5-41 凍った砂漠
―1―
俺たちが遠慮無く甘ったるいハチミツもどきを食べていると護衛騎士の人が戻ってきた。赤い方だね。
「ひ、姫さん、俺の飯は?」
のじゃー姫が無言で俺を指差す。へ? 俺?
「こ、この芋虫魔獣が俺の飯を? ひでぇ、ひでぇ」
護衛騎士の人が大げさに頭を抱えて嘆いている。え、これ、何だか俺が悪いみたいじゃん。仕方ないなぁ。
『その貪食の敷布を使わせて貰って良いか?』
俺の天啓に姫さまと護衛騎士が驚く。うん?
「何故、この布の名前を?」
あれ? そうか。勝手に鑑定したもんな。
「よいのじゃ。さすがはランなのじゃ」
姫さまは何かを企んでそうな笑顔でニヤリと笑う。あ、はい。じゃ、まぁ、姫さまの許可が出たからね。さっそくチャレンジだ。
貪食の敷布に俺の短い手を乗せる。俺の手が短いから、何というか腕立て伏せをしているかのような体勢だな。で、どうすればいいんだろう。魔法を使う感じて念じてみようかな。
俺の両手からちょろっとMPが吸い取られる感覚と共に布が光る。そしてぽこぽこと先程と同じような緑色をした木の実が現れる。えーっと、10個くらい出たけどMPはどれくらい消費されているかなーっと。
うげっ。
MPが320も減ってる。もしかして、これ一個が32消費なのか? 結構、きついなぁ。って、コトは姫さまのMPは128より多いってことか。
「おうおう、さすがはランなのじゃ」
「確かにこれは凄いですね」
「何もんなんだ、この魔獣ぽいの」
姫さまは俺を見て感心したようにうんうんと頷いている。護衛騎士の2人は素直に驚いている。ぽくなんてないやい。
「にひひひ。ランはさすがは星獣様なのじゃ。その頭の上で光っている生物も面白いし、一瞬で迷宮に水を生み出した魔法も凄いのじゃ。MPの量も凄いのじゃ」
姫さまが楽しそうだ。姫さまはそのまま俺の頭の上の羽猫を構って遊んでいる。
「しかし、その光っている生物は便利ですね。それだけ明るいのなら魔法のランタンは、勿体ないですからね、消しても大丈夫そうですね」
青い護衛騎士が部屋の片隅に置いていたランタンを消す。あ、ランタンなんて持っていたんだ。全然、気付かなかったよ。まぁ、ここって何気に地下で薄暗いもんな。
「じゃ、俺は飯を戴くぜ」
もう1人の赤い護衛騎士もあぐらを掻いて座り、敷布の上の木の実を取る。重たそうな鎧姿で座るとか器用だなぁ。
「にしても、こっちの先は水溜まりが出来るし、何なんだ」
あ、すいません。それ俺です。
俺も自分で生み出した木の実を割って食べてみる。うーん、濃厚なハチミツ味。でも、自分で作ったからか、さっきの姫さまよりも美味しい気がするね。
「で、その通路の先はどうなっていたんです?」
「ああ、そっちの芋虫魔獣の言うとおり、酷い有様よ。ちょっと姫さんには見せらんないな」
「そ、そうか。お前が言うとは余程なんだな……」
あ、もちろん俺がやった訳じゃないですからね。
「なんと、そうなのか。分かったのじゃ。わらわはこちらで大人しくておるのじゃ」
おや、姫さまなら好奇心に駆られて見に行くって言い出すのかと思ったけどな、ちょっと意外だ。
もしゃもしゃ。
いや、これハチミツだからじゅるりじゅるりって感じか。
じゅるじゅるじゅるり。
食事の終わった青い護衛騎士の人が立ち上がる。
「では、自分とそいつの2人が交代で見張りに立ちます。姫たちはゆっくりとお休みください」
いやいや、2人だけに任せるのは悪いだろ。
『自分も参加しよう』
「僕もだ!」
「にゃ!」
ジョアンと羽猫も一緒に声を上げる。いや、君らはいいからね。
「いやいや、ここは俺とカーの2人が交代で見るからよ、俺らに任せてくれ」
うーむ。ま、そこまで言うなら2人に任せますか。
姫さまが腰のポーチから布団のような物を取り出し、そのままお休みになる。うお、すっごい野宿に慣れた素早い行動。何、その躊躇いのない行動。えーっと、お姫さまなんだよな? ま、ま、まぁ、旅を続けるうちになれたのかな?
―2―
俺は夜中に広間を抜け出す。
「うん? 待て、何処に行くつもりだ?」
赤い護衛騎士の人が話しかけてくる。ちょっと乱暴な赤逆毛の方だな。
『外を見に行く。砂漠が凍るという現象が見たいのでな』
俺は周りの寝ている姫さまたちを起こさないように赤い護衛騎士へと限定した天啓を飛ばす。
「そうか。なら俺も付き合うぜ」
護衛騎士の1人が寝ている姫さまの傍らに小さな鈴のような物を置く。何だろう?
「じゃ、行こうぜ」
あ、ああ。
俺は赤い護衛騎士と遺跡の外へ。
外は辺り一面が透明な鋭く伸びた氷の柱で埋まっていた。うわ、一面、氷だ。これ、知らずに砂漠で野営でもしようものなら、下から伸びた氷柱に貫かれて大変なことになるんじゃないか。
「凄い光景だよな」
『あ、ああ』
俺はその光景をただ見つめることしか出来なかった。何というか、幻想的で綺麗だよな。
「芋虫魔獣……いや、ランと言う名だったか? 一応聞いてもいいか?」
うん? どうしたの?
「ラン、お前は姫さんを裏切るなよ」
へ?
「姫さんは、お前を友達と思っていると言っていた。その姿でも、だ。それを裏切るようなことはするなよ」
『言われるまでもない』
俺の天啓を受け、赤い護衛騎士が笑う。
「そうか、そうか!」
赤い護衛騎士が俺の背中をバンバンと叩く。ちょ、痛い痛い。余り強く叩くと白竜輪が反応しちゃうってば。
「俺はスー・フォルティア・カーマイン。スーでいいぜ」
『自分は星獣様のランだ。スー、よろしく頼む』
俺は改めてスーの方を見る。金属鎧による重装備は神国の騎士の標準装備なのかな。背中には大きな金属盾とその下に長剣が見える。赤いマントに赤逆毛のやんちゃなお兄ちゃんだな。
「で、何時までこれを見てるんだ? うう、そろそろ冷えてきたぜ」
あ、そうだね。そんなに寒い感じはしないけど、そろそろ戻るか。
―3―
翌朝、遺跡を出発し、オアシスへと戻ることになる。えーっと、俺の《転移》スキルなら一発で戻れるんだよな。昨日は砂漠が凍るってのが見たかったのと姫さまたちを立てて遺跡で一泊したけどさ、うーむ。
《転移》スキルを使うのは簡単なんだよな。
別に姫さまたちを信用していないわけじゃないからさ、《転移》スキルを見せるのは問題ないんけどなぁ。うーん。
ま、ジョアンは姫さまたちとの旅を楽しみたいだしね、ゆっくり帰りますか!
それに魔獣と出会ったら護衛騎士2人の力量も見えるしね。さあさあ、青と赤の護衛騎士さん、その力を見せてください。赤逆毛がスーさんで青長髪さんがカーさんだよね。確か、スーさんがカーって呼んでいたもんな。カーさんって。アレだ、何だかマザーって感じだね。ホント、この世界の名前の法則がわからない……。いや、そう感じる俺がおかしいのだろうか? この世界だと普通なんだろうか? そう言えば帝都のトップがゼンラだもんな。いや、あの、うん。変な名前ばかりだよな。
って、そんなことを考えている場合か。水の問題も解決したからね、のんびりと帰りますか!
さ、オアシスへ帰還だ。