さまはニヤリと笑い頷く。
「また明日なのじゃ」
さあて、では一旦戻りますか。
「おい、ラン。明日、そのステータスプレートの数字が10の時に中央の水の前に集合な」
赤騎士が声をかけてくる。あ、ああ。集合場所を決めておかないとな。
姫さまたちと分かれ、オアシスの外れへ。
『ジョアン、転移で戻れるうちに準備をしっかりしておけ』
俺の天啓を受けジョアンが頷く。
――《転移》――
そのまま《転移》スキルを使い自宅へ。
―4―
自宅前へ戻り、ジョアンと別れる。
戻った自宅前は色々な人で賑わっており、とても自分の家とは思えなかった。さらに大工の親方も来ていて家がどんどん増築されている。あー、完全にお店になってるよ。俺の家がお店になってるよ。
「お帰りなさいませ、マスター。マスターの拙い何も考えていないかのような説明をもとに私が一番マスターの為になるように行動して拡張しております。全てはマスターの為に」
あ、はい。これ、14型さんが頑張っているのか。この14型もポンコツなんだけどさ、底の方では俺の為にっての一番だってのが分かるから憎めないんだよなぁ。でも、余りやり過ぎないでね。
『とりあえず食事をして休むことにする』
俺の天啓を受け、14型が大げさなくらいに優雅なお辞儀をする。
翌日、ジョアンと合流し、《転移》スキルでオアシスへと戻る。
――《転移》――
オアシスへ戻ると、その近くに一匹の砂竜が止まっているのが見えた。アレって確か砂竜船だったかな? 砂漠を渡る船みたいなモノだったよな?
俺たちが中央の水場に行くとすでに姫さまたちが待っていた。
「待っていたのじゃ」
む、時間よりちょっと早いつもりだったのに、しまったなぁ。
『待たせた。すまない』
俺の天啓に姫さまは笑っている。
「よいのじゃ、よいのじゃ。こちらの方が早く来すぎたのじゃ」
「昨日、個人の砂竜船乗りと話がついたんですよ。姫はそれが嬉しかったのでしょう」
青騎士さんがそんなことを言っている。
「うむ。これで楽に砂漠を渡れるのじゃ」
「ちょっと、胡散臭いがよ、旅の商人らしいぜ」
赤騎士さんも、そんなコトを言っている。
「もうすぐやってくるぜ」
赤騎士の言葉を待っていたかのように、遠くに商人風の男が宿から出てきているのが見えた。俺は、俺は、その男の姿を見た瞬間、俺は!
――《飛翔》――
《飛翔》スキルを使い建物の影に隠れた。すぐにステータスプレート(金)を取り、《換装》スキルのレベルを上げる。
【《換装》スキルがレベルアップ】
【《換装》スキル:指定箇所の装備を入れ替えることが可能】
【最大箇所数2】
さらにもう1つレベル上げる。
【《換装》スキルがレベルアップ】
【《換装》スキル:指定箇所の装備を入れ替えることが可能】
【最大箇所数3】
そして胴体部分と足部分を指定する。胴には赤竜の鱗衣を。足にはフェザーブーツを指定する。よし、これで準備はオッケーだな。
「ら、ラン?」
「どうしたのじゃ?」
姫さまとジョアンが急に消えた俺を心配した顔で探している。俺は姫さまに限定して天啓を授けることにする。
『姫さま。その商人風の男は魔人族だ。俺は隠れてついていく。護衛の2人にも伝えて気をつけるように』
俺の天啓を受け、姫さまが一瞬だけ驚いた顔をし、すぐに真剣な顔になった。
「ならば今ここで」
姫さまの呟きを文字として拾う。ああ、うん、それが正解なんだろうね。でも、それだと俺が納得出来ないんだ。姫さまたちには悪いけど、俺の我が儘に付き合って貰う。
『すまない、姫さまたちは騙され気付かないふりをして欲しい』
俺の天啓に姫さまが頷く。そして俺が小さな呟きでも拾えるのが分かったのか、小さくささやくように喋った。
「わかったのじゃ。ランに縁のある魔人族なのじゃな。わらわは協力するぞ」
『かたじけない』
ありがたい。姫さまの協力は本当にありがたい。
ああ、でも、こんな所で、こんな場所で出会えると思わなかった。そして、前と同じようなコトをしているとは思わなかった。お前が罠にはめたとほくそ笑んだ、その時に全てをぶちこわしてやるぞ。
待っていろ、魔人族、エンヴィー!
今年最後になります。一年間ありがとうございました。
来年度も『むいむいたん』をよろしくお願いします。
連載の再開は1月4日からになります。