4-54 そして孵るとき
―1―
「魔族より得た知識、この魔石核を使った力、あなたたちに見せてあげましょう」
コラスが手を掲げる。それを追いかけるように、服を突き破って魔石核から筋繊維が伸び、コラスの体を覆っていく。筋繊維に包まれコラスの体が膨らんでいく。
コラスは3メートルはあろうかという筋肉の巨人に生まれ変わっていた。おー、筋肉ダルマさんですな。何だろう筋肉にコンプレックスでもあったのかなって勘ぐっちゃうくらいにムキムキですな。
しかしまぁ、野郎の裸なんて、しかもおっさんの体なんて見たくなかったんだぜ。
「どうです、美しい体でしょう?」
何だろう、こう、その体になるために練習していたのかと思うと、ちょっと哀れな気分になってくるぜ。
「コウ・コウのような中途半端な強化とは違いますよ。そう、格の違いってモノを見せてあげましょう!」
ああ、いいぜ、かかってきな。俺はさ、別にあんたに恨みがあったわけじゃない。何処だって俺は部外者だったからね。魔石の件だって、あんたが指示を出したワケじゃないだろうから、恨むのは筋違いだって分かってる。でもさ、許せないことってあるよな。何で、その猫耳少女にそこまでしたんだ? 正義でもなんでもない、俺がただ、ムカつくから、ムカついたから、だから戦うんだぜ。
コラスが巨大な棍棒のような腕を振り上げる。
「私の攻撃が見えますかな!」
コラスの体が残像を残して、その場から消える。俺は、それを超知覚のスキルによってしっかりと見ていた。そのまま俺の前に、そして振り上げた拳を地面へと叩き付ける。いや、違うな、俺へと叩き付けようとしていた拳を俺が回避したってのが正解だね。
「な!」
叩き付けられた拳の威力によって迷宮が揺れる。どんだけの破壊力だってんだ。でもな、危険感知が働かない程度の攻撃で、俺が倒せると思っているのかい?
『俺の動きが見えたか?』
俺の天啓を受け、コラスがこちらを見る。そして、こちらへと殴りかかってくる。早いな、うん、凄く早い。
――《飛翔》――
俺は空へと舞い上がる。コラスは俺が居なくなったのに気付かないのか、俺が居たであろう場所を何度も、何度も殴りつけていた。
――《飛翔撃》――
真紅と共に1つの三角錐となってコラスの魔石核へ迫る。そのまま魔石核を貫き、真紅が喰らう。まずは1つ! すぐさま真紅を引き抜き、コラスの体を蹴って距離を取る。
「な、なんだと」
俺は真紅を振り払う。べちゃりと真紅にこびりついていた肉片が飛ぶ。
『まずは一つ目だな!』
俺の天啓を受けて真紅の蜘蛛足がわしゃわしゃと動く。えーっと、真紅さん、どうしました? あ、はい、養殖物は不味いので余り食べたくない? あ、そうですか。真紅さんってばグルメですね。って、そんな場合じゃないでしょ。
「いや、2つだ」
いつの間にかミカンが下から斜め上へとコラスを斬り裂いていた。斬られたことに気付いたコラスがすぐに巨大な拳を薙ぐ。ミカンが、それを屈んで回避し、そのまま刀で斬り抜ける。
「3つ目なんだぜ」
コラスの背後からキョウのおっちゃんが飛びかかり、魔石核に長剣を突き刺し、そのままコラスの体を蹴り後方へと飛ぶ。キョウのおっちゃんが離れると共に長剣が爆発し、魔石核を砕く。コラスがうめき声を上げ、キョウのおっちゃんへと殴りかかる。しかし、それをギリギリで回避する。って、キョウのおっちゃん、回避出来たの偶然でしょ、危ないなぁ。無理しないのが一番だぜ。
キョウのおっちゃんが鼻の下をこすり、俺へと握り拳を突き出している。いや、自慢するようなことじゃないからね。無理して怪我したら大変だからね。
「なんなんだ、お前たちは何なんだ!」
コラスが叫び、拳を振り回す。ああ、恐ろしい攻撃だな。余りの速さに残像が見えているな。
――《百花繚乱》――
素早く降り注ぐ拳を回避しながら、こちらも高速の突きを喰らわせる。避け、突き、避け、突き、肉を削り、魔石核を削り、真っ赤な花を咲かせていく。しかし、斬った側からコラスの傷が回復していく。
「何故だ、何故、攻撃が当たらないのだ!」
両拳を握りしめ、地面へと叩き付ける。
――《魔法糸》――
魔法糸を地面に飛ばし、その反動で空中へと逃れる。
「空中なら器用に動けまい!」
そこを狙いコラスが殴りかかってくる。お前さんよ、俺の戦い方を何も見てないんだな。
――《浮遊》――
空中で静止した俺の下をコラスの拳が抜けていく。別に《浮遊》じゃなくても、《飛翔》でも《魔法糸》でも回避出来たんだけどね。でも、《浮遊》で回避した方がインパクト大きいもんね。
「なんなのだ、その力は! 卑怯だっ、卑怯だ!」
浮遊を解き、落下する。そして、そのままコラスの魔石核を貫く。ほら、どんどん再生させな。その度に壊してやるからよ。
コラスの攻撃を避け、攻撃し、また避け、攻撃していく。ミカン、キョウのおっちゃんと連携し、コラスを削っていく。キョウのおっちゃんだけはちょっと、回避に不安があるけどさ、もう、これ負ける要素ないよね。あー、ジョアンが居ればキョウのおっちゃんとセットでもっと安定して戦えるんだけどなぁ。やっぱさ、メイン盾は欲しいよね。
「何故だ、何故、最強のはずの私の攻撃が、おかしいではないか!」
コラスさんよ、気付いているのかい? あんたの体、かなり再生速度が遅くなってきてるぜ?
「しかし、しかしだ! この体は無敵、いくらでも再生する。お前たちが疲れ、動きが鈍った時が最後よ!」
ここに溢れていた魔素は残り2割ってトコか。俺たちの疲れ? 疲れる前にあんたの方が再生出来なくなりそうだけどなぁ。
更に斬る、突く。コラスの動きを見て、回避し、流れを読んで回避し、突く、斬る。
「何故、何故、こうなる」
分からないのか? あんた、今まで戦いとかしたことなかったんだろうな。まぁ、俺も偉そうなことが言えるほど戦ってきたワケじゃないけどさ。まず、動きが単調なんだよね。スキルを使ってくるワケでもなく、速さと力に任せただけの攻撃。これなら危険感知さんも働かないってもんだよ。だから、俺みたいに超知覚のスキルがないミカンやキョウのおっちゃんでも回避出来るんだぜ。
「遅い!」
ミカンが魔石核を砕く。気付いているかい? あんたの魔石核、再生しなくなってきてるぜ?
「馬鹿な、何故、体が再生しない」
やはり、魔素が関係していることは気付いていなかったのか。
「もういっちょう、なんだぜ」
キョウのおっちゃんが魔石核を爆破する。あ、余り無理しないでね。というか、長剣爆破って勿体ないよね。それ、後何本くらいあるんですか?
『お前より、コウの方が戦いについては格上だったな』
真紅が魔石核を貫く。よし、これで後一個! もうお終いだぜ! どんなに力や速さがあっても戦い方が分からないなんて、宝の持ち腐れだよ。
「馬鹿な、馬鹿な、こんな事が……、そ、そうだ!」
コラスが最後の魔石核を守るようにうずくまる。な、なんだと。
俺とキョウのおっちゃん、ミカンは、その身を守るように下を向いたままうずくまっているコラスへと迫る。
その瞬間、視界に無数の赤い点が灯る。
『止まれ!』
コラスの体から鋭い触手が伸びる。すんでのところで踏みとどまった俺たちは、それを何とか回避する。
「ククク、これなら近寄れまい」
近寄れば無数の触手による攻撃か。いやまぁ、確かに近寄れないけどさ。そっちからも攻撃出来ないんだぞ? ああ、クソ、遠距離攻撃があれば、魔素が無いから魔法も使えないし、あー、弓を持ってくるべきだった! こんな事ならさ、必要無いと思っても用意だけはしておくべきだったよなぁ。でもさ、邪魔になって戦いにくくなりそうだって思ったんだもん。魔法のウェストポーチXLもぱんぱんだしさー。
と、そこで俺の視界にあるモノが映った。
水天一碧の弓と潮の矢。あ、凍ってそのままにしていた弓と矢! しかも、都合がいいことに溶けてるじゃん。俺は弓と矢の元へ走る。そのまま、水天一碧の弓を持ち、潮の矢を番える。お、俺はこれを見越していたんだぜ。うん、さすが俺だ、うん。
――《集中》――
集中してコラスの魔石核を狙う。
――《チャージアロー》――
潮の矢に青い光が集まっていく。チャージアローは硬い金属球も貫通したよな? なら、いけるはず!
潮の矢が青い水流となって放たれる。水流はコラスの体を貫き、狙い違わず魔石核を貫通した。
「ば、馬鹿な、そ、そんなことが……」
終わったぜ。ああ、終わったんだぜ。
―2―
『教えろ!』
俺は体が崩れていくコラスに真紅を突きつける。
『あの魔石たちは何処で手に入れた!』
コラスが俺の言葉をきょとんとした顔で聞いている。
『言え!』
ここで手がかりを失う訳には、あー、もうちょっと手加減するべきだったよね。やり過ぎた。
「ククク、そう……か、あの魔人族の……、なるほど、なるほ……」
やはり、そうか。関わっていたか!
『その魔人族は何処に居る!』
「ああ……、東の……迷宮都市……」
迷宮都市?
その瞬間、コラスが俺の後ろを見て、驚く。何だ? 何かあるのか?
「いやあ、お見事です、お見事です」
後ろから拍手の音が聞こえる。誰だ?
俺が後ろを振り返ると、そこには一人の神経質そうな青年が居た。誰だ? 気配を感じなかったぞ。
俺はとっさに真紅を構える。
「いや、いや、勘弁してくださいよ。僕は、そこのコラスさんに無理矢理王族の真似事をさせられていただけなんですよ」
例のコラスが擁護していたっていう王族候補か? 結局、偽物だったってことか。
ミカンが刀を鞘に収めている。ミカンも知っている顔ってコトか。
青年はコラスの元へと歩いてくる。あ、そうだ、名前を知りたいし鑑定しておこう。
【鑑定に失敗しました】
……。
おい、ちょっと待て。
かがみ込んでコラスの様子を見ていた青年の動きが止まる。そのまま、くるりとこちらへと振り返る。
「あー、あー、そういうことですか」
ど、どういうことなの?
「いやね、あなた星獣だよね?」
うん? 星獣? 星獣様じゃないのか?
「このまま何も無ければ、あなたたちは何も知ることなく、痛みなく消えることが出来たんですけどね」
うん?
「そこの星獣が、いや、星獣様ですか、が要らないことをするから」
うん?
「皆殺しすることになっちゃいましたね」
その言葉と共に青年が立ち上がる。いやいや、どういうことだよ! って、視界前面が真っ赤に染まる。くそっ、やられる前にやれだ、先手必勝!
俺は目の前の青年に真紅を……。
その瞬間、青年の足下にあったコラスの死体が黒い霧となって霧散し、周囲に魔素が噴出する。それに合わせて青年の前に水の壁が作られ、真紅と共に弾き飛ばされる。
「やれやれ、星獣はせっかちで空気が読めないんですね。伝承通りですよ。そして私たちの邪魔をする」
伝承? どういうことだ?
「使い走り風情は大人しく、そこで見ていなさい。後は予定通り、この迷宮のコアになった魔石を暴走させて崩壊させるだけですからね」
暴走だと?
青年が透明なケースに収まった巨大な魔石に触れる。その瞬間、魔石が大きく発光する。それに併せて周囲の壁が、迷宮が揺れ始める。お、おい、何をしたんだ。
魔石がバチバチと異音を発し、まるで電気でも纏っていたかのように放電する。おいおい、何だ、発電でもしているのか?
そこへミカンが駆ける。刀を抜き、一閃しようとして、そのまま崩れ落ちた。何をした?
「雑魚は寝てなさい」
青年は無数の水球を生み出す。そして、それを崩れ落ちたミカンへ叩き付ける。
お前ッ!
魔素は? 大丈夫だ! 行ける!
――[ヒールレイン]――
ミカンへと癒やしの雨を降らせる。からのッ!
――《飛翔》――
飛翔を使い、高速で飛ぼうとし……、そして気付いた。
俺の胸に穴が開いていた。体の中の何かが砕けた感触。え? 魔石? 新しい魔石があったのか?
何だ、何をした? 危険感知も働かなかったぞ……。何か水を飛ばし……た……?
俺はそのまま崩れ落ちる。俺の頭から羽猫が飛び降り、こちらを心配そうにのぞき込んでいる。あ、ああ……。
「魔を導く民を舐めるなよ!」
そうか、やはり……魔族だった……のか。
俺の視界の端にキョウのおっちゃんが映る。キョウのおっちゃんが気配を消し、ゆっくりと青年へと近寄っていた。いや、キョウのおっちゃん……逃げるんだ……。
「あ! この芋虫魔獣ベースの星獣、魔石に青様の手を加えた跡が、こ、これは後で怒られそうです」
キョウのおっちゃんが青年の背後をとる。そして、後ろにあった透明なケースから魔石を引き抜いた。暴走していた魔石がキョウのおっちゃんの体を斬り裂く。
「へへ……、これを抜けば、この迷宮を暴走させることは……出来ないんだぜ」
おいおい、キョウのおっちゃん、魔石の……暴走に巻き込まれて……ボロボロ……じゃ……ないか。
「お前!」
青年が怒り狂い、水の剣を生み出し、キョウのおっちゃんへと斬りかかる。それを回避しようとするが、傷だらけの体では躱しきれず、その身に水の剣を受ける。キョウのおっちゃんの左腕と左足が綺麗に斬り飛ぶ。
「旦那っ!」
キョウのおっちゃんが叫ぶ。そして、俺の前に何かが落ちるカランという音が。
魔石?
俺の魔石。真紅の、そう沢山の魔石が混ざった大きな魔石。
俺は必死に手を伸ばす。おっちゃんが……託して……くれたんだ……。
「それを寄こせっ!」
誰が……渡す……か……よ。
体が動かなくてもサイドアーム・ナラカなら動くんだぜ。
サイドアーム・ナラカで巨大な魔石を掴み、俺は、それを飲み込んだ。これで……手出し……出来まい……。
その時だった。
【魔素蓄積量が規定値を超えました】
何の、システムメッセージだ?
【魔素を消費して進化を開始します】
叡智のモノクルにシステムメッセージが流れ続ける。
【エラー】
【進化に失敗しました】
【エラー】
【蓄積した魔素を限定スキルとして開花させます】
【成功】
【限定スキル《変身》が開花しました】
変身……?
俺はわらにもすがる思いでスキルを発動させる。
――《変身》――
叡智のモノクルを除いた、全ての装備が、夜のクロークが、夢幻のスカーフが、フェザーブーツが、女神セラの白竜輪が、全て外れ、地面へと散らばっていく。そして俺の体を魔法糸が覆っていく。無数の魔法糸が俺を包み大きな繭を形作っていく。
羽猫が心配そうにこちらを見ている。ああ、心配するなよ。
そして、
孵る。
2021年5月10日修正
空中で制止した → 空中で静止した