5-28 貴族の務め
―1―
「では、任せた」
《変身》スキルの効果が切れる時間が押し迫っているので、急ぎ、その場を離れる。
――《飛翔》――
もう、面倒くさいし、飛んでいこう。鎧さんは飛んでいく俺の姿を見て驚いているようだが、その程度で俺が、うん? あ、俺の《飛翔》スキルの勢いを受けて転んでる。……は、はっはっは、ちょっと気分がスッキリしたぞ。
大きな岩の陰に隠れ《変身》スキルの効果が切れるのを待つ。
光に包まれ、元の芋虫の姿に戻り、それに合わせて羽猫が肩の上から頭の上に移動する。
一瞬かよ。いや、だから、なんで変身する時は繭に包まれるような攻撃されたらヤバイ感じなのに、元に戻る時は一瞬なんだよ。これ、おかしいよね。ま、まぁ、《限界突破》の後遺症が残っていないのは幸いだな。これからは《変身》スキルを使うことがあれば、その前に《限界突破》を使うのも有りだね。というか、《限界突破》で何とかならなかった時や使ってしまった後の後遺症を消すために使うって感じが良さそうだ。
って、これ、《変身》した状態で更に《限界突破》を使ったらどうなるんだ? 恐ろしいことになりそうだ。使った後も恐ろしいことになりそうだッ!
さ、元の姿に戻ったし、ジョアンを迎えに行くか。
しゅたたたっと小さな2つの足を動かし、ジョアンが寝転んでいた場所へと急ぐ。途中、遠目に赤竜の前で途方に暮れている鎧さんが見えた。あー、大きいもんね、運ぶの大変だよね。
俺は鎧さんを無視してジョアンの元へ。ジョアンはッ?
ジョアンは瓦礫の上に大の字で寝転がっていた。おー、無事じゃん。
羽猫が俺の頭の上から降り、ジョアンの元へ駆け寄る。そしてそのまま猫足でほっぺをひっぱたいた。
「う、ううん」
更にもう一度叩く。いや、あのね、ジョアン、頑張ったんだよ。普通に考えたら30メートルクラスの巨大な物体の突進を盾2個で防ぎ、動きを止めるとか、あり得ないから。すっごい頑張ったと思うんだよ、だから優しくしてあげようぜ。
俺の思いが通じたのか、羽猫が優しくジョアンを揺する。そうそう。
「はっ、ラン、戦いは!」
はいはい、終わったよ。俺が楽勝で勝利だよ。
『勝った』
「そうか!」
ジョアンが嬉しそうに頷く。
『が、面倒なことになった』
そうなんだよな。帝都に住んでいるジョアンなら、上手いこと話をつけてくれるかな。いや、でもさ、この子も、結構脳筋系だからなぁ。
『赤竜を倒したのだが、そこにナリンという国の兵が来て、山岳都市の復興に使うと言うので赤竜の素材を譲ることになったのだ』
俺の言葉にジョアンが驚く。
「さ、山岳都市……ここ、がそうなのか? この岩……はっ!」
え? 驚く所、そこ?
「そうか、さすがはラン。お爺ちゃんが認めたランだ!」
いや、俺は、今はランって名乗ってますけど、ランって種族じゃないからね。
「苦労して倒したレッドドラゴンを山岳都市の復興のために使うなんて……さすがだ!」
いや、あの、そういうキラキラした眼で見られるようなことじゃないからね。生活するにもお金が要るんだからね、素材があれば、強い防具とか武器とか作れるかもしれないんだよ、それが消えるんだよ?
……はぁ。
もう、いいよ。とりあえず、あのアルマって人が詐欺師じゃないかどうかの確認だけしよう。もう、俺はそれで終わりにするよ。まぁ、鱗は集めることが出来たからね、最低、鎧は作れるから、それで我慢しよう。
あ、一応、指輪は隠しておくか。何かあったら怖いからね。
―2―
ジョアンと共にアルマの所に。
「む、魔獣か!」
鎧が剣を構える。魔獣チガウネ。
「魔獣ではない、星獣様のランだ!」
俺の前に出てジョアンが叫ぶ。
「そ、そうか。そうなのか? すまない。我が国、ナリンでは星獣様は余り馴染みが無いのだ」
とりあえず俺は気にするなって感じで手を振っておく。
『ところで、その赤竜は?』
アルマは俺の天啓に一瞬驚くがすぐに答えてくれた。
「これは、この赤竜を倒した帝国貴族から譲り受けたのだ。今は運ぶために私の部下が到着するのを待っている」
ふむ。
「貴族?」
ジョアンが俺を見、赤竜の死骸を見、不思議そうにアルマを見る。あー、そっか。ジョアンからすると俺が倒したってコトだもんな。いや、俺が倒したってことで間違っていないのだが、あー、うん、説明が難しいね。
「素晴らしい方だ。今の腐った帝国では、高貴な貴族の務めを自覚し、それが出来る方は非常に少ない。自身の権力を振りかざすのが当然と思っている者達ばかりだ。帝国にもあのような方が残っているとは……」
いや、俺、断ったよね、嫌がったよね。何か美談にされているけど、どうよ、それ。
「帝国はっ! お爺ちゃんのいる帝国はっ!」
ジョアンがちょっと声を荒げている。どったの?
「あ、ああ、すまない。君は帝国の人だったのか。帝国を悪く言うつもりは無い。さっき言ったことは忘れて貰えないだろうか」
あー、この人、何だろう。空気読めない系なのか。周りの迷惑を考えず、自分が正しいと思ったことを進んでしまうタイプなんだな。正しいことってのがきっちりはまっている時はいいけどさ、それがはまっていない時は最悪だろうな。今回もそういう暴走か。
はぁ、まぁ、俺が騙された訳じゃ無いと分かったから、そこだけは良かったとするか。俺にとってはちょっと立ち寄っただけの山岳都市で、思い入れも何も無いけど、復興資金の足しになるんだ――良かったね。
「ところで、君たちは冒険者のようだが、良かったら私の護衛として雇われないか? 兵はこのレッドドラゴンを運ぶのに手一杯になるだろうし、人が居るのは助かるのだ」
魔法のウェストポーチXLを持っている俺だったら楽勝で運べるんだけどね。うーん、意外と魔法の袋って持ってない人が多いのかな?
『依頼なら冒険者ギルドを通してやって欲しい』
俺の天啓にアルマが驚いた顔をする。
「そ、そうだな。すまない、君たちには君たちのルールがあるのを忘れていた。聞かなかったことにして欲しい」
おいおい、この人、ホント、こんな調子で大丈夫か? 周りに人が居ないと駄目なタイプだよね。
と、余り関わっていると面倒なことになりそうだ。
気絶していたジョアンの体調のこともあるし、今日は一旦、帝都に帰るか。で、明日、避難キャンプに顔を出してみますかね。
『ジョアン、今日は一旦戻るぞ』
「ら、ラン?」
俺の天啓にジョアンが軽く驚き、そして頷いた。
「わかった!」
おっし、じゃ、《転移》スキルで戻りますかね。
と、ここで《転移》すると、この人に見られるからね。ちょっと離れた場所に移動してっと。
『ジョアン、行くぞ』
ジョアンと一緒に目立たない岩陰へと歩く。
――《転移チェック5》――
ここでチェックしてっと。じゃ、戻りますかッ!
――《転移》――