5-8 鍛冶士契約
―1―
「ちょっと待ったー!」
後ろから大きな声が掛かる。うん? 誰? ってフルールさんか。
「無視しないで欲しいわぁ」
いや、無視しているワケじゃ無いからね。
……。
「旦那、誰なんだぜ?」
フルールさんです。
「天才鍛冶士のフルールですわ」
狼頭から犬歯が覗くほどの笑顔です。
「で、その天才鍛冶士が何でここにいるんだぜ?」
「大陸で、自分の鍛冶の腕を試したかったのですわ」
ああ、そうだった。そうだった。
キョウのおっちゃん、反応に困っているな。まぁ、何で話に絡んできたか分からないしね。
「で、何の話をしてますのん」
なぜフルールさんが絡んでくる?
『自分たちは先日、大きなクエストをクリアした所なのだ。その報酬についてだな』
フルールさんがぽんと手を叩く。
「なるほどー。ちなみに、その報酬って、どんな感じなんですぅ?」
いや、何故、それをフルールさんが聞く。
「ランの旦那がやったことを考えれば、何でもって言いたい所だが、一応、現実的な範囲でお願いしたいんだぜ」
ああ、まぁ、そりゃね。クエストをクリアしたから、この帝国をちょうだい、とか、そういう非現実的なコトは頼めないし、キョウのおっちゃんがどれくらいの力を持っているか分からないけどさ、迷惑を掛けるようなことは言えないしね。
「なら、なら、炉を貰うことは出来ます?」
いや、だから、なんでフルールさんが話を進めるの。って、そうだ。
『キョウ殿、鍛冶ギルドで門前払いをされたのだが、紹介状を書いて貰うことは可能か?』
俺の天啓にキョウのおっちゃんが驚く。
「おいおい、旦那、その話、本当なのか?」
嘘じゃないんだぜ。俺の様子を見て、キョウのおっちゃんは察してくれたらしい。
「あいつら……。分かったんだぜ。その件は報酬とは別に俺がなんとかするんだぜ」
お、さすがはキョウのおっちゃん、頼りになる。
『で、何故、フルール殿が報酬を要求するのだ?』
「何言っているんですか、私とランさんは同じパーティの仲間じゃないですのん」
ず、図々しい。そんなことを言う人は真紅妃を召喚してぽぽいと投げちゃうぞ。
「と、まぁ、それは冗談ですわぁ」
冗談か、いや、本当に冗談か?
「でも、ランさん、炉があればランさんの装備を鍛えたり、手入れをしたり、ご要望の扉も作れるのですわぁ」
む、なるほど。はぁ、まぁ、それなら仕方ないか。俺にとってのメリットを提示されたなら仕方ないか――いや、仕方ないか?
『キョウ殿、その報酬で炉とやらを貰うことは可能か?』
「ああ、それくらいなら――鍛冶ギルドから分けて貰えるように、それも頼んでおくんだぜ」
ふむ。そうか。
で、炉って何でしょう?
―2―
キョウのおっちゃんが帰った後に、炉についての説明をフルールから聞く。何でも『炉』ってのは、この世界の鍛冶を行う時に必要な特別な火のことらしい。その火で金属を武具へと作り上げるのだとか。まぁ、なんだろう、不思議な、そして魔法的な仕組みなんだろうな。
基本的には鍛冶ギルドが扱っていて、小さな炉なら、そこで修練を積めば枝分けして貰えるそうな。
何で鍛冶ギルドに貰いに行かないのかをフルールに聞いたら、「何でホワイトのおっさんの所でうんざりするくらい下積みをしたのに、またここで下積みやり直さなあかんのん、馬鹿らしいですわぁ」って言いやがりました。
って、それならホワイトさんところから貰えばいいじゃん。と思って、更に聞いてみたら、炉は移動させるのが難しいのだと。だから、大陸で手に入れるつもりだったとか。なるほど、そりゃまぁ、《転移》で一瞬で帝都に着くとか、普通は考えないもんな。何日も旅をして、帝都に到着ってなると思うわな。
はぁ、ま、そんなフルールだが、今は何故か親方と話をしている。
俺が歩いて行くと嬉しそうに手を振っている。
「ランさん、ランさん、ここってランさんの家なんですぅ?」
そうだよ。
「いやぁ、素晴らしい、素晴らしい家になりそうですねぇ」
フルールが揉み手をしながらこちらに近寄ってくる。な、何、その揉み手? 怖いんですけど。
「ランさん、お抱えの鍛冶士とか欲しくありません? いやぁ、家の一角に鍛冶場があれば、帰る度に武器の整備もして貰えますしぃー、素材が集まれば武器も作れますしー、良いことばっかりだと思うんですわぁ」
そうかな? 俺は《転移》を使えば一瞬でホワイトさんの所に行けるからな。そこまで美味しい話しに聞こえないなぁ。
あれ? そう言えば14型が居ないな。
「ああ、あの変な嬢ちゃんなら食材を買いに行ったぜ」
そうなんだ。ここで14型も居たら面倒なことになりそうだと思ったから、良かった良かった。
にしても鍛冶場ねぇ。うーん。
「俺はいい話だと思うぜ」
親方がそんなことを言う。ほう、何故に?
「俺もよ、冒険者にそこまで詳しい訳じゃ無いが、クランを持っているような連中は大抵、お抱えの鍛冶士が居るもんだぜ」
ふむふむ。
「チャンプもよ、冒険者として名前が売れてきているんだ。まぁ、その容姿だから無駄に目立っているってのもあるけどよ」
何が面白いのか親方は独りでガハガハと大声で笑っている。
「ここらで拠点を作るのも悪くないと思うぜ。それにチャンプはよ、こんな広い土地を持っているんだ、いいじゃねえかよ、ガンガンやれよ」
そうか?
「そして、どんどん俺んとこに依頼してくれよ」
親方は大声で笑い続けている。ふむ、それもアリか。
『分かった、その方向で行こう』
俺の天啓に親方が胸を叩く。
「おうよ、チャンプならそう言うと思って、すでにその方向で進めてるぜ」
って、マジですか。勝手に話を進めるなよぅ。で、追加料金は幾らほどで?
「ま、今回はサービスしとくぜ。また、次もうちのギルドを利用してくれよ。東側なんて利用するなよ」
む。そう言えば東側の方が腕の良い建築ギルドだって聞いたな。ま、まぁ、腕の善し悪しよりも馴染みのある所で頼んだ方が気が楽だし、次も頼むぜ。
そんなこんなでフルールと専属契約を結ぶことになった。えーっと、親方は早く我が家を完成させてください。