5-40 姫様と合流
―1―
さあて情報交換だ。と俺が思っている矢先に勢いよくジョアンが駆け出した。
「す、すまないラン!」
ジョアンが俺を掻き分け前に出る。
「ぼ、僕を、あんたを守る盾に!」
へ? じょ、ジョアン君、突然どうしたの?
「ら、ラン、誰なのじゃ?」
あれ? 姫さまとジョアンって初顔合わせだったか?
『聖騎士のジョアンだ』
俺の天啓を受け、護衛騎士の1人が驚いた顔をし、もう1人が口笛を吹く。そして姫さまがニヤリと笑う。
「そうか、ジョアン。わらわに仕えたいと申すのじゃなー」
姫さまが超ご機嫌である。ジョアンは静かに頷く。
「どうだ!」
ジョアンが問う。
「よいのじゃー」
姫さまが答える。へ? 軽いなぁ。
「え、ああ」
ジョアンが姫さまを見て驚き、慌てて何度も頷いている。
「姫さん、姫さん、そんな簡単でいいのか?」
「よいのじゃー」
姫さまは腰に手をあてて鼻息荒く笑っている。えーっと、ジョアン、こんな娘に仕えたいの?
『と、ところで、情報の交換をしたいのだが』
「そうなのじゃー! なんでランが先にいるのじゃー」
そうだな、まずは情報の共有化をしないとな。
「わらわたちはオアシスを脅かす魔人族を討伐に来たのじゃー」
『自分たちは姫さまの伝言を聞いて追っかけて来た』
「うむ、なのじゃー」
『どうやら自分たちの方が早く着いたようだな』
「むう」
姫さまが頬を膨らませている。俺たちの方が早かったことにご不満なようだ。あー、これなら俺が焦って移動する必要もなかったよなぁ。
「ところで、その魔人族はどうなったので?」
護衛騎士さんが聞いてくる。
『その左の通路奥で惨殺されている。まともに見られた物じゃない。それに酷い匂いだ』
「なるほど、そっちは俺が見てくるかねぇ。カー、姫さんを頼んだぜ」
護衛騎士の1人が手を振り、左の道を進んでいく。
「では、姫さま、あいつが戻ってくるまでに野営の準備をしてしまいましょう」
「うむ、なのじゃー」
へ、ここで野営するの? 今から急いで帰った方が良くない? しかも、ここって左は死体だらけ、右は魔人族が遺跡に無理矢理作ったトイレがあるんだよな。そんな場所で野宿かぁ。野宿かぁ。何で遺跡の中にトイレを作ってるんだよ。後処理とか大変だろうがよ。うん? そう言えばトイレって何だか懐かしい響きだな。と、そうじゃなくて。
『何故、オアシスへ戻らないのだ?』
「もう夜になるのじゃー。夜は凍るのじゃ」
凍る?
「ラン、夜の砂漠は凍るって聞いた!」
ジョアン君も教えてくれる。いや、意味が分からないんだが。
『説明を求めてもよろしいか?』
まともな説明をしてくれそうな護衛騎士さんに天啓を飛ばしてみる。護衛騎士さんは、俺の天啓を受け、頷き答えてくれる。
「砂漠は深夜になると、昼に溜めた水の属性を放出し、文字通り凍るよ。砂漠一面が氷に覆われる」
へ? な、何だ、その不思議現象。日が落ちる度に《転移》スキルで我が家に戻っていたから気付かなかったけど、そんな現象が起こるのか。う、うーん、夜に砂漠を歩くのは危険ってことか?
「姫さま、水を頼みます」
「任せるのじゃ」
水?
「わらわは呼びかける、癒やしを司る青い水……」
姫さまが何やら呪文を唱え始める。姫さまの呪文に併せて姫さまの手の中に小さな水の球が生まれていく。それが徐々に大きくなっていく。
「いでよ、サモンアクア!」
姫さまの呪文によって水の球が作られる。おー、サモンアクアの魔法だ。って、あれ? ここって水の属性が無かったよな? 何で、水の魔法が使えるんだ?
姫さまが生み出した水の球を護衛騎士が水筒の中へ入れていく。
『何故、水の魔法が使えるのだ?』
俺の天啓を受け、姫さまが自慢気に、腕につけられた装飾の施された青い腕輪を見せてくれる。
「ラン、これなのじゃ。青の水環なのじゃ。これは水の属性をもった腕輪なのじゃ。これを触媒として水の魔法を使っているのじゃ」
青の水環? ちょっと鑑定させて貰おう。
【青の水環】
【水の魔力を宿した腕輪。所有者にわずかばかりの癒やしの力を与える】
普通に属性装備って感じだね。って、もしかして!
――[アクアポンド]――
しかし、魔法は発動しなかった。ああ、目の前に腕輪があっても発動はしないのか。うん、ここまで予想通り。
俺は魔法のウェストポーチXLから水天一碧の弓を取り出し握る。
――[アクアポンド]――
目の前に大きな水溜まりが出来る。水溜まりが壊れた机や椅子などを飲み込んでいく。あ、発動した。いや、これ、思わず使っちゃったけど、出す場所を間違えたな。広間に残っていた壊れた長机や椅子が水に浸かって、さらにぐちゃぐちゃの酷いことになっている。失敗、失敗、てへへ。
「な、な、な、なんなのじゃー!。これはランがやったのか?」
『ああ、水の魔法だ。こちらの水の方が飲み水には適していると思う』
目の前の水溜まりのサイズは普段と比べると小さいな。普段は池が出来る感じだけど、これはあくまで深い水溜まりって感じだもんな。それでも発動出来るようになったのは大きいよなぁ。これで砂漠横断が捗るね! 持ってて良かった、水天一碧の弓! でもさ、出来れば姫さまみたいに腕輪とかの方が良かったよなぁ。いちいち弓を持つとか不便すぎる。
「では、お言葉に甘えて水を貰いましょうか」
護衛騎士さんが水溜まりから水を掬い水筒に入れていく。
「ランたちは食事は持っておるのか?」
持っておらんのじゃー。いやあ、この遺跡まで急行したからね。予定外の行動だったからなぁ。
「持っておらんのなら、わらわが出すのじゃ。よいな?」
姫さまがこちらを見、そして護衛騎士を見て、確認をする。
「姫さまのなさりたいように」
それを受けて護衛騎士が頷く。
姫さまが腰に付けたウェストポーチから一枚の風呂敷のような布を取り出す。何だろう? ちょっとこっそり鑑定してみよう。
【貪食の敷布】
【エルクリエイトフードの魔法が封じられた布】
うん? ううん? 上位魔法だと?
「これは使う度にMPを多く吸い取られるのが難点なのじゃ」
姫さまが布を広げ、その上に両手を重ねる。そして、姫さまが一瞬、苦しそうな顔をしたと思うと、布が光り、そこには4つほどの緑色をした植物の種のような球体が生まれていた。
「ふう、出来たのじゃ。中を開けて飲むが良いのじゃ。いつも同じ味で飽きやすいが栄養があるのじゃ」
姫さまが額の汗をぬぐっている。これ、シロネさんが作ってくれたクリエイトフードの上位版だよな。ほほう、こんなのもあるのか。
ジョアンと俺は遠慮なく貰うことにする。サイドアーム・ナラカで受け取り、半分に開ける。おー、簡単に開くな。中にはどろりとしたハチミツのような物が詰まっていた。ちょっと飲んでみる。ごくごく、ごくりんこって感じです。
甘い。凄く甘い。あー、これ、本当にハチミツを飲んでいる感じだ。確かに栄養は取れそうだけど、こればっかりってのはキツそうだ。クリエイトフードは不味いってことだから、それよりはマシなんだろうけどさ。これを毎日ってなると地獄だなぁ。