5-15 旅はつづく
―1―
「マスター、足下に気を付けるのです。マスターの短すぎる足では石と石の隙間にはまれば抜け出せず餓死するしか無いと思うのです」
あ、はい。14型さん、でもね、俺はちゃんと靴を履いているからね、隙間にはまったりはしないからね。
峠を抜けた先も道は続いている。しかし、余り整備されていないのか、かつては綺麗に敷き詰められていたであろう石畳が隙間だらけになっていた。うん、歴史を感じさせるねぇ。
にしても、もう8日間歩き続けているのに、まだ全然終わりが見えない。もうちょっとサクサクッと迷宮都市につけると思ったんだけどなぁ。この世界の人たちって、結構、のんびりというか、かなり距離がある場所でもすぐ近く的な言い方をするよね。それ近くじゃないよねってことがあるんだよなぁ。
『ちなみにジョアンよ、迷宮都市まで後どれくらいなのだろうか?』
俺の天啓にジョアンがハッと驚いた顔をし、そのまま考え込む。えーっと、も、もしかして知らないのか?
「あ、う。すまない。調べておく!」
あ、いや、ごめん。俺も調べておくべきだったよな。もっとあっさり到着出来ると思っていたからさ。簡単に考えすぎていたか。
石畳の平原を歩いて行く。まばらに草が生えているなぁ。その生えている草たちは背も余り高くない――うん、本当に何も無い寂れた感じだ。こう、木の棒でも振り回しながら歩きたい気分になるよ。
こういう平原こそ、畑とか作れば良いのにね。農作業のことは詳しくないけどさ、土地が勿体ない気がするんだよなぁ。寒いから厳しいのかな?
更に3日ほど石畳の平原を歩いていると道の途中で止まっている竜馬車が見えてきた。その竜馬車を囲むように3人の男の姿が見える。1人は商人みたいな感じだ。そして残りの2人は武装して、まるで護衛のようだ。うーん、どうしたんだろう?
竜馬車に近づくと、向こうから護衛らしき男がこちらへと駆け寄ってきた。
「魔獣か!」
違います。
俺の前にジョアンが立つ。
「違う!」
いや、そうじゃない。状況の説明を求めるのだ。
『どうしたのだ?』
俺は俺の前に立ったジョアンを避けるように一歩前へと出る。
「何だ、この頭に響く声は?」
いや、天啓だよ。って、そうか、そうだよなぁ。はぁ、あーうー、一から説明するの面倒だよ。ま、これもこの姿の宿命か……。
『自分は星獣様のラン。魔獣の姿をしているが、話はわかる。ここで立ち止まってどうしたのだ?』
俺の天啓を受けて護衛の人が再起動する。
「あ、ああ、そうか」
何故か、真顔で何度も頷いている。いや、それは分かったから、どうしたんだよ。
なかなか戻ってこないことに業を煮やしたのか、もう一人の護衛もこちらへと駆けてくる。
「どうしたんだ?」
最初の護衛が俺を指差す。え? 俺が悪いんですか。
「うん? 魔獣……いや、チャンプか!」
む、ここでもその名前が出るの? 見ただけで分かるのかよ!
「いやぁ、闘技場で戦っているのを見たぞ。なかなか面白い戦い方だ」
いや、普通に戦っているんですけどねぇ。何が面白いんですかねぇ。
「おい、知っているのか?」
「あ、ああ。害ある魔獣じゃないぞ。それよりも早く何とかしないと、本当の魔獣が来たら大変なことになる」
どうしたの? どうしたの?
『どうしたのだ?』
「ああ、ちょっと手伝って貰えると助かるんだが、竜馬車の車輪が石と石の隙間にはまって動けなくなってるんだよ」
あ、そうなんだ。
じゃ、ちょっと行って手助けしちゃいますかね。
竜馬車を見ると車輪がしっかりと石と石の間に挟まっていた。ありゃ、こりゃ駄目だね。無理矢理抜くと車輪が壊れそうだ。
「マスター、この程度なら私が持ち上げて一瞬で終わらせますが?」
いや、駄目だってば。それだと車輪が壊れちゃうからね、これから先も、この人たちは竜馬車を使うだろうし、ここで動けなくなったら大変だろうからね。
「おいおい、そこの魔獣は……、おお、見たことがあるぞ。もしかして闘技場の」
竜馬車の近くに居た商人らしき人が声をかけてくる。って、この人もかよ。まぁ、魔獣扱いされて話が長く、ややこしくなるよりはマシか……。
よしッ! じゃ、ちゃちゃっと片付けちゃいますか。
――《浮遊》――
浮遊を使い周囲の石ごと竜馬車を浮かせる。お、竜馬車は難しいかなぁ、と思ったけどちゃんと浮遊で浮かすことが出来たな。
『14型』
浮いた竜馬車を14型が動かす。これで無事解決ですね。
「助かった、助かった。本当に助かった」
感謝してください。言葉だけではなく、何かお礼をくれればもっと良いと思います。
「ところでチャンプたちは何処に行く予定なんだい?」
迷宮都市さ!
「迷宮都市!」
ジョアンが俺の代わりに答えてくれる。天啓もMPを消費するからね、仕方ないね。って、まぁ、一瞬で回復する程度だから、別に困らないんだけどね。
「おお、それは丁度良い。私たちは神国へ商品を運んでいる途中なのだ。このお礼も兼ねて竜馬車で運んであげよう」
うん? 神国と迷宮都市って近いの? いや、通り道に迷宮都市があるのか?
「助かる!」
ジョアンが喜んでいる。まぁ、重装備だからな。幾ら鎧が軽くなったといっても他はまだまだ重そうだしな。ただまぁ、俺としては気軽に《転移》が使えなくなるんで、ちょっと微妙かな。ま、ジョアンが喜んでいるし、良しとするか。
―2―
護衛の2人と平原を歩いて行く。俺は歩いた方が早いからね。
聞くとまだまだ先は長いようだ。もう少し進むと山岳地帯に入り、そこに中間地点となる山岳都市があるそうな。そこを抜ければ砂漠。そして、その砂漠の端が迷宮都市リカインらしい。砂漠を横断しないといけないので山岳都市でしっかりと準備をするのが常識らしい。ほー、そうなのか。といっても俺には《転移》があるからね。余り気にしなくてもいいんだよな。
護衛の2人はリンガーさんとポンさんという名前でDランクの冒険者をしているとのことだ。俺と同格かよ。あー、そうか、俺もせっかくだから護衛のクエストを受ければ良かったのか……。
2人が言うには交易路は比較的安全で魔獣に襲われることは少ないそうだ。じゃあ、なんで護衛が必要かというと、稀に山賊などの隊商を狙った人間が現れるかららしい。交易路は魔獣よりも人の方が恐ろしいってことか。
俺たちが山賊などに襲われなかったのは、俺の姿が理由なんじゃないか、って2人は笑っていた。いや、あのね、襲われるのは稀なんですよね? 俺の姿が原因じゃないと思うんだけどなぁ。
それから更に4日ほど隊商の方々と歩いていると遠くに山々とそこへと続く道が見えてきた。あれが山岳地帯か。いや、なんというか、山岳地帯に入るのもまだまだ掛かりそうなんですけど……どんだけ遠いんだよ! 普通の人は俺みたいに《転移》とか使えないんだよな? この距離を真面目に往復しているのか? うひぃ、考えたくないなぁ。
「お、おい!」
リンガーさんが空を指差す。どったの?
空を見ると小さな影が見えた。《遠視》スキルの力を借りてよく見てみる。何かが羽ばたいているのか?
「通り過ぎてくれ、通り過ぎてくれ」
「女神様お願いします、助けてください、お願いします、お願いします」
二人が祈り始めた。どどどど、どったの?
影はみるみる大きくなっていく。鱗の生えた真っ赤な巨体。
ま、まさかッ!
赤い巨体がこちらへと滑空してくる。
「レッドドラゴンっ!」
ジョアンが盾を構えて竜馬車から降りる。
ここでドラゴンの登場かよ。俺とジョアンで勝てるのか? この世界のドラゴンってどれくらい強いんだ?
ドラゴンの口に赤い光が集まっていく。ブレスか? 何で、俺たちを狙うんだ? ああ、もう!
戦うしか無いかッ!