5-30 襲撃の傷跡
―1―
いつものようにスキルや魔法の練習を行い就寝。フルールを含む3人は何やらゴチャゴチャやっていたようだが、後は専門家に任せておけば大丈夫だよね。
翌日、ジョアンがやって来たので、そのまま冒険へと出発です。いざ征かん、って言っても行くのは避難キャンプなんですけどね。
じゃ、行きますよ。
――《転移》――
《転移》スキルを使い山岳都市後に到着。俺が倒した赤竜はすでに回収済みのようだ。あのアルマとか言う鎧さんも居ないね。あれから他の兵士が到着して回収していったのかな?
じゃ、行きますか。
岩の塊を避けながらうねった山岳道を歩いて行く。落ちたら昇天してしまいそうな崖にくっついた道を歩いて行くと開けた場所が見えてきた。そして、その開けた場所に動物の皮で作られたと思われる沢山のテントが並んでいた。
ああ、ここが避難キャンプか。都市がまるまる滅んだんだもんな、数も多くなるか。
さあて、と、とりあえず商人さんたちを探すか。それが目的だしね、で、合流出来たら東の迷宮都市へ出発って感じですな。俺はもっとサクサクッと迷宮都市に到着して、迷宮攻略だーってなると思っていたからなぁ、ホント、やっと冒険再開だよ。
―2―
避難キャンプは――酷い有様だった。泣き叫ぶ人々、痛みを堪えるかのようなうめき声……俺が想像をしていなかった現実があった。俺の姿を見ても魔獣だと騒ぐ人は居ない。静かに顔を伏せるだけだ。いや、何だ、これ。酷すぎるだろ。
「ら、ラン?」
ジョアンが不安そうに、やりきれない怒りを抑えるように、俺へと呼びかける。
あ、ああ。この惨状を引き起こした赤竜は退治した。でもさ、引き起こされた結果は何も終わってない。ああ、もうね。こんなの見てしまったら、俺には関係無いって言えないじゃないかッ!
昨日、《変身》を使うんじゃ無かった――いや、使った後、すぐにここに来て上位に強化したヒールレインを使うべきだった。あー、俺が悪いワケじゃ無いんだけどさ、俺にはなんとかする力があったのに、って思うとやりきれない気分になる。
とりあえず出来ることをやろう。
『自分は回復魔法が使える。けが人の元へ案内して欲しい』
俺はキャンプの人たちが聞こえるように周囲一帯へと天啓を授ける。
俺の天啓を受け、1人の男がテントの中からよろよろと現れる。
「お、おい、さっきのは何だ?」
ふむ。ま、天啓を受けると頭に声が響くからね、最初はびっくりするよね。
『自分は治癒術士と同じ事が出来る。負傷者は?』
俺の天啓を受け、男は驚いた顔をする。
「ほ、本当か?」
男の言葉にジョアンが頷く。
「本当だ、ランは凄い」
あ、何だろう、ジョアン君、それで相手に伝わるんですかね。
「その魔獣が?」
いいから、早くして欲しいぜ。
「分かった、案内する」
俺たちは一際大きなテントに案内される。
大きなテントの中に入ると、粗末な布きれの上に傷だらけの人たちが並べられていた。痛みを堪えているかのようなうめき声が辛い。
よーっし、任せとけ!
――[ヒールレイン]――
広いテントの中に癒やしの雨が降り注ぐ。
――[ヒールレイン]――
もういっちょッ!
――[ヒールレイン]――
ヒールレインを使いながら歩いて行く。2本足でしゅたたっと歩く芋虫が周囲に雨をまき散らし水浸しにしていく。はっはっは。上位魔法が使えなくても豊富なMPでガンガン使うことは出来るんだぜ!
――[ヒールレイン]――
『ここ以外は?』
ここまで案内した男は俺の魔法を驚いた顔で見ている。驚いている場合じゃ無いんだぜ。
『ここ以外はッ!』
「あ、ああ、こっちだ」
男が慌てて俺を案内する。
さあ、どんどん癒やしていくぜ。
次に案内されたのは野ざらしにされた人々の場所だった。
『これは?』
「あ、ああ。都市外の人だな。どうしても都市の住人を優先するから、場所も限られているしな」
……仕方ない、のか? まぁ、雨とか降らないみたいだし、気候も暑いくらいだから――いやでも夜は冷えるよね。怪我した状態で野ざらしとかキツいよなぁ。
野ざらしにされた中に見知った顔を見つけた。向こうもこちらに気付いたようで声をかけてくる。
「あ、ああ。ランさんじゃん」
そこに居たのは商人の護衛をしていたポンさんだった。にこやかに笑い上体を起こしたポンさんは片足が無くなっていた。
「ああ、これか。俺らもよ、冒険者の端くれだからよ、レッドドラゴンに挑んだだけどよ、このざまじゃんよ」
えーっと、ちょっと待て。この都市の人々は都市を守るために戦った人を野ざらしにしているのか? いや、考える前にやることがあるな。
――[ヒールレイン]――
俺は野ざらしにされている人々にも癒やしの雨を降らせていく。
――[ヒールレイン]――
――[ヒールレイン]――
――[ヒールレイン]――
くそ、気持ち的には今すぐにでも《変身》して特大の癒やしの雨を降らせたい。
『この都市の住人は、都市を守るために戦った者を野ざらしにするのかッ!』
俺は激しく天啓を飛ばす。それは無いだろうがッ!
「いや、違うぜ」
俺の天啓にポンさんが笑いながら答えてくれる。
「これは俺たちが勝手にやったことで、それで倒しきれなかったんだから、都市の連中から逆に恨まれる可能性だってあったんだ。それでも都市の連中はレッドドラゴンの襲撃の中、俺らを運んでくれて、場所まで作ってくれたんだよ」
むう。
『倒しきれなかったことが悪いというのか?』
「そうじゃん。俺ら冒険者は依頼を受けて、いや、それが無くとも魔獣を倒して――倒せることに価値があるんだからよ」
そ、そうなのか。
「ランさんの治癒術で痛みが消えたよ。この礼は必ず返す」
周囲の、他の人々も傷は癒えているようだ。が、失った部位までは再生しないようだった。ポンさんも右足は無くなったままだった。日にちが経っているのが問題なのか?
「と言っても、この足では冒険者引退じゃん。ははは、どうしような」
『ポン殿、リンガー殿とコーキン殿は?』
「ああ、2人なら先に行ったよ。怪我したのは俺のへまだからな、仕方ない」
そうか。そういうもんなのかなぁ。
と、そこで周囲がにわかに騒がしくなった。何だ? 何だ?
「おい、レッドドラゴンが討伐されたらしい」
「早くねぇか」
「ナリン領王の迅速な行動が?」
「いや、倒したのは帝国の貴族らしい」
「おいおい、マジかよ」
「これで安心して眠れる」
「しかも、その貴族様、レッドドラゴンの素材を復興資金に使えって言ったらしいぜ」
「おい、どんな聖人だよ」
聞こえてくるのは――うん、俺の事だね。何だろう、俺が聖人に祭り上げられている。いやね、俺は素材が欲しかったんですよ、あげるつもりなんて全くなかったんですよ。
はぁ、これで良かったのかな。
「そうか、レッドドラゴンが倒されたのか。帝都にもマシな人が残っていたんだな」
ポンさんがそんなことを言っている。うーん、実情はちょっと違うんだけどね。やったの、俺、俺ですよーって自慢したくなる感じだなぁ。
「はぁ、傷も癒えたし、俺は帝都に戻るよ。戻って何か出来ることを探すよ」
そっかー。って、そうだ!
『ポン殿、それなら、俺の所で働かないか?』