5-22 おこられた
―1―
『ちょっと待て』
待て待て待て。何て言いました? 今、何て言いましたッ!
「ランさん、どうしたんですぅ」
いやいや、お前の部屋っておかしくないか? いやいや、ここ俺の家だってばさ。
『フルール、ここは自分の家だ。そこに住むというのならば家賃は貰おう』
勝手に使うって言うのなら家賃くらいは取っちゃうんだからね!
「いやいや、ランさん、それは話が違いますわぁ」
違いませんわぁ。
「おかしいですわぁ」
おかしくないですわぁ。
俺とフルールの言い合いが続く。
「はぁ、どういうことですの」
どうもこうもないんですの。
「旦那、ランの旦那がいるんだぜ」
俺とフルールがにらみ合っていると背後から声が掛かった。うお、キョウのおっちゃんか!
「旦那、ひさしぶり……、と、どうしたんだぜ?」
どうしたもこうしたもないんだぜ。って、さっき、キョウのおっちゃんの手紙を読んだばかりだから、ちょっと、会話をするのが照れくさいな。
「どうしたもこうしたもないですわぁ。ランさんが酷いんですわぁ」
いやいや、俺? 悪いの俺?
「はぁ、ランの旦那とそこの犬人族、両方からの意見が聞きたいんだぜ」
俺とフルールはキョウのおっちゃんに双方の言い分を伝える。
フルールは俺が売り子を用意してくれないことや家賃を取ると言い出したことなど。
俺はフルールが勝手に家を使っていること、素材だけでなくお金を要求したことなどを伝えた。
俺ら2人の言葉にキョウのおっちゃんは大きなため息を吐くと、何処からか古びた指輪を取り出して、指にはめた。何ソレ?
「まずはランの旦那、そこの犬人族の言い分は正しいと思うんだぜ」
へ? 何、キョウのおっちゃんはフルールの味方なの? うそ、信じていたのに。
「契約した鍛冶士に住む場所を提供するのは契約者の役目なんだぜ」
へ? そうだったの?
「それにだ、お金を取るのも普通なんだぜ。そこの犬人族も契約したランの旦那からは最低限のお金しか取らなかったはずなんだぜ」
うん?
「旦那、素材だけで武器や防具が作れるはずがないんだぜ。どうしたって必要経費がかかるはずなんだぜ。それまで負担しろってのは横暴だと思うんだぜ」
そ、そうなのか?
「それと売り子に関してもなんだぜ」
いや、それもさ、フルール自身が雇ってくればいいじゃん。
「そこの犬人族、ランの旦那には意味が通じていないんだぜ」
うん?
「売り子は商業ギルドから雇うんだぜ」
へ? ど、どういうこと?
「ほらな、ランの旦那は分かっていなかったんだぜ」
だから、どういうことだってばよ。
「商品の販売は商業ギルドが関わってくる、勝手にやっては駄目な部分なんだぜ。だから、商業ギルドの手が要るんだぜ」
いやいや、聞いてないんだけど。フルール、それならそうと言ってくれよ。
「そして、契約した鍛冶士が契約者を差し置いて勝手に商業ギルドから人を連れて来られる訳がないんだぜ」
あ……。そうか、立場的には俺の方が上になるのか。
「とまぁ、犬人族、ランの旦那はこんな感じなんだぜ」
『そ、それは説明しないフルールが……』
俺は思わず天啓を飛ばす。
「そうなんだぜ。説明しないのが悪いんだぜ。そして、それを確認しない旦那も悪いんだぜ。まぁ、商業ギルドの方には俺の方から話を通しておくんだぜ。旦那、それで構わないよな?」
あ、ああ。キョウのおっちゃん、助かる。
「はぁ、とここまでがそこの犬人族への答えなんだぜ」
キョウのおっちゃんがため息を吐いている。今日はため息が多いね。
「で、だ。そこの犬人族なんで、ランの旦那を普通に呼んでいるんだぜ。お前、舐めているのか! ラン『様』だろうがよ!」
いや、様とか照れくさいよ。
「でも、ですわぁ」
フルールが視線をぐるぐると彷徨わせている。
「お前の契約者は誰だ!」
俺だ。
「ランさんですわぁ。でも、でも、ランさんは魔獣ですわ」
フルールの言葉にキョウのおっちゃんがため息を吐く。
「ラン『様』だ。おい、馬鹿犬、ランの旦那は、この帝都では貴族と同じ地位の一級市民なんだぜ。その意味が分かるか?」
フルールの尻尾がしょぼんと垂れている。
「ランの旦那が契約するくらいだから、お前の腕はいいんだろうぜ」
いや、すいません。ノリで契約しました。腕とか余り考慮していません。
「が、一級市民のランの旦那がその気になれば、いくらでも鍛冶士契約を結ぶ相手は居るんだぜ。家もあって、場所もあって、地位もある。お前はどれだけ幸運な相手と契約できたか考えろ」
あ、そうなの? いやでも権力を振りかざすのは、ねぇ。ちょっと躊躇っちゃいますよね。
「お前が居た所ではどうか知らんが、この帝都では指輪をしている人間は基本貴族だ。相手を見てからちゃんと行動しろ!」
あ、そうなんだ。それだと結婚しても指輪交換とか出来ないのか。帝都は大変だね。うん、そういえば、さっき、キョウのおっちゃん指輪をはめてなかったか? も、も、もしかしてキョウのおっちゃんも貴族なのか! これで貴族様なのかよ!
俺はキョウのおっちゃんに近寄り、小さな手で肩を軽く叩いた。やぁ、キョウのおっちゃんてば、貴族なのに闘技場で戦っていたのかよ。買い取りの奴隷やってたの? もしかして実家が貧乏貴族とかそういう感じ? 苦労するよね。
「いやいや、旦那、旦那。今、真面目な話しの途中なんだぜ」
おおう、そうだった。
「というわけで、そこの犬人族。一級市民であるランの旦那からすれば、お前は替えが効く存在だ。そこをよく考えて、誰が契約者かを考えて行動しろ」
フルールの耳がぺたんと萎れている。うーん、何だか可哀相な感じだなぁ。
「俺の方から東の鍛冶ギルドに頼んで、ここに人を入れるんだぜ。ランの旦那、構わないよな?」
キョウのおっちゃんの言葉にフルールが驚き飛び跳ねる。へ? いやいや、駄目だよ。
「嫌ですわぁ。鍛冶ならしっかり出来ますわぁ。ちゃんと修行しましたわぁ」
フルールの言葉にキョウのおっちゃんが首を横に振る。
「腕はあるんだろうよ。が、馬鹿犬、お前はそれ以外が駄目なんだぜ。そういったことを習い覚えろ」
あー、確かに鍛冶以外のことを教える先生は必要だな。もっと、もうちょっと俺を敬ってください。
「と、ランの旦那。鍛冶士を使うにはここの造りは悪すぎる。少し家を改造した方が良いと思うんだぜ」
へ?
『そうなのか?』
俺の天啓にキョウのおっちゃんとフルール、2人が頷く。そっかー。じゃ、まぁ、先々の為に改造しておくか。仕方ないなぁ、親方に頼むか。
「旦那、旦那、それくらいは俺が持つんだぜ」
え? 何でキョウのおっちゃんが?
「帝国を救った英雄へのご褒美なんだぜ」
む。何だか悪いなぁ。
「腕は東側の方が……、いや、それだとバランスが……」
キョウのおっちゃんがぶつぶつと呟いている。
「後でランの旦那に馴染みのある西側の建築ギルドに依頼しておくんだぜ」
ほー、また親方がここに来て改築か。家が建ったと思ったらすぐ改造とか、笑えるんだぜ。
「後は、そこの馬鹿犬とランの旦那、2人でよく話し合うんだぜ。分かったつもりにならず、なんでかをしっかり聞き、話し合えば誤解も消えると思うんだぜ」
はぁ、キョウのおっちゃん、何だかごめんな。
フルールが膝をつく。
「ラン様、申し訳ありません。このフルールもっと頑張りますわぁ」
いや、急にそういう態度を取られると、ちょっと、うん。
「だから、見捨てないで欲しいですわぁ」
そして、これか。はぁ、まぁ、契約したからね。
「ま、ランの旦那。西側には鍛冶士が足りていないんだぜ。幾ら最初の1年は商業ギルドに1割とられると言っても、すぐに元が取れると思うんだぜ」
へぇ、商業ギルドって1割しか取らないんだ。良心的だね。
「はぁ?」
フルールが大きな声を上げ飛び上がる。どったの?
「い、い、一割も取るんですのぅ」
フルールの言葉にキョウのおっちゃんが笑っている。キョウのおっちゃんは指輪を取り外し、また何処かへと仕舞う。へぇ、フルール、知らなかったんだ。でも、1割なんてたいしたことが無い気がするんだけどなぁ。
「それも商業ギルドの儲けだから仕方ないんだぜ」
はは、そうだよな。儲けのない仕事なんて仕事じゃないもんね。
「ま、俺はランの旦那の鍛冶、成功すると思っているんだぜ。旦那は、そこの馬鹿犬次第でほっといてもお金が入ってくるようになるんだぜ」
あ、そうなんだ。何だろう、そう考えるとさ、フルールは契約なんてせず勝手に鍛冶をしていた方が、フルール的には儲かるんじゃねって気分になるな。うん、でも場所が――あー、だから場所提供がタダなのか。
そっかー、そうだよな。
『フルール、これからは何かする前に必ず相談して欲しい。自分は知らないことが多すぎる』
俺の天啓にフルールが頷く。
「ラン様、必ず相談しますわぁ」
うん、そうだよな。フルール的には常識だって部分もあったんだろうし、もうちょっとちゃんと話していれば……いや、それでもこじれたか。ホント、キョウのおっちゃんが居てくれて良かったぜ。
ありがとう、キョウのおっちゃん。何から何まで。そうそう冒険者ギルドからの報酬も確かに受け取ったんだぜ。と、そうだ、MP回復ポーションを返すんだぜ。
「おう、旦那、ちゃんとMP回復ポーションを持っててくれたか! 助かったんだぜ」
おうさ。
そんな感じのやりとりをしているとフルールから声が掛かった。
「ラン様、改めてよろしくですわぁ」
おうさ、改めてよろしくなフルール。
12月11日修正
誤字修正しました。




